第二十八話《説得》
メルン・ディアスは何処にでもいる普通の少女だった。平凡な魔力を持ち、平凡な身分の親や平凡な友人と共に平凡な学校に通い、そして平凡な身分になり平凡な人生を送るはずだった。だがそれは他の友人たちと一緒に地元の学校へ入学したいと親に言ってから全てが崩れた。
親はシェント学園などの実力校の入学試験に合格できなかった身分の高い親を持つ子供が通うカーレルン学園に通わそうとしていた。父親がカーレルン学園の出身、つまり元々は身分の高い親の子息だったからだ。
メルンの父親はカーレルン学園での交友はあり、シェント学園出身で王宮の行政関係の仕事が内定している女性との婚約も決まっていたのだがそれを無視して幼馴染で昔から二人で結婚の約束をしていた身分の低い女性、つまりメルンの母親と結婚してしまったのだ。勿論親からは猛反発され即刻絶縁状態になった。父親はその事に全く後悔はなかったがそのおかげで決まっていた仕事も内定を取り消され、農業をすることになりあまり裕福とは言えない生活を家族に遅らせていることに少し後悔を感じていた(メルンとメルンの母親はそんな事一度も感じた事はない、父親の勝手な想像である)。
せめて娘にはいい生活をと、良い身分の生活をとカーレルン学園の入学をと考えていたのだ。メルンにしてはいい迷惑であった。メルンは地元の学校に入学したいと同じ意見の母親と共に父親に言ったが結局は父親に押し切られる形でカーレルン学園に入学した。
カーレルン学園に入学する生徒はメルンの想像した親の身分を振りかざす高飛車な者はおらず性格的にはメルンの友人たちと同じような親しみやすい性格が多くメルンも直ぐに馴染むことが出来た。ここなら平和で平凡な学園生活を送れると思った。
だがそれも今回のこの合同宿泊研修で崩れた。初っ端から王族であるユーラインに全員で胡麻を擦りに行く姿を見て呆然とした。ああ、この人たちって身分に固執してるんだと直ぐに感じ取れた。しかもその後からは誰がユーラインと一番親密になれるかというメルンにとってはくだらないことで皆が険悪になった。この光景を見たメルンはもはや自分の夢見た学園生活は送れないと思った。
そんな中で出会ったシンはメルンにとっては心の拠り所になれると思えた人だった。少し変なところがあるが身分に固執せず多くの弱者を助けたいという気高い夢を持った男の人でメルンが親以外で初めて尊敬できると思った人だった。父や母が言う運命の出会いだと思えた。
だがそれも崩れた。なんと他の皆が親密になりたいと一生懸命になっているユーラインとシンが婚約者であることが分かったからだ。やはりシンも高い身分に目がない嘘つきだと感じた。
もう全部が崩れた、メルンが逃げ出したのはその現実から目を背きたいという本能からだ。自分の思いを裏切るのを見たくなかったからだ。
その二人が自分を引き留めたときには抑えていた涙が少しずつ溢れてきた。これ以上自分の心を崩さないでほしいと思った。
自分の中にいるシン・ジャックルスは身分に固執せず多くの弱者を助けたいという気高い夢を持つ人だと思わせて欲しかった。
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「メルン、誤解なんだよ。俺はあいつとはそんな関係じゃないし例え結婚してほしいと言われても直ぐに拒否してやるつもりだから」
シンは取り敢えず言っておきたいことを言った。だがメルンにしてみれば言い訳にしか聞こえない。
「嘘はもういいですよ。あんなに仲が良い所を見せられて婚約者と言われたら誰もが納得しますよ」
そんなに仲が良いように見えたのかとシンは疑問に思った。
「あれが仲が良いように見えましたか?どう見ても仲が悪いようにしか見えませんでしたわ」
いつの間にか追いついていたユーラインも同じ意見のようだ。
「別に隠さなくてもいいですよユーライン様。どうせもう直ぐ決まる事なんですよね?国王様がそう思っているんですから」
この時シンは薄々気づいていたがユーラインが何を言っても逆効果になると確信した。
「誰がこんな男と結婚なんかするもんですか!例えお父様が結婚しろとおっしゃられても絶対拒否しますわ!だいたい……」
「止めろ、もう何も言わなくていい。やっぱりお前は手伝わなくていい」
メルンに言い寄ろうとするユーラインをシンはユーラインの肩に手を置き自分の後ろへ引っ張った。
「なんですか!あなたが誤解を解くのを手伝ってほしいと言ったんじゃないですか!なのに今度は手伝うなですって!自分勝手にもほどがありますわ!」
「分かったから今は黙っててくれ。言いたいことなら後で聞いてやるから」
怒鳴るユーラインをシンは呆れ顔で諭した。そしてシンは今にも逃げそうなメルンの方に近づきこう言った。
「メルン。俺はな、お前と話をするまでは魔法が嫌いだった。魔法を使う奴も嫌いだった。だがお前と話してそれが筋違いだと分かった。それからは少し気も楽になった」
「だからなんですか……」
そしてシンはメルンの両肩に両手を置き顔を目一杯近づけた。
「し、シンさん!?」
「ちょ、何やってるんですか!?」
驚愕しているユーラインを無視してシンはメルンにこう言った。
「少なくともお前は俺にとってそこの王族よりも大切な人だ。お前が俺の事をどう思っていようがな」
「えっ……」
「なっ……」
それはもう告白とも取れる言葉だった。その言葉を聞いたメルンは突然の告白に顔は真っ赤になり、ユーラインは絶句した。
「だから逃げないでほしいし誤解しないでほしい。また二人で話をしよう」
「は……はい」
返事をしたメルンはもう恥ずかしさで顔は真っ赤で俯いていた。そこでシンは集合時間がそろそろだということに気づいた。
「おっと、もうそろそろ帰らないと先生に怒られるか。じゃあメルン、また明日な」
「は、はい!でっ、ではまた明日!」
メルンは真っ赤な顔のまま大声でそう言うと宿舎の方にさっきよりも早い速度で走り去った。
そしてシンも宿舎に行こうとしたがユーラインに肩を掴まれたので後ろを振り向くとなんとも複雑な表情のユーラインがいた。
「あなた……それってワザとなんですか?それとも狙ってやってるんですか?」
「何が言いたいんだお前は……。お前も早く戻らないと先生に怒られるぞ、というか夕方のようになるぞ」
「あなたに心配されることではありませんわ」
「俺が巻き込まれる可能性大だから心配してんだよ」
「あなたがいつも私の所に居るからじゃないですか」
「お前が近づいてくるからの間違いじゃないのか?」
「いつ私があなたに近づこうとしましたか?」
「さっきからずっとだ。まったく次はどんなことに巻き込まれるか……」
「私はそこまで面倒を起こしませんわ!」
「どうだか」
そしてまた言い合いが始まり、ユーラインが本当に聞きたかった最初の質問は有耶無耶になった。
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あれから宿舎に戻ったユーラインはリンに出会いシンから頼まれていたものをリンに渡した。
「えっ!?シンさんから手紙ですか!?」
「ええ……中身は分かりませんが」
「まさか変わったきっかけを教えてくれる気に!ありがとうございますユーライン様♪」
リンが一心不乱に手紙を開けようとするのも見てユーラインは苦笑いしかできなかった。
その手紙は言い合いの最中シンは何かを思い出したような顔になりポケットから取り出したものだった。
「これをリンに渡してくれ」
その手紙を渡されたユーラインは嫌な予感を感じた。しかもその後のシンの忠告がそれに拍車をかけた。
「渡したら直ぐにリンから離れてその後お前がこの手紙を読んでくれ」
それからはもはや嫌な予感しかしなくなった。絶対に何か仕掛けられてると確信した。だが渡された以上渡さないわけにはいかない。
そしてリンが手紙を開けた瞬間、
「ぎゃ!?」
とても女の子とは思えない悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。倒れたリンの姿を見たユーラインは思い出した。自分が受けたあのシンの雷属性の魔法を。どうやって手紙の中に魔法を閉じ込めたのか気になって手紙を手に取り中にあった紙を取り出すとそこにはこう書かれていた。
「忠告したよな?」
その手紙を見たユーラインはそっと手紙を閉じ倒れているリンの傍に置いた。これ以上関わるのは危険と判断したからだ。
翌日のリンはいつもと違いとても大人しかった。