第五十九話《抱きつき》
先ずシンが自宅に戻ってきて最初に怒るであろうと思っていた脅威がやってきた。
「シンちゅわ~ん!!おかえりなさぁあああああい!!」
母親が玄関から抱きつきという名のボディプレスである。勿論こんなことシンは想定していたのであっさりと躱す。だが後ろにいたネビューは一体何が起こったのか分からず母親のボディプレスを喰らってしまった。
「グハァ!?」
母親も抱きついたのがシンではなくネビューだと気づかず思いっきり強く抱きしめた。
「寂しかったよシンちゃ~ん、シンちゃんもさびしかったよね~?」
「グ…グアアア…」
ネビューが苦しそうに自分に助けを求めているのを見たシンは改めて母親の腕力が強力なんだと実感した。
「ねぇシンちゃん聞いて…誰あんた!?」
ようやく抱きついているのがシンではないと気づいた母親はネビューを思いっきり投げ飛ばした。
「ちょ…ゲフン!?」
投げ飛ばされたネビューは近くにあった大木に顔面からダイブしてしまった。
「だ、大丈夫かいネビュー君!」
慌ててネビューの元へ駆け寄る父親だがネビューはピクリとも動かなかった。そんなネビューを差し置いて母親は再度シンに向かって抱き着こうとシンを探した。しかしシンは何処にもいなかった。
「あれ?シンちゃん?」
辺りを探す母親だがシンは何処にもいなかった。シンは一体どこへ行ったのかというと…。
「流石にこの時だけは魔法が使えることに感謝だな…」
飛行魔法を使い空中で一息していた。母親が魔法を使えないのでおそらく一番安全と呼べる場所だろう。シャルドネのようなジャンプ力を使って飛んでこない限りは。だがこうしていても埒が明かない。多分母親は自分に抱き着くまで一歩も引かないだろう。だからといってこの年で母親に盛大に抱き着かれると言うのは恥ずかしいものがある。
「もう少しスキンシップを自重してくれればいいんだが…」
結局ネビューが起きて母親に自己紹介をして父親が母親にネビューがいる時は抱きつきを自重しろと注意を受けるまで空中に浮かぶ羽目になった。
「ウウウ…」
しかし母親がシンを見る目が時間が経つにつれて野獣化していくので頼むから一生ネビューに家にいてほしいと思うシンであった。
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シンの家は基本的に来訪者なんて現れない。シンが見た最後の来訪者はへとへとになりながらも実用性のなさそうな便利商品を売りに来た気合の入った商人だった。勿論父親が丁寧に断った。その時の商人の絶望的な顔は忘れられない、どこまで追い込まれていたのだろう。
今日も仕事に出て行った両親だが父親と母親の仕事をシンは知らない。だがこんな山奥にいることと魔法が使えない所を考えると山菜収集家か農家だと予想出来る。
だからシンはネビューと共に誰にも邪魔されることなく夏休みの宿題に取り組んでいた。
「…」
「…」
シンは黙々とやっているのだがネビューは明らかに集中しておらずあまり手を付けていない。そして時々ちらりとシンのやっている宿題を見る。おそらくシンの宿題を後で丸写しをさせてもらうつもりなのだろう。
「写させんぞ」
「!?何故わかった!?」
「分かりやすいんだよ馬鹿」
「つーかお前やるの早いな」
「当たり前だ、こんなもの早く終わらせるに限る」
「それが出来れば誰でも苦労はしないんだがな…」
「宿題とか課題とかを先延ばしにする奴の考えが全く分からんな」
「それが普通なんだって、大体お前みたいなのが特殊なんだ」
そんな感じで二人でいると言う寂しさを紛らわすため会話を途切れさせないように話す二人であった。シンはよく昔は一人でいる寂しさを感じないでいたなと思った。
そして夕方辺りに仕事から帰ってきた両親と共に夕食を食べる。こんな何も起こらない日常が一週間ほど続いた。
だがそれはそろそろ二人で話すことがなくなってきた8日目に起きた。何と久々に来訪者が来たのだ。郵便配達員でかなり疲弊しきっていた。手紙はシン宛だった。
「おい、まさかラブレターか?」
ネビューが茶化してくるがシンは無視して手紙を開封した。
『シンさんへ
お久しぶりです、メルンです。カーレルン学園も夏休みに入り私も実家の方へ帰郷しました。もしよろしければ私の実家へ来ませんか?住所は…』
そこに書かれていた住所は…。
「結構近いじゃないか」
山を下りたところにある村だった。