第三十二話《疑問》
シンと少女が山頂に着くとそこは何やら慌ただしい雰囲気になっていた。なぜか先生は慌てながらまだ半数しか到着していない生徒の点呼をやっていて、生徒は何が起こっているのか分からず戸惑いを隠せずにいた。さらに昨日来た捜索隊もいるため生徒の不安はさらに加速していた。
シンはこの状況を見て二つの予想を立てた。一つは生徒の誰かが遭難した、もう一つは自分たちみたいに何者かに襲撃された。だが万が一にも遭難はないとシンは確信していた。何故ならここまでの道のりが一本道で、さらにどこか人の手で整備されている痕跡があったからだ。そこから察するに他の道もそうだろうと簡単に予測できた。余程の方向音痴でない限りは遭難はありえないだろう。それならもう誰かに襲撃されたしかないだろう。
そう思っていると二人の先生がこちらに向かって走ってきた。一人はシンの担任のゲイルで、もう一人はシンが知らない女の先生だったのでおそらくカーレルン学園の教師だろうと思った。
「あなたたち!怪我はありませんか…ってどうしてユウリさんが一緒に、というか抱えられているんですか!?」
カーレルン学園の先生がシンが抱えている女子生徒に驚き、慌てふためいた。怪我がないかを聞くあたり予想は当たっているみたいだ。
「もしかしてユウリさんが襲撃されて……」
「それはその…後で説明しますからユウリさんを手当てできる場所に……」
「そ、そうね!急いで医務テントに行きましょう!話はそこで聞くわ!」
そう言って先生はシンから女子生徒を受け取り少女と一緒に何処かへ行ってしまった。おそらく少女は女子生徒に情状酌量の余地はあると言うのだろうがこの状況ではそれも無駄になるだろう。
そしてゲイルとシンの二人になったところでシンはゲイルに一礼して他の生徒が集合しているところに向かおうとするとゲイルがシンの方を向かないまま独り言のように話し始めた。
「先程ユーライン様がカーレルン学園の生徒の集団に襲撃された。ネビュー君が運よく駆けつけて撃退してくれてユーライン様とペアの生徒は無事だった」
その話を聞いてやはりな、とシンは思った。今この合同宿泊訓練に来ている生徒の中で襲撃をされる可能性があるのはユーラインくらいしかいないからだ。だがなぜゲイル先生は一介の生徒である自分にこんなことを教えてくれるのかと考えたその時、この前から考えていたある予測を思い出した。
「そうですか、あなた…知っているんですね」
それは教師の…いや、シェント学園の関係者の中に王族の関係者がいて、在籍している王族を陰ながら護る役割の者がいるという予測だ。それなら王族内の事情も知っているのも頷ける。それに王族を守護するという重要な役割を任せられているのだからそれなりの情報を持っていてもおかしくはない。
「そうだ、だから私はお前がやったことも知っている。だからこそ聞きたい、お前の見解を」
そう言われてシンは自分の思ったこと全てをゲイルに話した。ゲイルはシンが信頼に足る人物だと思ったからだ。
「この襲撃はこの前の事件とは無関係と思われます。絶対にそうだ、とは言い切れませんがね。大きな権力が関わっているという線もないでしょう。なぜなら襲撃する者の実力が低すぎるからです。学生が衝動的にやったという可能性が一番高いでしょうね」
「そうか……」
「ですがなぜ俺の意見を聞くんですか?俺はただの一学生ですよ」
「そういうことになっているだけだ。お前はこの英雄になってもおかしくはない、いやそうなっていないとおかしい人物なのだ」
「……買いかぶりすぎです」
「お前はそう思っていても私たちはそう思わない。お前はもうこの国の立派な戦力と思われているのだ。だからこういった情報を提供しているのだ」
戦力、つまりはユーラインのボディガードという意味なのか、この国の事件を解決するための道具という意味なのか、それとも両方の意味なのか。シンは怒りを覚えた、自分は国のためにあの事件の解決に尽力したわけではないのにお前らの勝手な思いこみで戦力に入れてんじゃねえ、と。
「ということだ、有事の時は君の力を貸してほしい。強制はしないがな」
そう言ってゲイルは少女とカーレルン学園の先生が向かった方向へ歩き出した。おそらく少女と女子生徒に事情聴取するつもりなのだろう。
シンはこの国、いやこの世界の大人に憤りを感じていた。どうしてそこまで無能なのか、というか自分たちで何とかしようという気持ちにならないのか、自分たちの半分しか生きていない自分に頼るなよ!と思ったところでシンはハッとした。
今思った自分とは田村心という自分のことなのか?それともシン・ジャックルスとしての自分のことなのか?と。
今までシンが考えたこともなかったことだった。と、言うよりは無意識のうちに考えてこなかったと言うべきなのだろうか。この世界での生活を完全に受け止められていなかったから、この世界で生きていることを否定していたから考えられなかった事。だが今はこの世界の事を少し受け入れ、この世界で生きていることも受け入れたから生まれた疑問なのだ。
シンの心の本質は田村心である、だが田村心として生きていた年数がシン・ジャックルスとして生きてきた年数に追いつこうとしているし、それに今では田村心としての記憶よりもシン・ジャックルスとしての記憶の方が多い。
それなら自分はシン・ジャックルスなのか?それとも自分は自分の原点である田村心なのか?
俺は一体誰なんだ?
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そこからシンは頭の中でずっと自問自答を繰り返した。それからの合同宿泊訓練の記憶が残らないくらいに。とは言ってもオリエンテーリングの後はライバ山の山頂での昼食の後に解散式という行事だけで特別記憶に残るものではなかったが。
シンの状態は傍から見ればかなり異常だった。真剣な顔つきなのに襲撃者を撃退して有頂天になっているネビューが昼食用に用意された弁当のおかずを調子に乗って奪っても全く反応せず、怒ることも悲しむこともなく只々無表情で、無言で弁当を食べるのだから異常と思うしかないだろう。気になったリンが声をかけても聞こえていないのかそのまま無視するという今までのシンではありえないような事をした。
もはやこの人はシンではないのではとクラスメイトは困惑した。来た時より空席が一つ多くなっていることにも気づかないほどに。
こうして生徒の心の中に困惑が蠢く中、魔車はシェント学園に向けて走り出す。
次で合同宿泊訓練編は終わりです。