第三十一話《計画》
殺気はそれを放つ人間によってその形は変わってくる。今までシンが感じた殺気は二つ、一つはカレイの罪悪感が全く無く自身の欲望にまみれた殺気、もう一つはベルセーズの罪悪感と後悔が混じった殺気だ。そして今回感じる殺気は殆ど嫉妬で出来ていた。
いきなり見えないところから攻撃され、シンと一緒にいた少女は慌てているがシンの方は落ち着いていた。先程の攻撃で分かった殺気の感じと魔法の威力、そして敵の目標だけで敵が誰なのか簡単に予想できたからだ。
敵の目標はシンではなく少女、簡単に握りつぶせるほどの威力の魔法、そして姿も見えないこの森の中で隠すつもりがないのかと思えるくらいの嫉妬心満載の殺気を放っている。となると考えられるのは一つしかない。
取り敢えずシンは傍で慌てている少女を落ち着かせることにした。
「落ち着け、大丈夫だから」
「大丈夫って、もしかしたら私を殺しに来た…」
「それ以上は言うな、正体がバレるぞ。それにそんな大層なものじゃない」
「……どういうことですか?」
そしてシンは前のめりになり襲撃者がいると思われる方向に全速力で周りに木々を躱しながら駆け抜けた。その速度は少女の目にも、そして襲撃者の目にもとまらぬ速さだった。
「えっ……」
「悪いな」
シンは襲撃者が自分に反応する前に背後に回り込みそして『雷掌』を纏った右手を襲撃者の背中に押し付けた。
「がっ!?」
そして襲撃者は何が起こったのか分からないと言った顔でゆっくりと膝から崩れ落ちた。襲撃者はシンの予測通りカーレルン学園の女子生徒だった。
「はぁ…はぁ…大丈夫でしたか……ってどうしてユウリさんが倒れているの!?」
シンを追いかけてきた少女は倒れている女子生徒の顔を見て驚いた。どうやら知り合いらしい。
「こいつが襲撃してきたんだ。知り合いみたいだがこいつがお前を狙う理由に心当たりはないか?」
シンが少女に質問すると少女は首を左右に振った。
「ないです。ユウリさんは私がカーレルン学園で出来た初めての友達ですから……」
「……そうか、まぁこいつは先生に引き渡すことにしよう」
「……そうですね、私もユウリさんから話を聞きたいですし。それなら早く頂上に行きましょう!」
そう言って少女は頂上へ向かって歩き出した。シンにはそれが友人が襲ってきたことを忘れるための空元気に見えた。
ここでシンは襲ってきた女子生徒を見た。いかにも普通の女子生徒で魔法の威力も弱かった、自分の速度にもついてこれなかった。そうなれば少女を元王族と知っていて襲撃したとは考えにくいがもしかしたらこれは本当の襲撃者が自分たちを油断させるための布石では……と考えた。
「……まさかな」
一応他に襲撃者が来ないか厳重に警戒しながら女子生徒を抱えてシンは少女の後を追った。だが頂上に登るまで他の襲撃する者は出ず、シンの予測は杞憂に終わった。
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シンが女子生徒を蹴散らした同時刻、ここでもある計画が行われようとしていた。その計画の立案者で首謀者のノーリス・クルバはこれで自分が王族になれると本気で思っている。
計画はこうだ、先ず計画に賛同して後々王族になったら出世をさせてやると言う誘いに乗ったカーレルン学園の男子生徒四人がユーラインのペアに襲いかかり、その後ユーラインに襲いかかる直前でノーリスが四人をボコボコにしてユーラインを助ける。そうすれ王族を助けてくれた恩人という名誉を貰える。さらにノーリスは自分はイケメンだと思っているためユーラインは助けてくれた自分に惚れると確信している。そして何時しか国中から祝福されて結婚、そしていずれは国王になるという壮大な計画だ。
四人はこれで出世できるならと喜んでいたがノーリスは襲撃した四人を出世させるつもりはない、それどころかここで殺すつもりでいた。勿論ノーリスが四人を殺せば犯罪者になるが王族を助けるために仕方なくと言えばそれで大丈夫だとノーリスは思っていた。それに今ここで殺さないと四人が自分の計画を誰かに話して計画を破綻させる可能性があり、口封じの意味もある。
そんなことも知らずに四人はいつペアのメルンを襲撃するか機会を探っていた。だがそんなところに予想外の人物が現れた。
「おーい、メルンじゃないか!」
「あっ、ジャンさん!」
メルンの友人で人気者のジャンだった。そしてジャンのペアは男だった。
「この裏切り者が!彼女はいないと言ってたくせにこんな可愛い彼女がいるとは!成敗してやる!」
「止めろ!メルンとはそういう仲じゃない!ただの友達だ!」
なんとネビューだった。そのネビューは今にもジャンを殴り飛ばそうと拳を握っている。
「これは予想外……いや、これで証人が増えたと思えばいい!これなら信憑性も増す!ますます好都合だ!あの男は昨日の決闘を見る限り弱そうだったし問題ない!」
ノーリスは今にも踊りだしそうなテンションで今か今かと襲撃の時を身をひそめて待っていた。
「あなた……ちょっとは静かにできないのですか?」
「さっきまでの気まずい空気を変えてやったんだ!ありがたく思うのが普通だろ!」
ネビューがユーラインに警護で話さないことにその場にいた全員が驚いた。
「おい!王族にそんな口を聞いていいわけないだろ!早く謝らないと大変なことに…」
「お前バカか?別に大丈夫だろ、同級生なんだし」
「それならなおさらだよ!バカなのはお前だよ!」
「シンさん意外にもユーライン様にタメ口で話せる人がいるなんて……」
ネビューの登場で先程までの気まずい雰囲気は一転し、一気ににぎやかな雰囲気になり四人は襲撃の機会を失った。しかし四人がこれから出世をするにはこの機会を逃すともうない。四人とも今回の合同宿泊訓練で誰にも見向きされなかったため、下手をすると家からの除名もありえる。
「どうする?」
「どうするも何も行くしかないだろ!じゃないと俺たちはもう……」
「これを乗り越えれば後は出世できる!覚悟を決めろ!」
「よし、やろう!」
そして覚悟を決めた四人は今すぐに襲撃をすることにした。襲撃の内容はペアに物理的に襲い掛かりユーラインが身の危険を感じる程度に袋叩きにする、だ。シンプルすぎるが四人にはこれが精いっぱいの策なのだ。
「いくぞ!うおおおおおおおおおっ!!」
「「「うおおおおおおおおおっ!!」」」
そして四人はメルンに向かって突進し、メルンに襲い掛かろうとした。
「きゃあああああああああああああ!!」
それに気づいたメルンが大声で叫び、ユーラインは戦闘態勢に入り、ジャンは王族であるユーラインを護ろうとした。ノーリスも計画通りユーラインを助けるために動い始めた。だが、その中でいち早く動いたのはなんとネビューだった。
「はぁ!」
ネビューはシンとの決闘で使った魔法『光装』のネビューオリジナルバージョンで襲撃者の目をくらませたのだ。しかもシンの言うとおりに一瞬だけ使い、襲撃者の目の前まで一気に近づいた。何かが近づいてきたことに気づいた襲撃者の一人が目を開けようとした瞬間ネビューは目の前でさっきよりも眩しく光った。
「ぐああああああああっ!!目が!!目がああああああ!!」
その光を見た襲撃者の一人は目を押さえてその場で悶え苦しんだ。しかもその光がまた目くらましになりネビューはまた違う襲撃者の目の前で同じことをした。
「うわああああああああああああっ!!」
「ぎゃああああああああああああっ!!」
「ぐわああああああああああああっ!!」
後はその繰り返しでネビューは誰も傷付けることなく襲撃者を撃退したのだ。いや、性格に言えば撃退ではないが少なくとも戦闘不能にはした。
その戦いぶりにユーライン、メルン、ジャン、そしてノーリスは唖然とするしかなかった。ただ五回光っただけなのに四人を相手に圧勝したのだから。
「あなた……まさか……」
「どうした!何かあったのか!」
ユーラインはある事を思い出しそれをネビューに聞こうとしたがその前にネビューの放った光に気づいたゲイルが頂上から駆け付けた。
それを見たノーリスはさっきまでのテンションがまるで嘘のように木々の中で項垂れていた。
「終わった……これで俺は犯罪者か……」
四人がこの計画の事を話せば自分が首謀者だとバレる。そうなればもう何を言っても無駄だ。ノーリスは王族を襲撃しようともくろんだ犯罪者として処罰されることになるだろう。
こうして意外にもネビューのおかげで馬鹿な男の計画は終わりを告げた。
ネビューの活躍を書きたくてこのオリエンテーリングの話を考えたと言っても過言ではありません。