第四十八話《決勝戦その三 迷い》
正直シンは入学当初に起きた王族連続殺人事件解決時にカレイ・パリスン、そして国王ベルセーズとの闘いに勝利してから心のどこかで自分よりも強い、もしくは同じくらい強い者はこの世界にはいないのではと思っていた。ちょっと考えてみれば普通に思いそうなことである。なぜか拒否したのに与えられたチート級の魔力と魔法、猛烈な努力の賜物である身体能力と誰も使っていないであろうオリジナルの魔法の数々、これだけの物に加えさらにそれを最大限生かせる類稀なる頭脳をも持っている。そんなシン以外なら最強だと舞い上がってしまうようなスペックを持ってそう思わないのはおかしい。
だが今目の前で闘っているシャルドネを見てそんな考えは一瞬にして消えた。
「さあ、いくよ!」
シャルドネはそう言うと一瞬の内にシンまで接近してきた。それまでシンはシャルドネの動きに反応できていたのだがこれには全く反応できなかった。シンは思わずその場から緊急回避をした。シャルドネはそのままシンがさっきまでいた場所を殴った。すると闘技場全体にヒビが入り、地面を殴った拳を中心に約半径3メートルの範囲が崩壊した。
『な、なんということでしょう!!これがシャルドネ選手の本気という事でしょうか!?シン選手は何とか回避していますが大丈夫でしょうか!!』
シャルドネは先程から何かの魔法を纏っている感じには見えない。だがシンは分かった、シャルドネが大地の力を使っていることを。どういう理屈でどういった魔法を駆使して使っているのはまるで理解できないがそれを使っていることだけは分かった。そしてその力がただの身体強化だけに使われていることも分かった。だがその強化はただの身体強化の比ではなかった。
だからこそまずい、ただの身体強化魔法の時でも限られた策でしか対応できなかったのにそれ以上強化されてしまっては手の打ちようがないのだ。
あると言えば一つだけ、魔法を解禁することだけだった。だが下手をすれば勝利を得る代わりにユーラインの婚約者にされてしまい、一気に夢が遠のいてしまう。だがそんなことだけで魔法を使わずに負けてしまってもいいのかとも思ってしまう。クラスの皆になんて言えばいいのか、勝てる可能性を捨ててまで自分の夢を守りたいのか、そもそも魔法を使わないと言うのは例え魔法を使わないでも優勝できると思った自分の過剰な自信が決めてしまったものではないのか、そう思ってしまう。ここでシンはシャルドネから集中を一瞬だけ切ってしまった。
「隙あり!」
そこを突かれてしまった。シャルドネはシンの腹部を思いっきり殴り、そして振りぬいた。シンは最初の攻撃わざと吹き飛んだが今回は本当に吹き飛んでしまった。シンは体勢も立て直せず闘技場の壁に叩きつけられてしまった。
『おおーっと!!ここでシン選手、シャルドネ選手の渾身の拳を喰らってしまった!!これで決着がついてしまうのか!?』
迷い、少しの迷いで一気に窮地に立たされてしまった。叩きつけられたときに切ったのか頭から大量の血があふれ出てきた。これでは視界も制限され、頭も回らなくなる。脳震盪も起こしているのかシンの意識は朦朧としていた。
「これで終わり?そんなはずはないわよね」
シャルドネはそう期待していたがシンは起き上ろうとはしない。
「シンさーん!!頑張ってくださーい!!」
「シン!!お前はそんなもんじゃないだろ!!とっとと起き上がって逆転して見せろー!!」
ネビュー、リンたちクラスメイト達が一斉にシンに向かって声援を送るが立ち上がらない。
「ごめんなさい。私、なんてことをあなたに…」
ルナがシンに謝るがシンは起き上らない。
会場中がシャルドネの勝利で決まったと思った、その時だった。
「…ん?」
初めにその異変に気付いたのはタイソンだった。まるで耳鳴りのような、普段は絶対に聞こえないような高音が耳に入ってきたのだ。
「…なぁネビュー、何か聞こえないか?」
「ああっ!?なんだこんな時に…確かに何か気持ち悪い音が…」
「私もです…」
それから会場中の人たちもそれに気づきはじめ、会場中がざわめき始めた。だが気づくのは学生ばかりで大人は全く気付いてはいなかった。
『んんっ?会場中がざわつき始めたが一体何があったのか?』
「…?」
実況者は気づかないのかこのざわつきの理由が全く分からなかった。シャルドネも気づいたがこの音の意味が全く理解できなかった。
「…!」
シンもその音に気づいた。なぜならこの音を出せるだろう物を作ったのはシンだからだ。朦朧としていた意識が一気に目覚め、シンの頭の回転が光速のように速くなる。
そして導き出された結論は勝利への一歩だった。
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時は闘いのはじまりまで遡る。ユーラインはある男と出会っていた。
「あなたは…ボイルさん?」
「そうですユーライン様、お久しぶりでございます。その節はどうも」
ボイル、シンが王族連続殺人事件を解決するときに行動を共にし協力してくれた人だ。
「どうしてあなたがここに?」
「二つ、用がありましてね」
「と、いうと?」
「はい、実は私の息子がこの学園に在籍していますから応援に来たのです。もう一つはユーライン様、あなたに伝えたいことがあったのです」
「それは?」
「ベルセーズ様は今日ここには来られない、という事です」