第五話《歩く》
ここから一気に年月が過ぎます。
「ふぅ……今日はこんなもんかな……」
汗だくのシンは二時間に及ぶ筋トレを終えた。このあと昼食を挟んで魔法の練習を五時間行い、家へ帰宅するのが最近のシンの日課だ。
シンがシェント学園へ入学したいと両親に宣言してから外に出れるようになった。外とは言っても家の周りにある森の中に出来た狭い広場の様なところにしか出ていないが。
勿論遊ぶために外に出ている訳じゃない。筋トレのため、魔法の実践的な練習をするためだ。
シンが最初に取り組んだ属性は『雷』だった。先ず雷を出すことは簡単に出来て、雷弾、雷砲といった一般的な攻撃魔法も簡単にマスターできた。
その次にシンは地球であった戦闘に使えそうな電気に関わる物理法則、電磁誘導を検証した。魔導書には磁力の磁の字もなく、恐らく磁力の概念すらないのだろうとシンは考えたので対策されないと思ったからだ。方法は家にあった鉄釘を持った右手に電気を流して鉄釘が右手から勢いよく離れるかくっつくかを、つまり掌に磁力が発生するか調べた。本来ならコイルがないと磁力は発生しないがコイルを用意出来なかったためコイルなしで行った。
結果、なんとコイルなしで磁力は発生したが、流した電気が少なかったのか、もしくは磁力が発生しやすい電気の明確なイメージが沸かなかったのか理由は不明だが鉄釘は少し浮いただけだった。取りあえずコイルが手に入ってからもう一度試すことにした。
次にシンは『氷』を練習した。とは言っても空気中の水分を凍らせるイメージを持って練習したらあっさりと使えた。考えていた通りの魔法もあっさりと使えたためそこまで練習していないがそれでも十分戦えるほどになっている。あとダメもとで試そうと思っていた魔法で出来た氷に雷を纏わせるという技法も簡単に出来た。
今は飛行魔法、身体強化魔法を練習中だ。飛行魔法は飛べるには飛べるのだがまだ生身で空を飛ぶことへの恐怖心がまだ消えず二メートルしか浮けない。身体強化魔法の完成度も満足していない。だが5歳ではあり得ないほどの練度で普通の大人相手でも戦えるほどになってることをシンは知らない。
筋トレは魔法が使えなくなったときの保険でやっているのだが成長のスピードが速いのだ。シンは5歳にしてもう前世の頃の自分、高校生だった自分と並べるくらいの身体能力を持つようになった。
そうなってもなおシンは筋トレをやめない。十分なほどに習得したのに魔法の練習もやめない。何故なら警備隊に入るという目標があるからだ。シンは目標を達成するためならどんな努力も、何処までも努力するのだ。
前世では警察官になりたいと志してから鬼のように寝る間を惜しんで県内模試で県一位になるまで勉強した。
警察官になるために柔道、剣道だけではなく合気道空手などを母親に負担をかけさせないため道場に通わず独学で有段者程度まで並々ならぬ努力で習得した。
どちらもそこで満足せずに努力し続けた。理由は不安からだ。何処まで努力してもシンはこんな自分では落ちるのではないか、受かっても落ちこぼれるんじゃないかと言う不安に何時も駆られるのだ。
今回もそう、ボイルの少ない説明で想像するにシェント学園は国中のあらゆる秀才天才が集まる場所なのだろうという結論をシンは打ち出した。
だから何処まで努力して強くなっても、どれだけ魔法を習得しても不安に駆り立てられるのだ。
もっと力が強い者がいるのではないか、もっと魔法を使える者がいるのではないか、もっと頭のいい者がいるのではないか、自分は弱いのではないのかと何時も心の何処かで不安が過るのだ。
まだシンは外の世界を見ていない。だから外の基準、どんな風に人々が生活しているか、外での魔法の実力の基準が分からないのだ。それがシンの不安を大きくしているのだ。
まだ俺は弱い。まだ世界には強い奴がたくさんいる。シンはそう思いながら来る日も来る日も途方もない努力を続ける。何時かその努力が報われる日まで。
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一方その頃、次々に王族が暗殺され世間にも他国にも明るみになってしまった王族連続殺人事件は多大な犠牲を払いながら漸く終結した。
首謀者は王の后のなかで一番若い后だった。犯行の決め手は殆どの王族が暗殺されたのに彼女が産んだ王子、王女だけ暗殺されなかった事実と一番の側近の勇気ある告発によるものだった。殺害現場の魔法の痕跡の属性も彼女の使う魔法と一致した。さらに彼女は若いからか他の后に執拗ないじめを受けていたこともあり動機も十分だった。
彼女は王の后になる前は読心魔法の研究者であったことから読心魔法による尋問が行われずに逮捕して直ぐに公開処刑されることが決定した。
多くの学者、知識人、王の側近がこの決定に猛反発したが多くの王族が殺害され、人々を恐怖に陥れた后を世間は、国民は、そして子供を殺された王は決して許さなかった。
王は公開処刑に反対する側近を解任、降格させ、公開処刑を実行した。
后は処刑場となった首都の広場で泣きわめくことも、犯行の否認も、弁解もせずに無言で断頭台によって処刑された。后が処刑されると処刑を見物していた民衆は歓喜に沸いた。
処刑された后、シューライン・リアスは『悪魔』『最悪の魔女』としてリアス聖国の歴史史上最悪の犯罪者として名を刻まれることになった。そして告発者のカレイ・パリスンは英雄として名声と地位を手にいれた。
そんな中事件が終結して徐々に落ち着きを取り戻し始めた王宮の奥で泣く少女がいた。彼女は処刑された后の末っ子であの災いの子の予言の時、お腹の中にいた子だ。
「ううっ……ひっく……おかあさまぁ……」
まだ5歳で母親に甘えたい年頃なのにその母親が史上最悪の犯罪者として処刑されたのだ。その悲しみは子供には深く重いものだった。
母親が犯人として拘束された日から王は后の子達を見る目に憎しみが加わり、奇跡的に生き残った一人の后は呪われた子として虐げるようになった。
后の子達はもう何も信じられなくなりそうだったが絶望はしなかった。何故ならカレイ達のような強い味方がいたからだ。
子供達は母親のことを心の底に置いて立ち直っていったが末っ子の彼女だけはまだ立ち直れてなかった。
そして彼女だけは母親の無罪を信じている。彼女だけは母親を信じている。
そして何時しか彼女は決意した。それは何時か自分の母親は無罪を証明して真犯人を捕まえるというものだった。
それを聞いたものはそれはないと笑ったり、あの母親は貴女が覚えているような母親じゃないと叱ったりした。本当の兄や姉でさへその決意を理解してくれなかった。
だか彼女は決して決意を曲げなかった。諦めたいとは思わなかった。
そして流れる月日がその決意を強固なものにしていった。そして真犯人を捕まえるという決意が殺す決意に変わった。性格も高圧的になり慕う人々はどんどん離れていった。
そして彼女は孤独になりながらも決意への第一歩を踏み出した。それは国一の学校であるシェント学園の入学試験に合格したことだ。
復讐に似た決意を抱いた彼女は一体何処へ向かうのか。それはまだ誰にも分からなかった。
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「おぉ~似合ってるな~シン」
「今日も男前よシンちゃん!!」
「そりゃどうも」
13歳になった制服を着たシンは両親に誉められて悪い気はしなかった。この世界では13歳から3年間の義務教育を受けると決まっている。町にある普通の学校から都会にある入学試験があり、頭のいい子供が通う学校まで様々な学校から選べるのだ。
シンは勿論シェント学園の入学試験を迷わず受けた。試験は筆記と実技の二つだった。どちらも楽に通過でき、いかにも頭のいいお坊ちゃんお嬢様が沢山受ける中見事合格できた。
そして今シンはシェント学園に向おうとしている。
「母さん、父さん、長期休みには帰ってくるから元気でな」
「ああ、頑張れよ」
「もし何かあったら直ぐに帰ってきてもいいのよ!!と言うか行かないで!!ずっとここにいて!!」
月日が流れていく中父親は子供離れをしたのだが母親は月日が流れていくにつれて余計に酷くなっていった。もう父親のことなんか眼中にないくらいに酷くなった。そしてシンも母親のそんな行動や発言を流すことが出来るようになった。
「はいはい、分かったから行ってきますね」
シンは何時までも泣いて抱きついている母親を引っぺがし、家から出た。
シンは歩く。シェント学園へ、夢へ向かって歩いていく。整備されていない道に苦労しならが歩いていく。外の世界に向かって、地球とは違う異世界の学校へ向けて歩いていく。
歩いていく。これから起こる災いのことなど知らず、そしてそれに巻き込まれることを知らずに。
これからだ、これから物語は始まるのだよ、少年。
ここまでがプロローグ、前座のようなものです。
次話からが本編です。