第五十四話《正拳突き》
ユーラインは自分の耳がおかしくなったのかと思った。まだ「すぐ駆けつけるほど心配だったの?」とかだったら分かる。だがいきなり好意を聞かれるとは思っていなかった。
「どうなんですか?」
明らかにベルセーズの差し金だと分かった。ならその答えは簡単だ。
「別に私はこの男なんか隙ではありませんわ」
すると先生はユーラインが考えたことを見透かしたかのように笑った。
「大丈夫ですよ。この質問は国王様の差し金でもありませんし、ただ私が興味本位で聞いただけです」
だからといってユーラインの答えは変わらなかった。
「残念ですが答えは同じですわ。本当に私はこの男の事なんて好きではありませんわ」
困ったものだ、誰もがシンと自分をくっつけようとする。そして自分がそれを望んでいるとも思っている。先生はクスクスと笑っている。どうせ素直になっていなくて本当は好きで好きで仕方ないとでも思っているのであろう。
実際にユーラインはシンの事は嫌いではない。助けてもらい、親の冤罪を晴らしてくれて、さらに父親との蟠りをなくしてくれた。感謝もしている、一生をかけても返しきれない恩もある。
だが異性として隙かどうかを考えたら、全く持って好きではないという結論しかない。
みんなが自分の危機を異性に助けてもらえばその人を好きになると言うことが当たり前だと思っている。確かにそうなのだろうが、ユーラインはそうではなかった。
「では失礼します」
また色々と聞かれるのは面倒なのでユーラインは保健室を出ようとした。だが先生に引き留められた。
「待って下さい、もう一つだけいいですか?」
「なんですか?」
「ではユーライン様は誰と結婚するおつもりなのでしょうか?」
その時の先生の目は王族の従者の目だった。この問題は次の国王になるユーラインにとっては避けては通れないことだ。
もしユーラインが結婚せず、跡継ぎを産まなければ将来リアス聖国に国王がいなくなるという事態になる。まだビラン・リアスの子どもが二人いるが八年前に死んだことになっているため表舞台に再び登場させれば混乱を生むためそれは出来ない。四国の歴史の中で国王がいなくなる、王族がいなくなるという事態は起きたことが無いためどうなるか分からないが下手をすればリアス聖国がなくなるという事態もありえる。
となればユーラインは必ず誰かと結婚し、誰かとの子を儲けなければいけない。
「誰と言われましても…」
ユーラインは真剣に自分の結婚相手について考えた。今自分に寄り添ってくる男どもは確実に計算ずくで求婚してきている輩ばかりだ、当然そんな奴らとは結婚する気はない。となると今のところ王族とか身分抜きで仲が良い相手はタイソン、ネビュー、シンの三人だけである。タイソンは暗くて何を考えているのか分からない、ネビューはお調子者で馬鹿でありとても国を背負う立場には向いていない。となると…シンしか相応しい男がいなかった。しかも優秀で、勤勉で、礼儀正しい。権力を嫌っている節が見られるが国を背負うに相応しい資質だらけだった。つまり結論として、シンしか選択肢になかった。
ユーラインがその結論にたどり着いたのを感じたのか先生はユーラインにこう言った。
「ユーライン様、国王様は色々と考えてシン君をあなたの婚約者にしようとしているんです。それはユーライン様自身の気持ちも大切ですが正直ユーライン様の婚約者に相応しいのはシン君だけなんです」
だがそれには一つだけ問題がある。
「…だったらこの男、シンの気持ちはどうなんですか」
シンは王族になる事を嫌がっている。実際シンは今回のベルセーズの計画を聞いたとき物凄く嫌そうな顔をした。
「仕方がありません、国が消滅という前代未聞の事態にまで発展しかねない状況です。ユーライン様はともかくシン君の気持ちなど…」
先生の信じがたい発言にユーラインはその場にあった机を思いっきり叩いた。
「ふざけないで下さい!」
ユーラインは激昂していた、誰も見たことがない程に。先生は思わずたじろいだ。
「王族になるという事はとても名誉なことです。今は嫌がっていても時間が経てば…」
「シンが名誉なんかに固執していたならあの時に英雄になっています!そんなことも分からないのですか!?」
「ですがユーライン様の結婚相手で相応しいのはシン君だけです…。それに先程も申しあげたとおり国の存亡がかかっています」
「だからなんですか!私はシンの気持ちを捻じ曲げてまでこの国を守りたくはありません!」
「な…」
先生は絶句した。その言葉が冗談ではなく本気だったからだ。
「そんなに私とシンを結婚させたいなら私は王族の身分を捨てます!二人で何処か辺境の農村で畑を耕しながらのんびり過ごしたほうがマシです!お父様にそう伝えてください!」
ユーラインはそこまで言って気迫のこもった眼で先生を見た。
「…そこまでシン君の事を思っていたんですね」
この言葉を聞いたら国王はどう思うだろうか。そしてシン自身はどう思うだろう。そこまでユーラインは気づいた、シンがこの保健室で寝ていることを。本当に寝ている時に言ってよかったと思った。だが、次の瞬間ユーラインの頭は真っ白になった。
「シン君、今のユーライン様の言葉についてどう思う?」
なんと、シンが起きていたのだ。一体どこから聞いていたのかはわからないがユーラインは今の言葉を聞かれていたと気づいた瞬間、恥ずかしさで顔がトマトのように真っ赤に染まった。
「あ…その…なんというか…」
シンは誰と結婚するのかと先生がユーラインに聞いた時に意識を取り戻していた。だからユーラインが一番聞かれたくない部分を全て聞いていた。
そしてそれの返事をしようとしたその時、
「わ、忘れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
ユーラインの映像だったら4アングル再生がされそうくらい見事な正拳突きがシンの腹部を襲った。あの時に受けた正拳突きは自分が受けた全ての攻撃の中で一番痛かったと後にシンは語る。
「ゲボハァ!?」
そしてシンは意味の分からない悲鳴を上げ、そのまま気絶した。
「う、ううううううううううううう…」
ユーラインは恥ずかしさで顔からマグマが出そうだった。勢いで物凄い恥ずかしいことを言って、さらに一番聞かれたくない相手に聞かれていたからだ。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
ユーラインは恥ずかしさのあまり保健室から飛び出し、涙目で女子寮の自分の部屋へ全速力で走って行った。
「カ…カハッ?」
シンはそれから丸一日は起きなかった。
正直に言います、軽いノリでやってしまいました。