第二十三話《ズレ》
時は昨夜まで遡る。
「俺ってさ、魔法が嫌いなんだ」
シンのその言葉を聞いたメルンは目を丸くした。それもそうだ、魔法の使えない落ちこぼれがそう言うのならまだ理解できる。しかしそれを言ったのは国の中でも特に優秀な人の通うシェント学園の生徒、所謂エリートなのだから。メルンは昔のシンに一体どんな事があったのだろうと思った。
「……どうしてなんですか?」
メルンは恐る恐る聞いてみた。するとシンは夜空を見上げたままメルンの方を見ずに答えた。
「別にお前が考えてる程深刻な理由じゃないよ。ただ拒絶感があるだけさ」
魔法に拒絶感、それも魔法が常識のこの世界で。
「原因はお父さんとかお母さんですか?シェント学園に入学させるために無理矢理勉強させられてそれで……」
だがこの世界の、その中でも身分の高い親を持つ子供にはよくあることだ。自分の子どもに偉くなってもらいたい、最低でも自分と同じくらいの身分にさせるため、シェント学園に入学させるため猛勉強を強いる親が沢山いるのだ。実際カーレルン学園の生徒の中にそれが原因で魔法に拒絶感を抱く者は少なくない。だがシンはその質問に首を横に振った。
「いいや、俺の両親は逆にシェント学園に入ることに反対してたし何よりどちらも魔法を一切使えない」
「ええっ!?そうなんですか!?てっきりシンさんの両親って物凄く魔法が使える偉い人かと……」
「いやいや、俺がそんな育ちのいい奴に見えるか?それにそうだったらここで夜空見上げてるよりも休憩所でカーレルン学園の生徒と楽しく社交辞令に応じているさ」
メルンはシェント学園に入ることを反対されたことより両親が魔法を使えないことに驚いた。魔力量は親からの遺伝で全てが決まると言われている世界だから当たり前の反応と言える。
シンの両親が魔法を使ったところをシンは見たことがない。自分たちから魔法の話を話題にしたことは一度もなかった。シンにとってはとてもありがたかったが。ちなみにシェント学園の入学に反対したのは母だけで父は「自分のしたいことをしなさい」、とむしろ賛成の立場だった。だがそれも母の前では意味を持たなかったが。
「ではなぜシェント学園に入学したんですか?魔法が嫌いなら別にシェント学園に入学しなかったらよかったじゃないですか」
その質問にシンは少し考えてこう答えた。
「……俺には夢、というか就きたい職業があってね、その職業になれると思ったから入学したんだ」
「その職業とは?」
「警備隊さ」
その答えを聞いたメルンは愛想笑いをするしかできなかった。何故なら警備隊とは治安が良く平和なこの世界で起こる少しの事件を淡々と解決していくだけで世の中から不必要だと思われているのだから。最初から目指す者は殆どいないが重役になると王宮とも関われる為、シェント学園の就職者は王族と関わりたいがために就職しているのだ。四国の中で一番治安が良いリアス聖国だから言えるのだが。
ただ警備隊は8年前と最近起きた王族連続殺人事件を解決した(とされている)ので世間からの評判は良くなりつつあるがまだ目指すべき職業の一つとして数えられるほどではない。
メルンはシンがどんな人か全く分からなくなった。そんな権力に縋ろうとするものしか目指さない職業を目指しているのに権力、身分に興味なしでさらに魔法に拒絶感を持つ。考え方が矛盾しているのだから。
「どうして警備隊を目指しているんですか?」
そう質問したメルンはシンの答えに自分が情けなく感じた。
「そりゃ人を助けたいからだよ。俺は昔から困っている人や助けてほしいと思っている人を見ると助けたくなるんだ。助けた人の笑顔が見たいから、よりたくさんの人に幸せになってほしいからね。だからそれが一番出来ると思うから警備隊を目指しているだけさ」
シンは高い理想を持っていた。メルンは先程までシンが自分たちと同じでただ才能に恵まれず権力や身分に縋ろうとしている人なんだと思っていたことが恥ずかしくて仕方なかった。権力や身分などお構いなしにただ人を助けたい、それだけのために警備隊を目指している。メルンには出来ない生き方だった。
だがここでメルンの頭の中に一つの疑問が浮かんだ。ではなぜシンさんは魔法に拒絶感を抱くようになったのか?今までの話の中にそれを思わすような話はなかった。逆に魔法を好いてないとおかしい所が沢山あった。
ズレを感じた、メルンはシンの考えにズレを感じたのだ。メルンは迷わずシンに聞いてみた。
「ちょっと待ってください、今までの話を聞いていてもなぜシンさんは魔法が嫌いか全然分からないのですけど……」
するとシンは少し困ったような顔をして話を再開した。
「ああ、話が逸れてたな。なんで俺が魔法が嫌いになったのかか……、やっぱり魔法は弱肉強食を具現化したものだからかな?」
メルンは魔力量の決まり方を理不尽と感じたことはあるがそう思ったことは一度もなかった。
「どういうことですか?」
「魔法が使える人は偉くなり使えない人は疎まれる。俺はそういう弱肉強食的なものは大っ嫌いなんだ。それだけだよ」
そう語るシンの横顔は怒りがこもっていたがとても悲しくこことは違う遠い何かを見つめる目をしていた。
「ではシンさんは自分が魔法を使う事に抵抗感は?」
「あるさ。魔法は嫌い、使う奴も嫌い、使う自分自身も嫌い。そして何より魔法を当たり前のように使ってる奴が一番嫌いさ」
「……」
やはり言っている言葉にどこかズレがあった。自分の中にあるこの世の中とは他の常識にとらわれているような気までした。
「おっと、すまんな。こんな話を聞いてても面白くも何にもないよな。もうそろそろ就寝時刻になるから戻ろうか、また明日くらいにまたここで話そうか」
シンは座っていた岩から立ち上がり休憩所のある方へ歩き出した。
メルンはシンの心には自分には想像もつかない何かを抱えているのだと感じた。ここでは言えない、他の人には言えない何かを。メルンはそれを知りたいと思う探究心よりもシンの抱えているものを少しでも軽くしたいと言う感情が勝った。そのためにはズレを解消するのが一番だと考えた。そしてメルンはシンにこう言った。
「シンさん、私の方を見てくれませんか?」
____________________________________________________________
「シンさん、私の方を見てくれませんか?」
メルンにそう言われてシンが振り向くとメルンは笑顔で岩に座っていた。やはりそこには懐かしさがあった。そしてメルンは衝撃の一言を口にした。
「いいですよね、シンさんは目標があってそれに向かって一生懸命頑張ってる。その努力は実り始めていて今は優秀なシェント学園の生徒になっている。そしてなにより沢山の人たちを思いやる心も持ってる……羨ましいなぁ、私にはシンさんの持っているものを何一つ持ってないから」
『いいわね、心は目標があってそれに向かって一生懸命頑張ってる。その努力は実り始めていて今はクラスで一番頭がいい。そしてなにより沢山の人たちを思いやる心を持っている……羨ましいわ、私が子供のころには心の持っているものを何一つ持ってなかったから』
その言葉にシンは驚愕した。シンはその言葉を知っているからだ。少し違う所はあるが概ね合っていたのだ。そしてメルンはシンを残念そうな顔で見た。顔の表情の仕方も一緒だった。
「なのにちょっとだけ残念です」
『なのにちょっとだけ残念だと思うわ』
それは前世の子どものころに聞かされた言葉だった。
「だってさっきシンさんはなんて言いました?」
『だってさっき心はなんて言ったか覚えてる?』
相手の言葉に怒って喧嘩をしてしまい、
「少しは自分がおかしいと思わなかったんですか?」
『少しは自分がおかしいと思わなかったの?』
相手に怪我をさせて帰ってきた日に家で怒られたのだ。
「シンさんの言った事は明らかにおかしいですよ」
『心が言ったことは明らかにおかしいわ』
なぜ?なぜお前が知っている?シンは軽いパニック状態になった。
「どうしてそう考えるようになったんですか?」
『どうしてそう考えてしまったの?』
知っている、その先に言う言葉をシンは知っている。なぜなら……
「あなたが中心で世界が回っているわけじゃないんですよ!もっと考えてください!」
『心が中心で世界が回っているわけじゃないのよ!もっと考えてなさい!』
それは……シンの前世での母親の言葉だった。なぜメルンが知っているのだろうか?その疑問だけがシンの頭の中を埋めていった。
一話で終わらせるつもりだったのに大学の試験のせいで二話に分割せざるを得なくなりました……。
すみません。