第五十話《決勝戦その四 雷化》
「彼女、シャルドネ・ライアーはシン君と同じ天才だ」
ボイルはユーラインが聞きたかったことを何も言っていないのに語りだした。まるでユーラインの考えを知っていたかのように。
「彼女の実家は王族や要人を護衛するための兵士を養成する道場だ。彼女の父親はその道場の師範代で歴代の中で最強と呼び声高い人だった」
「その道場…確か優秀な魔法戦士系の兵士を数多く輩出していますわよね?」
「その通りです、魔法戦士系は普通の兵士より護衛向きですからその道場は長らく重宝されていました。ただ魔法戦士の評価は低く、8年前の事件で護衛に失敗し続けた事実と王族が減少したことも相まって道場の規模を縮小する動きが王宮内で活発化しました」
「今まで自分たちを護ってきた人たちの原点を縮小とは…ですがその動きはある日を境にパッタリと無くなったと聞きましたわ」
「…それは7年前、彼女が道場の生徒のみならず父親である師範代を圧倒したからです」
「な、7年前ですって!?」
ユーラインは驚愕した。7年前という事はシャルドネがまだ7,8歳の時の事だからだ。
「しかもその時彼女は何一つ父親から教わらず、道場での稽古を約1年間覗いていただけで圧倒したというオマケつきでした」
「化け物ですわね…」
「勿論王宮内で彼女に英才教育を仕込んで四国魔法決闘代表にするという事が決まりました。だから彼女に英才教育を仕込む道場を縮小するという動きはなくなり、逆に道場を援助する方向に傾きました。そして英才教育をされた彼女はもう誰も敵わない魔法戦士になりました、今年までの話ですがね」
ユーラインとボイルは闘技場で立ち上がっているシンを見た。
「あの男ですわね。お父様を圧倒したあの男も誰も敵わない天才…」
「そうです、私は幼少のころ一度だけシン君に会っていますがその時からあの天才ぶりを発揮していました」
「グリモアを理解していたのですわよね?」
自分が言う前にユーラインがその事を知っていたことにボイルは少し驚いた様子を見せた。
「よく御存じです」
ユーラインは闘技場にいる二人を見た。自分がいくら努力しようが決して敵わない二人を。
「天才対天才ですか…どうなるのでしょう」
「一つ確かなことがあります、それは…」
その時、闘技場で闘いが始まった。
「おそらくこの世で一番の闘いになるという事です」
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先に動いたのはシャルドネだった。一瞬で近づき、そのまま右手で思いっきりシンを殴りつけた。瓦礫と粉塵が空を舞ったが手ごたえはなかった。すかさずシャルドネは後ろを見るとシンがいた。一瞬、見えたと思ったら今度はシャルドネの腹部に痛みが走った。
「がっ…?」
シャルドネは全く理解できなかった。後ろにいたシンが一気に自分の目の前にいて自分の腹部を殴りつけているのだから。
「このっ!?」
反撃しようとしたら目の前からシンが消えていた。と思ったら後ろから痛みが、それに反応しようとしたら今度は側面からの打撃を喰らい、シンの姿を探そうとしたら足を掴まれてそのまま投げられた。威力は弱いが蓄積していけば倒れてしまう。
「グッ!?一体何が…」
シャルドネは何とか立ち上がり何が起こっているのか確認しようとしたら目の前に電気が走っているのが見えたのを確認して直ぐ目の前にシンが現れた。
「速さがもたらす破壊を知ってるか?」
その瞬間、ものすごい速さのパンチを喰らった。先程まで喰らっていた攻撃がまるで子供の攻撃と思えるほどの威力を持った。
「グェ!?」
シャルドネは思いっきり吹き飛ばされ闘技場の壁に叩きつけられた。そして力なく倒れた。
『き、決まったー!!正直私も何が起こっているのか理解できなかったがとにかくシン選手がシャルドネ選手を壁に叩きつけたー!!』
「すげぇぜシン!これで決まった!優勝だ!」
ネビューが盛大にフラグを立てている中、シンは自分の血まみれになっている左手を見た。先程シャルドネを殴った方の手だ。先程から使っている魔法は身体強化魔法ではなく身体の一部を雷に変える魔法だった。名は『雷化』だ。雷の速度は秒速200㎞、人間がどれだけ努力しようとも生身で出せる速度ではない。足を雷に変えれば移動ではまるで消えたかのような速度になり、腕を雷に変えて攻撃すればとんでもない速度による力が生まれ、とんでもない威力の攻撃が可能になる。ただ、連続使用はできないため移動のときは右足を変えて、直ぐ様左足を変えて移動と言う手段をしなければならない。しかも攻撃に使用すれば生身では200㎞/sという速度に耐えきれないため腕はかなりのダメージを負う。正直攻撃では一回しか使えない。
ならなぜ使ったのかと言うとシャルドネが自分の魔法に気づいていた様子を見せたからだ。先程の最後の一撃は本来姿を見せてからまた移動すると言ういわばかく乱のために目の前に行ったのだ。しかしシャルドネが気づいている様子を見せたので一撃必殺を攻撃を使ったのだ。
「あいつの勘ならこの魔法の対策くらい直ぐ思いつくだろうからな…しかしこれはまだまだ改良が足りないな」
実際『雷化』の対策は簡単だ。だからこそ魔法の正体に気づかれそうだったからシンは今ここで決めようとした。しかもシンは今頭に傷があり、出血も酷い。失血により倒れる前に決めなければならないためどの道短期決戦にしなければならない。
終わったと会場中が思ったその時、シャルドネが立ち上がった。外傷はない様子だったがシンに『雷化』で殴られたところは服が焼き焦げていた。
「なっ、まだ立ち上がるのか!?」
「…お前の責任だぞネビュー」
「何故に!?」
観客席で一悶着ある中、シャルドネはすかさず地面を殴って自分の周りに粉塵をまき散らした。
そう、これが『雷化』の弱点だ。雷化は身体の一部分を雷にして指定した場所に自分を落とす魔法だ。場所の指定に緻密な計算が必要な魔法なので指定したい場所があやふやならその場所に落ちることはまず不可能なのだ。
「流石に気付く…と言うより勘だな」
「そうよ、勘通りこうすれば瞬間移動はできないようね。私があなたの魔法に気づこうとしたら直ぐに止めを刺そうとしたのもヒントになったわ。粉塵をまき散らすだけで使えなくなるとは思わなかったけど」
シンは笑みを浮かべた。楽しい、闘いが楽しいと思った。
「悪いが俺の魔法はこれだけじゃないぞ。一つ潰したくらいで勝ったと思うな」
シャルドネも笑みを浮かべた。シンと同じく闘いが楽しいと思ったからだ。これまでとは違い心の底から楽しいと思っていた。
「せいぜい全ての策が出る前に倒れないでよね!!」