二十四話《懐かしさ》
それは心が中学1年の出来事だった。その時の心はもう努力の鬼になっており、周囲からは既に天才と呼ばれるようになっていた。だが心はその事に怒りさえ感じていた。寝る間も惜しんで努力してきてそれをただ天才という一言で片づけられたのが嫌で堪らなかった。その時の心は今よりも才能というのを嫌悪していたのも心の怒りを加速させていた。
そんな時にこの一言を言われて心の怒りは爆発した。
「いいよなお前は、どうせ努力しなくてもたいていの事は上手く出来るんだからよぉ」
その一言を言ったのは所謂落ちこぼれに近い心の同級生だった。心が何でもできることに嫉妬して軽い気持ちで言ったのだろう。だがその時の心にとってこれ以上の侮辱はなかった。
その場が教室だということを忘れて心はその男子生徒の顔に右ストレートを思いっきり振りぬいた。男子生徒はその会心の右ストレートに反応できず思いっきり食らって壁まで体が吹っ飛んで倒れた。心はその男子生徒に馬乗りになり顔を殴りながらこう言った。
「お前みたいに努力せずに中途半端に生きてる奴には分からないだろうな!一生懸命努力してもそれを才能で片づけられる悔しさが!天才という一言で今までの努力を否定されたような気持ちになった事が!お前みたいな全く努力してない落ちこぼれで人を貶すことしかプライドが維持できない馬鹿には一生理解できないだろうな!」
心は教師が羽交い絞めにして止めるまで殴り続けた。男子生徒は大きな怪我はなかったが顔は容赦なくボコボコにされて見るも無残だった。本来ならこれで心は同級生に暴力をふるった問題児のレッテルを張ら
れるのだが、しかしこの事件で心が問題児扱いされる事はなかった。その男子生徒がいじめっ子で、さらに教師も手が出せないでいたからだ。
男子生徒は気弱な生徒からお金を奪ったりパシリに使ったり鬱憤晴らしに暴力を揮っていたのだ。学校側もそれをわかっていたが男子生徒の親は有名企業の重役でお金持ちで権力もあり、さらに子煩悩で小学生の時男子生徒を注意した教師を金の力で退職に追い込んだこともあり手が出せないでいたのだ。
今回の心の行いは男子生徒からいじめられていた生徒を助けるためにした仕方ない行為として処理された。これなら男子生徒の親が心に手を出したら親が非難されることは目に見えていた。それにそんなことをしたら男子生徒の学校での居場所はなくなり、一縷に残っている男子生徒の将来への可能性がなくすことになる。そんな状況を考えられない親ではない事を見越しての処理だった。
結果的に男子生徒の親は心に手は出さなかった。それどころか逆に心に感謝したのだ。何故なら男子生徒が心の言葉に心を打たれ改心したからだ。これで心の周囲の評価はうなぎ上り、生徒はおろか教師からも頼られるようになった。
だがこれに納得しなかった人がいた。心の母親だった。心の母親はその事件を知った後直ぐに事件の事を心に問い詰めた。心は母親にだけは嘘を吐かないと決めていたため全て包み隠さず話した。すると母親は心の記憶の中では初めて心を叱ったのだ。
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その時の母親の言葉とメルンの言葉がなぜか殆ど一致している、その事にシンは驚かずにはいられなかった。メルンはそんなシンの心を知ってか知らずか説教を続けた。
「シンさんは魔法が嫌いと言いました。それは良いです、私だってそう思うときがありますから。ですけどそれと人とは関係ありません!」
シンは頭を抱えた。同じようなことを言っているだけならこんなに混乱しない。だがなぜか頭の中がグチャグチャになる。そうなる理由が思いつかないのだ。
「シンさんのように魔法を使える人でもいい人はいっぱいいます!ですから魔法以外で人を……って大丈夫ですかシンさん!?」
メルンはシンが頭を抱えているのを見て説教を止めてシンに寄り添った。
「すまん……大丈夫だ、ちょっと混乱してね」
シンはメルンにあらぬ心配を掛けさせないようにした。だがそれが逆にメルンの心配を大きくした。
「大丈夫じゃないです!先生を呼んできますからここでじっとしていてください!」
心配そうにしているメルンの顔を近くで見たシンはなぜ自分が混乱したのか納得した。なぜ同じような言葉を言うのか分かった。似ているのだ、自分の前の母親に。髪型や顔の形などその面影は無きに等しいが雰囲気が似ているのだ。そう分かるとシンの頭の混乱は一気に解消された。
シンは思わずここから教師を呼びに行きため宿舎に走り出すメルンの右手を掴んだ。理由はシン自身も分からなかった。ほぼ無意識に体が動いたのだ。
「えっ……?」
「大丈夫だって言ってるだろ……」
いきなり右手を掴まれたのを感じたメルンは呆気に取られたがシンがさっきよりも辛そうな顔をしてなかったので安心した。
「良かった~、いきなり頭を抱えだすからびっくりしましたよ」
「ふっ、すまんな」
安心して笑ったメルンを見たシンも釣られて少し笑った。
「あっ、初めて笑いました!」
「ん、そうか?」
「そうですよ!笑った顔、とてもカッコいいです!」
そう言って顔を赤くするメルンを見てシンは前世での友人を思い出した。幼馴染でいつも近くに居て付きまとっているとしか思えないくらい一緒にいた女を。そいつも同じようなことを言ってたような記憶があった。
「で、説教の続きはどうした?」
「あっ、すみません!説教をするつもりはなかったんですけど……」
「いいんだよ。それで、俺に何を伝えたいんだい?」
「そうですね……例えばシンさん、この夜空に浮かぶ光の粒、無数にありますよね?」
メルンは夜空にある無数の星々を指さした。
「あの数と同じ、いやそれ以上に人はいます。確かに偉そうに魔法で得た身分を誇示したりそれが絶対的な物として考えている人もいるでしょう。ですがそういう人だけではなくシンさんのようにいい人は必ずいます。だから魔法で人を判断しないでください。その人の性格を、中身をもっと見てください」
そう言われてシンは初めて気づいた。いや、気づいてはいたんだろうが心の中で押し殺していた。まだ自分はこの世界に染められたくない、何故なら自分は地球に産まれた日本人だ、と思い続けていたからだ。シンはいかに今までの自分が小さい人間だったか後悔した。どんなに時間が経とうとも魔法への嫌悪感はなくならないだろう、だが魔法を使う人に嫌悪感を抱いてはいけない。そんな簡単なことにも気づかないなんてどれだけ自分は馬鹿だったのかと恥ずかしくなった。
「どうかしました?」
全く反応がないシンをメルンは心配してシンの目の前に手をブンブン振るなどした。シンはそれに気づきこう冗談を言った。
「いや、俺がいい人なのかと思ってね」
「そうですよ!シンさんは良い人です!私が保障します!」
冗談で言ったのに即答でマジに答えられた。
「あっ!シンさん!もうすぐ消灯時間です!早く宿舎に戻らないと朝まで正座ですよ!」
そう言ってメルンは一目散に宿舎に帰って行った。シンも宿舎に向かって歩き出しながらある事を思い出していた。昔母親にたった一度だけ叱られたことを。
『誰も心のように一心不乱に努力できるわけじゃないの。誰だって努力が全て報われるわけじゃないの。心のように心が強いわけじゃないの。もしかしたら殴られた男の子だって努力してきたけど報われなかったのかもしれない。誰もが努力しているの。だからお前は努力していないみたいなことは絶対言っちゃいけない。分かった?あと天才って言われても怒らない事、いいわね?』
懐かしい、そう言う思いともう一つの感情が芽生えた。それは悲しみ、もう母親の中にも殴った男子生徒の中にも付きまとっていた幼馴染の中にも自分の記憶はもういないという悲しさだった。
「あっちは全部忘れているっていうのに……俺だけが全て覚えていて……惨めだよなぁ」
シンは夜空を見上げて涙を一粒だけ流した。
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そんなことがあってシンが変わったなんて知らないリンはどうにか変わるきっかけになる手掛かりを探すため昨夜までの事を思い出していた。
(確か自由時間の初めからシンさんは何処にもいなかった、もしかしたら初めからシンさんは外へ?……考えられます、どうせ言い寄られるのが嫌で逃げ出したんでしょう!でもそれならかわるきっかけは外であったことに……!そう言えば自由時間が終わって入浴時間の終わり辺りに私たちの部屋を廊下を走る音が一回だけありました!男子と女子の部屋はかなり離れているためその足音は女子の物に違いない!さらに私の目が狂いなければシェント学園の女子生徒は自由時間の時は全員宿舎に居ました、そもそも外に出る理由はないですし。ならその足跡はカーレルン学園の生徒の物!なら変わるきっかけはおそらくそのカーレルン学園の生徒が握っているということに!)
リンはシンとほぼ同程度の驚異的な推理力で真実に近づいていた。だが集中しすぎてカレーを食べるスプーンが止まっていた。
「おーい、カレー食わないんだったら俺が食うぞ?」
「考え事の邪魔をしないで下さいネビューさん!この馬鹿!クズ!」
「ひでぇ!そこまで罵倒しなくても!」
それからリンは罵倒で落ち込んだネビューに誠心誠意を込めて謝ったという。
大学の試験ってかなり簡単なのもあれば滅茶苦茶難しいのもあるんだな……。