第四十九話《笛》
ユーラインは自分の耳を疑った。
「来ない…ですって?」
「はい、今日ここに国王様は来られません」
ありえない、確か報告によればもし仕事があっても必ず来ると言っていたはずなのだ。
「ありえませんわ、一体何が…」
「簡単な話です。王宮関係者全員で国王の重要な仕事をこの日に集中させるために仕事を調整しただけです」
軽く言っているがやっていることはただ事ではない。正直ユーラインは目の前にいるこの男はあの時シンと一緒に自分を助けてくれたボイルとは別人なのかと思ってしまった。
「確実なんですわね?」
「勿論ですとも、抜かりはないです」
これでシンが魔法を使おうとも婚約者なんてならずに済む。だがユーラインはそれを一体今闘っているシンにどう伝えようかと考えていなかった。大声を出すのは一番ダメ、シンが王族との関係ありと思われ本末転倒になるからだ。だからと言って伝えるための暗号を決めているわけでもない。今魔法を使えないシンは苦戦を強いられている。
「ユーライン様、お困りならこれを」
ボイルから渡されたのは小さな笛のようなものだった。
「これはあの事件の際、もし王宮内に国王様もしくはユーライン様がおられなかった場合に備えてシン君が渡してくれた笛です」
「どういうことですの?」
「あの時シン君が王の間に現れる前に私が先行し国王様とユーライン様が王宮にいることを確認しに行ったのです。僅かな可能性だと考えていたはずですがもし王宮内にお二人がおられなかった場合この笛を吹いてくださいと渡されました。理屈は教えてくれませんでしたがこの笛の音色は彼いわくこの国にある笛では必ず出ない、そして王宮にいる大人にも殆ど聞こえない音色が出るそうです」
ユーラインは真っ先に胡散臭いと少し思ったが、あのシンがそう言ってたならそうなんだろうと思えてしまう。
「彼ならこの笛の音色を聞けばその意味は瞬時にわかるでしょう。学生が沢山いるこの状況では怪しまれるかもしれませんが背に腹は代えられませんし、だいたいその音色が何を意味するかなんてシン君以外誰にもわからないでしょう」
ユーラインは少しこの笛を使うのを戸惑った。今は苦戦しているがもしかしたらシンはまだシャルドネを魔法抜きで倒す策を持っているのではないかと、それならわざわざ使う必要はないのではないかと。
だがその考えは間違っていた、シンはシャルドネの本気の一撃を喰らいボロボロになってしまった。
「!!まさかあの男が…」
ありえない、国王であるベルセーズを圧倒したシンが倒されそうになるなんて。おそらくボイルもそう思っているだろうとボイルの顔を見るとまるでこれが当然の結果だと知っていたかのような表情をしていた。
「今ですよユーライン様、吹いてください」
何故そんな表情をしているのかは後で聞くとしてユーラインは一目散にその笛を吹いた。
そして先程の状況へと戻る。
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シンは壁に叩きつけられたときに出来た瓦礫の山から這い出て立ち上がった。
『おおっとこれはシン選手!!あわや戦闘不能と思われていたがなんと不屈の闘志で立ち上がったぞー!!!!』
「シンさん!!」
「よっしゃ!!まだ勝負はこれからだ!!」
「よかった…」
会場は大盛り上がりになった。一斉に巻き起こるシンの名を呼ぶ声たち。だがシンの頭からは大量の血が流れ、満身創痍に見えた。それでも立ち上がるその姿に人々の心は打たれた。
「へぇ、流石に立ち上がるようね。でもそんな状態からどう戦うっていうの」
シャルドネの言葉を聞いたシンは、不気味な笑みをした。シャルドネは寒気がした。いやシャルドネどころではない、ボルテージが最高潮まで上がっていた会場すらもその笑みで凍りついた。
「予想外だよ」
シャルドネは最大限の警戒態勢を取る。しかしシンはシャルドネと闘う様子ではない、腕には力を入れずダランとさせて足も指でツンとすれば倒れそうなくらいおぼついていた。だがそれでもシンは異様な雰囲気を出していて不気味だった。
「予想外の苦戦だよ全く、でもなんだろうなこの嬉しさは」
シャルドネはまるで油断すれば全身が凍りつきそうな感覚に襲われる。
「対等に闘える相手と出会えることがこんなにうれしいとは思わなかったよ、シャルドネさん」
シンは魔力を放出させた。
「さあ、ここからは対等な真っ向勝負だ」
始まる、おそらくこの国で最強を決める最強同士の闘いが。