第十四話《国王》
リアス聖国王宮、その最深部、王の間に今のリアス聖国の王、ベルセーズ・リアスとその娘ユーライン・リアスがいた。純白の壁に銀色のシャンデリア、黄金が散りばめられた豪華な椅子、まさに贅沢の極みのような場所で二人は深刻な顔をして話をしていた。
「お前も知ってのとおり、昨晩ビランが襲撃された。何とか一命は取り留めたが未だ予断は許されない状況らしい」
「そうですか……」
ビラン、それは8年前の事件でシューライン・リアスの子ども以外で唯一犯人の魔の手から逃れられた王の妃だった。だが彼女の子ども二人は身元も識別できないほどバラバラに切り刻まれて殺害されている。そのため精神的に病み、王宮で療養生活をしていた。
事件が起きて6日目、このリアス聖国の王族も残すは王であるベルセーズとユーライン、そして襲撃されたビランの三人だけ。王族存亡の危機に直面していた。
「ユーライン、お前を呼んだ理由は一つ、私は王を退く。そしてお前に王位を譲る」
「なっ……ど、どうしてですか!?王位の譲位は先代の王が崩御しないとできないのでは……」
「そんな悠長なことを言っている場合か?もうお前しか王族の血を受け継いだものはいないのだぞ。お前がこの国の女王になればこれまでの何倍もの護衛が就けさせられる。そうすれば犯人もお前の暗殺を断念するだろう」
「っ……しかしまだ私は13歳、成人年齢の16歳まで届いていません!そして何より私は義務教育を終えておりません!そんな状態で王にはなりたくありません!」
ユーラインは薄々気が付いていた。これで自分が王の位を受け取らないと確実に犯人に殺されることを。
王族への護衛は確かに多い。だがそれでも暗殺を止めることはできていない。だが王宮の最深部で他の王族とは比べ物にならないくらいの厳重な警備体制で守られる王なら流石の犯人も暗殺を断念する可能性がある。
しかしそうなるとシェント学園を止めざるを得なくなる。居心地が悪かったので丁度いいと思った反面、王族である自分をいとも簡単にあしらったあの男への再戦ができなくなる事が悔しいとも思った。
「ユーライン、わかってくれ。これはお前のためでもあるんだ」
ユーラインの覚悟は決まっていた。ユーラインが王に肯定の返事をしようとしたその時、ユーラインの後ろにある王の間から普通の王宮へ繋がる一つだけの扉が突然開いた。この場所に入れるのは王族と王への謁見を許された極僅かな人だけ。しかも今は事件のため立ち入りは禁じているはずの扉が開いた。
そしてその扉の向こうに立っていたのは、
「その話、ちょっと待ってくれませんか?俺の話を聞いてからでも遅くはありませんから」
ユーラインにとっては忌々しい男、シン・ジャックルスだった。
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ボイルはカレイの時以上に不安を募らせていた。なぜなら親友の子どもがいきなり首都に現れてかなり危ない橋を渡り8年前の事件を完全解決したと思えば今度は王に謁見するなんてことをしでかしたのだから。
ボイルは一応王の間を警護する者たちに先程起きたことの顛末を話した。そして今はその警護兵と共に王の間でのシンの動向を観察している。シンは先程「これから何が起きても騒がない動かない話さないで下さい」と言ってきた。つまり傍観していろと暗に言ってきたのだ。
これから起きることをシンは全く教えてくれなかった。だがこれからやることは今起きている事件の解決のための一手に違いないと確信していた。だがシンの行動はボイルの予想の遥か上をいった。
「ベルセーズ・リアス国王、そしてユーライン・リアス、今からあなた達に今回の事件と8年前の事件の顛末、そして真実を教えます。これからの事はこれを聞いてから決めてください」
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「真実だと?笑わせてくれる。そもそも8年前の事件の真実はこの国では常識になっておる。他にどんな真実があるというのだ?」
「そうですわ!ここはあなたのような人が気軽に来ていい場所ではないのです!とっとと立ち去りなさい!」
ユーラインは立ち上がって激昂し、ベルセーズは椅子に座って平然とした表情を見せているが心の中の怒りがシンには見えた。
案の定二人には信じてもらえなかった。それもそのはず、彼らが当事者でさらに被害者で、そしてその顛末を間近で見たのだから。だがシンは気にせず続けた。
「ではまず、あなた方の知っている真実の大前提から崩しましょうか。8年前の事件、その犯人はシューライン・リアスという前提からね」
シューライン・リアスという名前を聞いた瞬間、ユーラインが叫んだ。
「あなた、自分が何を言っているのかわかっているのですか!?その事こそ揺るぎない真実というのに!」
ユーラインのその言葉には怒りの他に悲しみもあった。本当にそう思ってもいないことを、信じている母親のことを悪く言わなくてはならないのだから。
「そうですね、だってそう思っていなかったら今回の事件も起きていませんからね」
「どういうことだ、まるで真犯人がいると言っているように聞こえるのだが?」
「流石国王、察しが良いですね。その通りです、8年前の事件の犯人はシューライン・リアスではありません」
その時、ユーラインの顔色が一瞬で変わった。
「えっ……それならお母様は……」
「そう、無実の罪で公開処刑され、魔女として忌み嫌われるようになってしまったのです」
その時のユーラインの心の中では母親が無実だった事への喜び、それなのに殺されてしまった事への悲しみ、母親を陥れた者への憎悪など幾多の感情が複雑に混ざり合っていた。王様はそれに動揺するどころか驚いた表情すら見せずシンにこう言った。
「そこまで言えるのなら真犯人が誰かも分かっておるのだろうな?」
「勿論です国王、真犯人は今あなたが一番信頼を置く人物でありこの国の英雄、カレイ・パリスンです」
シンが不敵な笑みを浮かべて言ったその一言に、ユーラインの頭の中が凍りついた。そしてベルセーズは大声で笑った。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!君は面白いことを言う。彼が8年前の事件を解決してくれたんだぞ、その彼が犯人だなんて……」
「お言葉ですが国王、カレイの出したシューライン・リアスが犯人であるという証拠は全て彼がねつ造したものです。アリバイがないというのも、彼女の研究もね」
シンはベルセーズの笑いを一蹴した。
「そんな……カレイ叔父様が……」
そしてユーラインはその場に座り込んでしまった。無理もない、あの事件から王宮に居づらくなったユーラインたちを保護していたのはカレイだったのだから。
「ではカレイが8年前の事件の真犯人で今回の事件の犯人でもあると言いたいのか?」
「確かに、彼は8年前の事件の真犯人で今回の事件の実行犯です」
「実行犯だと?」
シンの含みを持たせた一言に王様が反応した。
「ええ、彼は8年前の事件のおかげでこれ以上ない程の名声、冨、地位を手に入れました。だから今回の事件を起こす理由、動機がないのです。それにこの様に自分が犯人だと暴かれる可能性もありました。なのに彼は今回の犯行に及んだ。俺は他に首謀者がいる以外考えられないんです」
「では君は誰が首謀者と考えるのだ?」
「別にもうカレイは警備隊に逮捕されて、読心魔法で彼の頭の中を読めば直ぐに分かることなので考える必要はないのですが……」
そしてシンはベルセーズをゆっくりと指さした。
「私の考えではあなたが今回の事件の首謀者じゃないんですか?ベルセーズ・リアス国王」
それをシンが言った瞬間、ユーラインも、王の間の扉で話を聞いていたボイルと警護をしていた者たちも、全員の思考が停止した。しかし当の王様は全く動じていなかった。
「冗談が過ぎるぞ小僧、なぜそう言えるのだ?」
「先ほど言った通りカレイはかなりの地位を持っています。そんな彼に命令が下せるのは王族くらいしかいません。唯一生き残っている妃であるビランさんはそこまでの発言力を持っておらず、先程話されていた通り実際襲われていますから除外。そしてユーラインを含めたシューラインの子どもたちはカレイに恩がある。そんな人に自分たちの兄弟を殺す命令をするなんて大それたことはしようと思いますか?となると残ったのはあなただけということになるんです」
シンは淡々とベルセーズに自分の考えを言った。
「俺の予想ではあなたは復讐をしたかったのでしょう?あれだけの家族を一斉に殺されて、しかも犯人の子どもが次の国王になるのが許せなかったのでしょう。だから一番信頼しているカレイにシューラインの子どもを8年前の事件と同じような方法で殺せと命令した。命令をされた8年前の事件の本当の犯人であるカレイはもしかしたら自分が犯人だと国王にバレたのではと思い込みその命令に従った。そしてあなたはもう一つカレイに命令した。王族の血筋を絶やさない為ユーラインだけは殺すなとね。実際にユーライン以外の子どもたちは暗殺され、あなたの計画は大成功した。これが俺の考える今回の事件の顛末と真実です」
シンが話すのを止めるとベルセーズはなぜかシンに拍手を送った。
「素晴らしいな君は。全て、全て君の言った通りだ。まさか真実にたどり着ける者がいたとはな……」
ベルセーズは国王が座る椅子から立ち上がり、少しずつシンの方へ歩き出した。
「私も、警備隊も暴けなかった真犯人をいとも簡単に捕まえた、もし君が8年前の事件の時に居れば私もこんな事をせずに済んだのにな……」
「確かに俺は、8年前はともかく今回の事件で本来救える命を救うことができませんでした。だからと言ってあなたの行動がっ!!?」
シンの言葉が途中で止まった。なぜならシンが喋っている途中に王様が放った火球がシンの顔面に向かって来たのだから。シンは持ち前の反射神経で紙一重でなんとか躱した。
「ふむ……よく避けたな。苦しまないよう一瞬で殺したかったのだが……」
駆け付けたボイルと王の間を警護していた者たちなど気にせず、王様はシンだけを見ていた。
「私はもう後には引けん。実の息子、娘をこの手で殺してしまった。この事が世に知れたならばこの国は終わる。それはこの国の王としてそれだけは阻止せねばならぬ。君にはここで死んでもらう、いや死んでもらわなくてはならぬ!」
ベルセーズはそう言った瞬間、大量の火球を生みだしそれをシン目掛けて叩き込み始めた。その威力、速度、数量全てにおいてユーラインの魔法の遥か上をいっていた。
「くっ!流石にユーラインとは段違いに速いな!」
シンは王の間を走りながら火球を躱した。火球の弾幕の中でシンはこれが本物の魔法使いの実力なのかと心の中で感心した。
「まさかここまでやるとは思わなかった、だがこれはどうかな?」
次に王様は辺りを火の海で飲み込む『炎海』を放った。この魔法は攻撃範囲は広いが速度が遅い、普段のシンなら簡単に避けられる魔法だった。だがシンが火の海を見たその時目に入った光景は、その攻撃範囲に座り込むユーラインが、まるで微動だにせずに火の海に飲み込まれそうになっているところだった。
「っ!?あの野郎どうして動かない!!」
シンはユーラインの場所に急いで向かい、ユーラインを左腕で抱え右手で『雷盾』を作った。本来ならもっと堅い防御魔法を作るべきなのだが、強い魔法ほど作る時のイメージに必要な時間が多く必要なため、時間が足りずにもろに魔法を食らうよりはこっちの方がいいとシンは瞬時に判断した。
そしてシンとユーラインは炎海に飲み込まれた。ボイルが急いで二人の元に駆け寄ろうとしたが火の海でうかつに動けなかった。二人の方はというとユーラインはシンに庇われて無傷だったが、雷盾が炎海に耐えられなかったのかシンの右手は酷く火傷をしていて蒸気が出ていた。シンはその痛みに顔を歪ませていた。
「くっそ……痛ぇなこりゃ……」
「どうして……」
ユーラインはシンの左腕を乱暴に引き剥がした。そしてシンに向かってこう言った。
「どうして私なんかを助けたりなんかしたんですか!?そんな怪我を負ってまで助ける価値が私にはもうないというのに!!」
その時のユーラインの目からは大量の涙が溢れていた。今まで我慢していた涙のダムが、兄弟の死でヒビが入り、今ここで決壊したのだろう。
「どうせ私はもうこの国を存続するためのただの人形でしかありません!!お母様もお兄様もお姉様もみんな死んでしまって、信じていたカレイ叔父様が本当の犯人で、唯一残ったお父様にも見限られて……もう私は生きていたくありませんの!!もう放っておいてください!!」
ユーラインは叫んだ。目一杯叫んだ。彼女にはもう、そうすることしかできなかったのだから。
「バカかお前は」
だがシンはそれをあざ笑うかのように一言で一蹴した。そしてユーラインの涙でいっぱいの目を見てこう言った。
「別にただ俺が助けたいと思ったから助けただけだ。価値なんて関係ない。そうやって生きたくないって願うのはお前の自由だ。だがな、今は黙って俺に助けられろ。助けられて、それでも生きたくないって思うなら俺の見てないところで勝手に死ね。だが俺が見ているところで死ぬなんて絶対に許さねぇからな」
「シン君!ユーライン様!」
そして火の海から抜け出したボイルがシンの居た場所にたどり着いた。そしてシンは左手でユーラインの肩をボイルの方に押した。
「丁度良かったボイルさん、ユーラインを頼みます。俺はあの国王を叩きのめしてきます」
しかしベルセーズの居る場所に向かうシンをボイルが止めた。
「でもシン君!相手はベルセーズ国王様だ!一市民の君が勝てる相手じゃない!魔法を右手に食らって分かっただろう!」
この世界の四国魔法決闘で王族の参戦は禁止されている。理由は一般人とは比べ物にならない膨大な魔力のせいだ。この世界での決闘は魔力の多さで決まるとも言われているほど魔力は大切さは大きい。シンもそれは重々分かっているがシンには引けない理由があった。
「ここから逃げろって言いたいんですか?無理ですよ、どのみち逃げても俺は多分今回の事件の犯人に仕立て上げられるだけです。そんなことになったら打つ手がありません。それなら今ここで闘った方がまだマシです」
そう、相手はこの国の国王、権力の塊なのだ。だからここで引けば権力で押しつぶされるのは目に見えていた。
「……分かった、なら私も一緒に闘おう!」
シンの覚悟が伝わったのかそれともこれ以上シンに任せるのは危険と思ったのかボイルもシンと一緒にベルセーズと闘う意思を見せた。
「ダメです、あなたには役目があります。ユーラインを守る、そしてもし俺が死んでも真実を世に伝える役目がね」
しかしシンがそれを拒否した。しかしそのシンの言葉の中にある『死』という単語にボイルは反応した。
「シン君!君は死ぬ気で……」
「そんな訳ないじゃないですか。最悪の状況になった時の保険ってだけですよ。死ぬ気はないです」
ボイルの心配を余所にシンは一人でベルセーズと闘おうとベルセーズの近くまで歩こうとしていた。そしてボイルとユーラインの方を振り返りこう言った。
「大丈夫です、さっさと終わらせますからそこで見ててください」
そしてシンとベルセーズは約3メートルの所まで近づいた。
「話は終わったか?」
ベルセーズはシンの焼き爛れた右手を見てこう言った。
「怪我の様子からその右手はもう動かせまい」
その言葉に心配の情など一切なかった。だからといってシンは一歩も引く気はなかった。
「だったらなんだよ、それであんたの勝ちが決まったって訳じゃないだろ?」
「なに?」
「お前に教えてやる、本当の強さって奴をな!」
その言葉を機に国王と転生者の闘いが始まった。
怪我の描写って難しいですね……。
さて、次はシンVS国王です!