第三十五話《手伝い》
リンが新聞部の存亡をかけた戦いへの覚悟を決めて数日後、シンは図書館にいた。別に調べものがあるからではなく、いつぞやの約束を果たすために来たのだ。
「ルナさん、この本は何処に戻せばいいんですか?」
「それは右側の本棚の4段目の開いているところ所に戻して、次のはもう一つ奥の本棚の一番上にね」
シンは大量の本を両手に抱えあっちの本棚からこっちの本棚へと本を戻す仕事をしていた。いつもは他の男子生徒の図書委員にやらせている仕事らしいが今日が担当の男子生徒が急用で来られなくなったので困っていたらしい。
「ありがとうね、手伝ってもらって本当に助かっているわ」
カウンター席で本の整頓をしているルナはシンに向かって笑顔でお礼を言った。だがシンは謙虚に
「いえいえ、俺は別に」
シンは素早く本を元あった場所に戻していった。だがここである疑問が浮かんだ。
「ルナさん」
「なに?次の本の場所のこと?」
「いえ、なんでここにはこんなに恋愛小説が多いんですか?さっきからずっと恋愛小説ばかり運んでますし」
その疑問にルナは困った顔をした。
「ごめんなさい、私にもよく分からないの」
「そうですか、すみません変なこと聞いて」
シンが思った疑問は正しい。それにルナが答えられなかったのも別にルナが無知だからではない。これはリアス聖国の政策の一つだからだ。いやそもそも政策と呼べるものなのか怪しいが。簡単に言えば生徒に恋愛の事をもっと考えてほしいためなのだ。
集団合コンのようなものまで学生にさせる国なのだから別に驚くものではない。このシェント学園が対象の政策は言ってしまえば学生内での恋愛を全力で応援するものと四国魔法決闘のためのものの二つしかない。こんな政策馬鹿げていると思うだろうが、この政策を決めたころのリアス聖国は四国魔法決闘で万年最下位と無様な成績だったため、こんな馬鹿げた政策でも四国魔法決闘で優勝するためなら何でもするというそのころの王宮の覚悟して出した政策なのだ。シンがこれを知ったらどう思うかは目に見えているがシンがこの事を知ることはない。
「あの、一応全て戻しましたけど他にやることは…」
「あらそう、ならこっちを手伝ってくれない?今日はいつもより返却される本が多いの」
「わかりました」
きびきびと隣で本を整理しているシンを見たルナは直ぐに気が付いた。この前会ったとは何か違うと、だがその違いは目に見えるものではなかった。何か肩の荷が降りたような、この前会った時に感じた笑顔の中にあった重い何かがなくなった、そんな感じだった。
「どうかしましたか?どこか間違っている所でもありましたか?」
シンにそう言われれルナはさっきからシンを無意識にじっと見ていたことに気づいた。
「い、いや別に間違ってはいないわよ。というか逆に完璧にこなしていたことにちょっと驚いただけ」
「そうですか」
そう言ってシンはまた本の整理を再開した。ルナの言うとおり確かに初めてにしては手際が良すぎるのだ。本当にシンが何者なのかルナは分からなくなってきた。入学早々決闘を始めるほどの血気盛んな性格だと思えばいざ会ってみると礼儀正しい性格で、笑顔に重さを持っていたと思えば今日それが突然無くなっていたりと不安定なのだ。
そんな時、図書室の扉があいた。シンはまた本を返却するが来たのかと思ったがその女子生徒は本を持っていなかった。なら本を借りに来たのかと思ったがあたりを見渡すと図書室に居た全生徒がその女子生徒に注目していた。
その女子生徒はユーラインのように風貌はあり、ユーラインにはない威厳のようなものがあった。そして10代とは思えない美しさがあった。さらさらのロングヘア、吸い込まれそうになる瞳、整った顔、シンは一目で只者ではないと感じた。
「あら、ジャスリーじゃない。なんで図書館に?」
シンがその女子生徒に見とれているとルナがその女子生徒に気軽に話しかけた。どうやら友人らしい。
「ルナ、今日は生徒会の仕事があるから早めに仕事は切り上げろと言ったはずだが?」
ルナの質問に女子生徒、ジャスリーは質問で返した。
「ごめんなさい、予想以上に忙しくて…でもこれが終わればもう大丈夫だから本読んでて待ってて」
「いいや、私も手伝うよ…おや君は確かシン・ジャックルスじゃないか」
ジャスリーがルナを手伝おうとカウンター席に近づくとジャスリーがシンに気づいた。
「俺の事を知っているんですね」
「勿論だ、ルナが私に話してくれたし何より王族に決闘を挑んだ男だ。知らないものはこの学園にはいないだろう」
この言葉を聞いたシンはもうこの学園では有名人で注目を浴び続けてまくるのだと確信した。
「私の名はジャスリー・アペンだ。生徒会長をやっている」
「俺は…って名乗る必要ないですね」
「そうだな、しかし君は何をやっているんだ?図書委員にでもなったのか?」
「いいえ違います。これはただの手伝いで別に図書委員になったわけでは…」
「そうか、なら君は今のところなんの部活にも入っていないと」
「その通りです、勧誘なら先にお断りしておきます」
「そうか…やはり君も勧誘させられまくってウンザリしているのか。私も去年同じ目にあったよ」
どうやら勧誘合戦は毎年行われる者なんだなとシンは思った。
「ふむ…それなら今は止めておこう」
どうやらジャスリーもシンをどこかに勧誘するつもりだったらしい。
「ルナ、ちょっと話があるがいいか?」
「いいけど整理がまだ…」
ジャスリーはルナに話しかけ、ルナはまだ整理されていない本を見て困った顔をした。
「あ、これは俺がやっておきますから大丈夫ですよ」
「いいの?」
「はい、これの事は気にせずに」
「…ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ」
するとシンが助け舟を出した。シンがそう言うとルナは一度は申し訳なさそうになったがシンの優しさに甘えることにした。そしてルナとジャスリーは図書室を出た。
秘密にしたい話らしいがシンは先程までのジャスリーの視線が気になった。会ってからずっと自分の事を奇妙な目で見ていたからだ。
「…警戒はして損はないな」
シンは小声でそう言って残った本の整理を始めた。
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「ジャスリー、どうだった彼の第一印象は?」
「フ…噂はあてにならないな。礼儀正しい良い男じゃないか」
図書室を出た二人は二人以外誰もいない生徒会室で話をしていた。ちなみにシンは噂では血気盛んで滅茶苦茶な性格になっている。
「そうだルナ、頼まれていた彼についての情報なんだが…」
「どうだった?」
するとジャスリーは困惑した顔をした。
「何も出なかった、彼に関する情報は何一つなかった」
「え?」
困った顔をしたから余程の情報が飛び出したのかと思えば拍子抜けした。
「それなら彼は本当にただの一般人の子どもだと言う事なの?」
ルナのその質問にジャスリーは首を横に振った。
「いいやそれも違う、確かに彼は戸籍上普通の身分の子どもでブィント軍国国境付近の辺境の町に住んでいることになっているが…彼の住居があるとされる場所に家はなく、さらに彼の事を、彼の家族の事を知る町民が誰一人いなかった」
「え?それじゃあ彼は一体…?」
本当に何の情報もない、いくらなんでもそれはおかしい。ルナはシンと二回目に会った時、王族連続殺人事件の関与していた事を聞くと明らかに動揺していたのでジャスリーに調べてもらっていたのだがこれでは疑問が増すばかりだ。
「分からない、だがこれだけは言える。彼は、シン・ジャックルスは国がその素性を、生い立ちを、家系を全て隠蔽するほどの人物であるということだけだな」
「そう…ありがとうジャスリー」
「ああ、実は彼の事を調べている最中にもう一つ面白い情報が手に入ったんだが聞きたいか?」
ルナはそれには何か嫌な予感がした。だが自分の中にある知りたいという衝動を抑えられなくなり首を縦に振った。
「それはだな、『災いの子』という話なんだが…」