第六十六話《紋章》
「全くスゲェよお前は」
ネビューは引き続き死体の検死を行っているシンに感心した。
「何だよネビュー」
「初めて死体を見たのに驚くこともせず、狼狽えることもなくこうやって冷静に検死を始めるなんてありえねぇよ」
シンは実際精神年齢が肉体年齢の倍あり春にあった事件の事もあってそれなりに精神力は強いのだ。
「まぁ、な。てかお前検死知ってるんだな。死体を見てもそこまで驚かなかったし、お前も警備隊になるつもりなのか?」
「あ、いやー、ま、あれだ」
シンの質問にネビューは明後日の方向を向き答えをはぐらかそうとした。
「何だよ、歯切れが悪いな」
「…色々あってな」
ネビューは真面目に答えにくそうだった。すると近くからガサガサッと大きな音がした。
「なぁシン、ここの森にはいろいろ住んでんのか?」
「ああ、だが住んでるのは小動物ばかりだ。こんなに大きな音は出さないはずだし、それに…」
シンは右手を地面に付けて、魔法を使った。
「流石に気配がデカすぎる」
少しシンの体の周りに電流が走る。そしてその電流は周りに広がっていった。
「何してんだ?」
ネビューがそう聞くとシンは魔法に集中しながら答えた。
「索敵だよ。まず俺とお前、そしてそこの死体を確認。少し遠く、練習場辺りにいるメルンを確認。そして…」
何やら人の位置が確認していると、思わずシンの反応が止まった。
「どうした?」
何かあったのかネビューは心配になった。
「いや、先にさっきの奴を捕まえる。犯人の可能性がある」
そう言ってシンは魔法で発見した人物を捕まえにいこうとした。
「おい待てシン!本当に犯人だったら危ないだろ!」
「大丈夫だ、俺の強さは知ってるだろ?」
ネビューが止めたがシンは止まらず森の中へ向かってしまった。
「あの野郎…そんなこと言ってんじゃねぇんだよ!」
ネビューが心配してるのは、決闘でないこの状況ではモロに魔法を受けてしまえば死んでしまうという事だった。もし本当に犯人だったら死が隣り合わせの闘いになってしまう、そう思いどうにかシンを止めようとネビューはシンを追った。
一方シンは身体強化魔法を使い、あっという間にその人物に追いついてしまっていた。
「遅いな」
シンはその人物を目視できるところまで来ていた。その人物はフードを被っていて顔は見えなかった。するとその人物は魔法を使いシンを撒こうとした。
「っ!」
だがシンはそれをあっさりと避け、その隙に人物の目の前まで迫った。
「!?うわっ危ねぇ!」
そしてシンを追ってきたネビューはその魔法をしゃがんで回避した。
シンはその人物の右手を掴んだ。すると人物のフードが脱げ、顔が露わになった。なんとシン達よりも年下に見える女の子だったのだ。金髪に茶色の目、誰もが癒されそうになるほどの可愛らしい顔つきをしていた。
「う…離して!」
その少女は涙目になってシンの手を振りほどこうとした。傍から見れば犯罪臭がする光景だった。
「何だよ、心配させやがって…」
心配して居ってきたネビューも合流し、シンはその少女の手を放した。少女は警戒はしているものの逃げる気配はなかった。もしくは逃げてもまた追いつかれるとでも思っているのだろう。
「そいつが犯人なのか?」
「いいえ!私は」
「いや違うな」
ネビューの問いかけに少女が答える前にシンが否定した。
「!?」
「なんでそう言い切れるんだ?」
ネビューの疑問にシンは淡々と答えた。
「理由はいくつかある。まず年齢だ、俺らよりも年下みたいだしこんな子供があんな殺し方が出来るはずがない。次にさっき使った魔法属性だ、死体の死因は風の魔法により首の血管あたりを切られてそこからの出血が原因の失血死だった。犯人の使った魔法は風でこいつが使ったのは水だった」
先程少女が使った魔法は基本的に球系の魔法で魔法が当たった木の部分は濡れていた。ネビューには一瞬過ぎて判断できなかったがシンは後ろの木の濡れ方を一切見ていない事から躱したときの一瞬で理解したのだろう。
「誤魔化すために違う属性を使ったんじゃないのか?」
「さっきも言った通り俺らよりも年下だぞ。二つの属性が使えると思うか?」
「確かに…」
「それにこいつが犯人だと仮定して、さらに二つの属性が使えると仮定しても犯行の証拠を調べていた俺たちに追われていたあの状況で殺害に使った魔法属性じゃなくて違う属性を使うと思うか?普通なら自信のある、殺害に使った風の魔法を使うだろ」
「はい…今のところ私は水しか使えません…」
少女は心底驚いていた。シンがあの短時間で、あの追いかけている時間でそこまで的確に状況を理解していることに。
「成程、じゃあこいつは一体何者なんだ?」
「それは、その…」
「言わなくてもいい、もう目星はついている」
少女が答えづらくしているとシンがそれを制止させた。
「マジで!?」
少女は驚き、流石にネビューも驚いた。するとシンはどこかへ向かって歩き始めた。
「まずは移動するぞ」
シンは移動しながら説明を始めた。
「さっきこいつの場所を特定するために『電索』って魔法を使った。結構広い範囲の地面にいる動物を探知できる。勿論死体もな」
補足をすると電索は半径5㎞まで範囲があり、人間の生体反応も分かる。つまりその人間が生きているか死んでいるか瞬時に分かってしまうのだ。
「見ろ」
シンが向かった場所にはおそらく20人ほどの先程の鎧の死体と同じ鎧を着た死体たちだった。倒れ方はそれぞれで共通してることは来てる鎧とおびただしく流れていたであろう血だけだ。
「うわ…こりゃ…」
ネビューは血の臭さに思わず口と鼻を手でふさいだ。そして少女はやはりといった表情になった。シンはそれを気にせず説明を続けた。
「おそらく全員さっきの死体と同じ原因で、同じ人物に殺されている。それで…」
シンは傍にあった鎧の兜を取った。その死体の顔は苦痛によって歪んでいた。
「ここにある紋章、見たことが絶対にあるはずだ」
兜のうなじ部分にあった紋章を指さした。その紋章は上には両刃の剣が交差して真ん中に勇ましい獅子が牙を見せて威嚇している顔が描かれていた。
ネビューはこの紋章に見覚えがあった。いや、この世界の住民なら知らない者はいないだろう。
「あ…ってことは…」
「ああ、こいつらはブィント軍国の兵士だ」
その紋章はブィント軍国の紋章である。
「そしてこんなに多くの兵士を連れて国境を非正規に渡ろうと出来る身分はただ一つだ」
シンは一呼吸置いてまるで確認のように、答え合わせのように少女に質問した。
「お前、ブィント軍国の王族だな?」