第二十九話《政策》
次の日、シンの次はリンが物凄く大人しくなった。それを受けてシェント学園の生徒たちの中で、この合同宿泊訓練では人の性格が頻繁に変わるのか?と言った噂が立ってきた。勿論そんなことはないのだが。
リンはあの後シンが途轍もないほどの魔法技術を持っていて、シンがその気になれば直ぐに始末されると確信した(シンに脅迫された直後はシンの性格からして冗談だと思っていた)。そして無暗にシンのことを調べないと心に決めたらしい。ただシンは大人しくなったリンを見てまだ自分を調べるのを諦めた訳ではなさそうだと思っている。
「なぁシン、お前リンに何かしたのか?」
「…お前以外にありえないと思う」
流石に近くで脅迫を聞いていたネビューとタイソンはシンの仕業だと気づいたらしい。だがシンは素知らぬ顔でこう答えた。
「別に、俺は何もしてないが?」
その言葉を聞いたネビューとタイソンは確実に何かあったなと思った。だが無理に詮索したら底なしの毒沼に思いっきり飛び込んでしまうくらい危険な感じがしたのでそれ以上は何も言わなかった。
あの手紙の仕掛けはこうだ。基本的に放魔石と同じ原理で紙に細工をして魔力を込めると『雷掌』と同じくらいの電流が流れるようにした。勿論触れただけで発動するようにしていた。触れただけで発動するものなので威力は低いが、別に倒すことが目的ではなくあくまでも忠告が目的なので威力は低くても問題はない。あの王族連続殺人事件を解決してから試したら一発で出来てしまった偶然の産物なので名前はまだないがまだ改良の余地や幅広く応用できそうなのでシンはまた研究しようと思っている。
この話は一旦置いて今日のことに話を移す。今日は合同宿泊訓練で最大のイベントがある。ライバ山へのオリエンテーリング、山登りだ。これは過酷な山道が多いライバ山に登頂することによる精神的に成長を目的にしているのだがこれは建前だ。本当の目的は生徒同士の親睦をさらに深めることにある。
このオリエンテーリングは二人一組で行うのだがその組は必ず別の学園の生徒でなくてはならないのだ。これだけ見れば普通だが問題はこの合同宿泊訓練の目的は地球の言葉で簡単に言えば学生での一斉お見合いイベント兼将来の上司候補への胡麻擂り会だということだ。大体はこの二日間で仲良くなった人、と言うより将来のパートナー候補と決めた人と行くだろう。
つまりこれは二人きりでの時間を意図的に作るためのオリエンテーリングなのだ。ライバ山の山道は多くの山道が存在するがその全てが一本道で全ての道が同じくらいの距離で山頂に着くようになっている。さらにその道は過酷とは名ばかりでしかも危険の無いように少し整備がされていているのだ。そしてそう思われないような工夫が徹底的に行われている始末。ライバ山は基本一般には自然保護、動植物の保護というこの環境問題の『か』の字もない世界では意味不明とも思われる理由で閉鎖されているためこの山道はもはや合同宿泊訓練専用のデートコース化している。そもそもなぜこのような事を両学園側はするのかを説明しよう。
リアス聖国はある時期を境に四国魔法決闘での成績が低迷しており、最近では優勝どころか連続して最下位に陥っている。そうでなくともリアス聖国の四国魔法決闘での歴代成績は四国の中で最下位なのだ。王宮はこの状況を打破すべくより多く魔力量の高い人材を生みだす大規模な政策を打ち出した。その一つがこの合同宿泊訓練なのだ。
魔力は主に親からの遺伝で決まる。だが全てがそれで決まるわけではない。例えば魔力量の小さい親から生まれた子供の魔力量が異様に高かったり、その逆で魔力量の高い親から生まれた子供の魔力量が異様に低い時もある。努力によって魔力量が上がることもある。だが遺伝で殆ど決まるというのも事実だ。
国はまず魔力量の高い人材の確保のため魔力量の高い者同士の結婚を推奨した。だが直ぐに魔力量の低い子を持つ親からの反発、効率が悪いなどの内部からの反対意見もあり王宮はこれを撤回した。
そして国はあることに着目した。親の遺伝だけではなくその前の世代の遺伝も大きく関わっていることに。試しに親の魔力量は高いが自身の魔力量が小さい者たちを結婚させその子供たちの魔力量を調査するとそこまで高い確率ではなかったが祖父祖母の遺伝により魔力量が高い子供が産まれることが判明した。さらに魔力量の高い者と自身の魔力量は小さいが親の魔力量は高い者との子供がより確実に高い魔力を持てることも判明した。
そして国は魔力量の高い者と自身の魔力量は小さいが親の魔力量は高い者との結婚を推奨し、その援助も始めた。その中の一つが合同宿泊訓練というわけだ。
だがこの政策を始めて最初の内は成功かと思われたが高い身分を持つ者の人口が上昇してエリートなのに、いい学校の出身なのに就職が出来なくなるという事態、所謂エリートの就職難が起き始め、さらに四国魔法決闘でもそこまでの成果が上げられず、政策は大失敗だと言わざるを得ない状況になった。
しかしこの政策を王宮が止めない理由は王宮に努める者たちの中にも、というか大多数の者がその政策に恩恵を受けていて、さらに自分たちの子どもも魔力量が低いという者も多くおり、ダメな政策で今すぐ中止するべきと分かっていても政策の続行をせざるを得ないのだ。
話が逸れたので元に戻そう。シンはそのパートナーとなる人物を探そうとしていた。というかメルンを探していた。だが一向に見つからない、まだペアが出来ていない者が集まっているところにはいなかった。まさかと思いペアのできている方を見るとメルンはユーラインとペアを組んでいた。ちなみに同性とペアを作るなという規則はない。
ユーラインはオリエンテーリングのペアを探せと言う合図と共に多くのカーレルン学園の生徒に囲まれペアになって欲しいと懇願された。こんなに親密になれるチャンスはないから懇願する側は必至だった。だがユーラインはその遠くでシンを探すメルンを発見した。彼女なら大丈夫だと昨夜の会話で感じていたので即刻メルンの元へダッシュして命令口調でペアに誘った。
「あなた!私とペアを組みなさい!」
元は身分の低い出のメルンは王族の誘いを断るに断れずしぶしぶ承諾したのだ。ちなみにこの時ユーラインに異性より同性が好きなのではないかという噂が密かに立った。
このケースは極めて稀、というかほぼ無いケースなのだが他にも同性とペアを組む者もいた。ガチの同性愛に目覚めた者同士もいれば上下関係がはっきりしたペアもあり、固い友情で結ばれた者同士や趣味の合う者同士のペアもあった。
しかしこうなるとシンはカーレルン学園の生徒の知り合いがいない為全く知らない人とペアを組む羽目になった。しかもシンの心を射止めようとする女子生徒もちらほら居たのでどうせなら男子生徒とペアを組もうとしたがlikeではなくloveの方の視線をシンに送る男子生徒が居たので一気にピンチになった。
このままではいろいろとまずい事になるとシンは焦り始めた。だがそんなシンの前に救世主が現れた。女子生徒で比較的平凡な感じだった。女子生徒はシンにこう言ってシンをペアに誘った。その言葉はシンにとっては衝撃的なものだった。
「シン様、私はビラン・シュレイの娘です。お話ししたいことがあるので一緒に組みませんか?」