第三十話《感謝》
今リアス聖国で行われている大規模な行政革命の陰に隠れてある法律が出来た。それは娼館を国営化し、私営の娼館を全面禁止するものだ。王宮内にもなぜこの法律が立案、成立されたのかを疑問に思う声が聞かれたがそんなことを考える暇は彼らにはなく直ぐにその疑問の声は消えた。
この法律が成立して施行されてまず国は城下町の一部分に無数に出来た全ての私営娼館を一斉捜査し、娼婦たちを全員保護した。そこで見つかったのは娼館の経営者達の膨大な財産と脱税、それを隠すために政治家たちに与えた賄賂の決定的な証拠、そして娼婦たちを人間ではなく発情期の家畜としか考えていないと思わせる程の娼婦たちへの酷過ぎる待遇、と言ったまるでこの国の汚い部分を全て集めたと思えるくらいの悪事の数々だった。勿論脱税や娼婦たちに度を過ぎた過酷な労働を強いた経営者は全員逮捕、というか城下町にある娼館の経営者は全員両方かそのどれかを行っていたため経営者は全員逮捕された。賄賂をもらっていた政治家も全員逮捕された。そのせいで一気に王宮の政治家が減り王宮がリアス聖国一忙しい職場になったらしい。
そして娼婦たちは娼館に残るか国が用意した就職先に就職するか、それとも自分で新しい生き方を探すかの三択を選んだ。殆どが娼婦ではない新しい道を選んだが極僅かに娼館に残る者もいた。その者たちが残ると決めた理由は様々だが大まかに分けるともう娼館でしか生きていけないと思った者と娼婦としてでしか生きる道を知らない者の二つに分けられる。その数は全体の1%程度だったが新しく娼館を開くには十分すぎる数だった。
そして国は新たな経営者を娼館に派遣した。なんとその経営者は残ると決めた娼婦の一人でしかも娼館の経営の具体的なプランを持っていたのだ。娼婦の殆どは学校に通った経験がなくそういった知識とは無縁のはずだった。だがその娼婦は元々身分の高い家系の生まれでシェント学園に在籍していたがある事件で家が没落し、半ば強引に娼館入りさせられたという経歴を持っていた。娼婦は娼館に入ってからいつも娼館をより良い職場にするためのプランを考えていたらしく、経営者を決める際に自分から経営者になりたいと志願した。国はそれを快く承諾したらしいが本当は他に志願者がいなかったみたいで彼女しか選択肢がなかったらしい。
そして色々あって国営の娼館が出来た。今までとは比べ物にならないほどいい職場になったらしい。だが本来王宮は娼館の国営化ではなく娼館の廃止を目指していた。だがそれは叶わないと直ぐに分かった。
まず娼館があることによる性犯罪の抑制だ。つまり性的な欲求を娼館で発散させることが出来ないと強姦などの性犯罪が増加すると予測されたのだ。それが国が今まで風紀を乱している娼館の存在を黙認してきた原因の一つなのだ。
そしてもう一つは女性の放浪者の抑制だ。魔法が全く使えない、魔力が全くない男性は農業などの第一次産業で貧しいながらもやっていけるが女性の方はそうはいかない。魔力もなく、力仕事のできない女性は最終的に身体を売ることでしか飢えをしのぐことはできない、つまり娼館に入る事しか道はないのだ。となると娼館を廃止すればそういった女性たちはどうなるかもう目に見えていた。どこに行っても仕事はなく住む場所がない、路頭に迷う女性の急増だ。そう言った女性でも働ける就職先を作ることも考えられたがそれには時間がかかり、問題が大きくなるだけと判断され中止になった。
これらの理由の他にも色々と事情があって娼館の廃止は無理だと判断された。だがいつかは娼館を廃止するということも決定した。
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「そして今は魔力がなくとも働ける職場づくりを推奨していくみたいです」
「そうか、じゃあ一つ聞くがなぜそれを俺に言い聞かせる必要があるんだ?」
シンはビランの娘と名乗る少女から、この国の行政改革の話をさっきからずっと聞かされていて何時になったら本題に入るのかとイライラしていた。しかもオリエンテーリングの真っ最中に山道を歩きながらだ。だが面白い話だったので表だって文句は言えなかった。
「シン様には知っていてほしいとお母様が判断したからです。何故ならあなたはこの国を…」
「待て、その事は外では絶対に言うな。何のために秘密にしているのか分からないわけじゃないだろ」
「……はい、わかりました」
危うく少女が秘密をカミングアウトしそうになったのをシンが直ぐに止めた。そしてシンが事件の本当の解決者ということを知っているということから少女がビランの娘であることも証明された。
「それで、本題はなんなんだ?まさか政治の話をするだけって訳じゃないだろ?まぁ大体の予想はついているがな」
シンがそう言うと少女はその場に立ち止り深々と勢いよく頭を下げた。
「私たち家族を救ってくださり、本当に、ありがとうございました!」
全く持ってシンの予想通りだった。なのでこれからのシンの対応は既に決まっていた。
「救ってはいない、俺は事件を解決しただけだ。俺はお前にもお前の母さんにも何もしていないし救おうとした訳でもない。ただ真実を暴いただけだ」
「それでも私たち家族は、国王様は、ユーライン様は救われました!こんなことでは感謝の気持ちを表せないくらいに感謝しています!」
そうやって感謝の気持ちを伝えられるとシンの口元が少し緩んだ。この気持ちこそが、感謝の気持ちこそがシンの求めているものなのだ。こうやって改めて感謝の気持ちを伝えられると自分が正しいと思ってやったことが本当に正しかったと実感できるのだ。口喧嘩ばかりふっかけてくる女とは天と地ほど違う。
そう思ったその時、バァンという音と共に『火球』と思われる火の玉がシンと少女に襲いかかってきた。シンは火が飛び散り山火事になるのを恐れてそれを『雷掌』を纏った右手で握りつぶした。雷掌は一応防御魔法がベースになっているため防御にも使えるのだ。シンはこの襲撃を一瞬ユーラインが自分の考えをなぜか遠くから読み取り、軽い気持ちで放ったものだと思った。だがそれにしては威力がなさすぎ、そして殺気が混じっていた。それも嫉妬に近い殺気が。となると襲撃者はユーラインではないと直ぐに判断できた。
少女の方はいきなり火の玉が襲ってきてそれをシンが握りつぶすという一瞬の出来事に唖然とすることしかできなかった。
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一方別の山道を歩くペアのなかにとても静かなペアがいた。双方全く無言なのだ。
「……」
「……」
気まずい、二人の周りはそれしか表現のしようがない空気だった。ユーラインとメルンは一言も話すことなく黙々と山道を登っていた。昨夜の事を総合して考えると考えられなくはない状況だが流石にここまでとは思っていなかった、この選択は誤っていたとユーラインは思った。
そんな重い空気を打破したのはメルンではなく、ましてはユーラインではなく、正体不明の襲撃者だった。