第十九話《美少女》
「ふぅ、今日の授業もこれで終わりか……さて、さっさと部屋に帰って身体強化魔法の改良を進めようか」
シンは一目散に教室を出た。シンは自分にとって初めての実戦となったあのベルセーズとの戦い(ユーラインとの決闘はシンの中では実戦というより子どもの遊びのような扱いになっている)で得られた教訓を形にするのに忙しいのだ。身体強化魔法の完成、『雷掌』『氷結界』以外の相手を無力化し拘束する魔法の開発、疎かになりがちだった防御魔法の開発、そして更なる自分自身の肉体強化などなど、時間は幾らあっても足りないのだ。
その一目散に帰ろうとするシンを追い抜く影が一つあった。ネビューだった。いつもなら教室に残って友達と楽しく会話しているのに今日は真剣な顔つきで寮ではない何処かへ向かっていた。部活動という線もあるがシェント学園の校則で新入生は合同宿泊訓練が終わるまで部活に入部できないのだ。ならネビューが何処へ向かうのかシンは気になった。取り敢えず見に行くだけと思い、シンはネビューの後を追った。
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シンは後悔した。なぜ興味本位で後を追ってしまったんだろうと。
ネビューの後を追ってたどり着いた場所は何人もの生徒たちが無残にも倒れている校舎裏だった。幸い誰一人死んではおらず気絶しているだけなのだがシンは警戒心を強めて声のする方を向いた。
「え~、つまらないなぁ。あれだけの人数で挑んできたのに全然じゃん」
「くそぉ……なぜ、なぜ勝てないんだ!うおおおおおおおおおおっ!!」
そこには可愛らしさと美しさを兼ね備えたような金髪ポニーテールの美少女に『水剣』で襲いかかる男子学生がいた。シンは美少女に加勢しようと攻撃魔法を使おうとしたが、
「残念、また強くなって出直してきてね!」
「グェ!!」
美少女は右腕の拳を振り上げ男子生徒の顎に渾身のアッパーを叩きこんだ。男子生徒は動物の鳴き声のような悲鳴を口から出しながら空中で美しい放物線を描いて地面に落下してそのまま動かなくなった。シンはその光景に呆然とした。そしてなぜか感動してしまった。魔法こそが最強で格闘はかなり軽視されているこの世界で拳だけで闘う人がこの世界にいることにシンは不覚にも感動してしまったのだ。
彼女となら友達になれる気がしたシンは彼女に近づこうとしたその時、ふと目の前にネビューが倒れているのを偶然発見した。それを見たシンは我に返りこの状況を冷静に分析した。倒れている男子生徒達、それらと闘ったのはこの美少女、そして彼女は最後の生徒に出直してこいと言った。この状況全てを判断材料として打ち出される彼女の性格は……、戦闘狂だ。しかもかなり強い部類の。
「あら、そこに隠れているのは誰?」
シンはその美少女に気づかれたと感じた瞬間、全速力でその場から逃げた。シンが考えたこの流れで起こりうる最悪の状況は、美少女に決闘を申し込まれる⇒美少女に勝ってしまう⇒この美少女は学園1の実力者だった⇒また自分が注目を集めてしまう⇒平穏な学園生活は遠ざかり腕に覚えのある生徒との決闘を強いられるバトル学園ストーリーになってしまう、だったからだ。
逃げるシンを見た美少女はため息を吐いた。
「はぁ、また現れなかったなぁ……私と対等に闘える男子はいないのかなぁ……」
美少女は倒れた男子生徒には目もくれずどこかへ立ち去った。校舎裏で倒れ伏す男子生徒たちを介抱する気はさらさらないらしい。
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シンが逃げ込んできたのはあの王族連続殺人事件の時に来た図書室だった。理由は美少女が追いかけてきた場合に備えて隠れるための教室を探していたら偶々近くにあったここを選択しただけであって、別に深い意味があったわけではない。どうやら追ってくる気配がないのでシンは図書室の扉に身体を預けて安堵した。
やはり放課後だからなのかシンの見渡す限りで図書室には数名の生徒達がここで勉強していたり読書をしていたり目当ての本を探していたりした。あの王族連続殺人事件の後、8年前の事件に関することが書かれた全ての歴史書が王宮によって回収、破棄されたため不自然なスペースが開いている本棚もあるがそれ以外は普通の図書室だった。本を魔法でめくっていたり本棚に収納したりしているところも除いてだが。
そしてカウンター席には分厚い本を読んでいるルナがいた。シンはここにきたのも何かの縁と思いルナにあの時国立図書館に入れるようにしてくれたことのお礼を言いに近づいた。
「ルナさん」
「あら、あなたはシンじゃない。どうしたの?」
「いえ、実は……ッ!?」
シンがルナに話しかけた瞬間、背後からさっきのようなものを感じたシンは思わず臨戦態勢で振り向いたが後ろにそれらしい人影は居なかった。
「どうかしたの?」
「いや……気のせいですかね……」
取り敢えず警戒を怠らないようにしてシンはルナとの会話を続けた。
「それで……国立図書館にあなたの欲求が満たされる本はあったの?」
「はい、本当にあの時はありがとうございましたルナさん」
「そう、あの時首都では王族連続殺人事件が起こってたけど……あなたは大丈夫だった?まぁ王族しか被害は出ていないみたいだけどね」
「そ、そうですね……」
シンはその話題をふられると少したじろいだ。もし自分が事件を解決させたことがバレたら不味い状況になる以前の問題だ。まぁボイルとの約束があるし表向きは警備隊の捜査によって解決したことになっているため疑われることはないのだが。
「ちょっと聞いてもいいかしら」
「はい?」
「あり得ない話なんだけど……あなた、もしかして事件に関わっていたの?」
ルナが唐突に事件の秘密に近づいた質問をしてきた。シンは顔に動揺を出さないようにするので精一杯だった。
「な、どうしてそう考えたんですか?」
「あなたが国立図書館に行った期間に事件が解決、さらにあなたがここで読んでいた本は歴史書、さらにあなたが熱心に読んでいたところは8年前の事件の事だけ。そう考えるのが普通じゃないかしら?」
確かにその通りだった。シンはどうやって誤魔化そうか考えたがいいアイデアは浮かばなかった。冷や汗がシンの頬から流れる。シンとルナは無言で見つめあっていた。先に口を動かしたのはルナだった。
「ごめんなさい冗談よ、ちょっとからかってみたかったの。そんな事、あり得ないわよね?」
「そ、そうですよ!俺はただ事件の事を詳しく調べたかっただけですから!」
ルナはクスクスと笑った。どうやらそんなこと考えていなかったらしい。シンは心の中で美少女が追いかけてこなかった時以上に安堵した。
「それで今日はお礼をするために来てくれたの?」
「いえ、実は校舎裏にいる美少女に目を付けられそうになって逃げてきたんです」
「はぁ……あの子はまだあんなことを……」
それを聞いたルナは呆れた顔になりため息を吐いた。
「お知り合いなんですか?」
「知り合いどころじゃないわよ。彼女、シャルドネちゃんとは親友なの。私と同じ二年生でずっと同じクラスなの」
「そんなんですか……」
「シン、あの子にはあまり近づかない方がいいわよ」
「どうしてですか?」
「あなたは強いでしょ、あの子は強い人と闘うため日々ああやって校舎裏で決闘で勝ったら付き合ってくれるという餌を付けて待っているの。彼女は見た目は物凄く可愛いから挑戦者が次から次へと来るんだけど全員弱いらしくてね……で、あなたの決闘を見たあの子は真っ先にこう言ったのよ。『あの男子なら私と闘えるよね!』って」
予想通りの戦闘狂だった。だがシンが気になるのはそこじゃなかった。
「ちょっと待ってください。ということは俺はもうそのシャルドネさんに目を付けられてるってことですか?」
「そうよ、だから闘いたくなかったら近づかないようにね」
本当に先程考えた最悪のシナリオになるのではないかとシンの心は落ち込んだ。まぁルナの言うとおりに校舎裏には行かずシャルドネを避けていけば大丈夫なのだが。
「ご忠告ありがとうございます。そう言えば紹介してくれたお礼をしないといけませんね」
「それはまだいいわ、どうせならもっと大変な時に使いたいし」
「そうですか……では俺はこれで。また来ますね」
シンは図書室を出た。すると図書室にいる時からずっと感じていた殺気が一瞬でなくなった。
そしてシンが出ていった図書室では……、
「奴があのシン・ジャックルスか……なぜルナちゃんと親しくしている」
「王族に目を付けられている奴から我々のルナちゃんを守るのだ」
「……ここにも近づかない方がいいって伝えたらよかったかしら」
図書室にいた数名の男たちがヒソヒソと話し始めた。会話から少し分かるように、実はルナ・シンバルは『学園の戦乙女』の異名を持つシャルドネに並ぶ人気を持つ少女なのだ。
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シンは図書室からまっすぐ寄り道せず、シャルドネの襲来を警戒しながら自分の部屋に戻り、身体強化魔法の改良に勤しんでいた。だが何か忘れている気がして集中できなかった。
「何か忘れているような……なんだっけ?」
シンが忘れていること、それは、
「……体中が痛くて立てねぇ」
シャルドネに捨て身で挑んで右ストレートを完璧に決められて校舎裏から動けないネビューの事だ。ネビューは翌日の朝にいつもこうやって動けなくなっている生徒たちを回収するボランティアの人たちに回収されることになる。
ヒロイン二人の紹介回でした。
次からもう合同宿泊訓練に入りたいと思います。