第十話《再来》
シンが圧倒的にユーラインに勝利した翌日、シンはまだ朝のHRが始まっていないのにも関わらず疲れて机に突っ伏していた。それもそのはず、シンの歩くところに人が集まり色々と質問されたり、部活動の勧誘を受けたり、ラブレターや果たし状も貰ったりと元々目立つのが苦手で人ごみが嫌いなシンにとって大変な目にあってきたのだ。シンがこの教室にたどり着くのにどれだけ神経を削られたことか青白く染まった顔で良く分かる。
「おい、大丈夫かシン?」
「そうですよ!今日が初授業なんですから元気出していかないと!」
そんなシンの姿を見て心配したネビューとリンが声をかけてきた。
「大丈夫じゃねぇよ……もうこの学園には俺の安息の地は自分の机しかないくらいだからな……」
シンがチラッと廊下側の窓を見るとシンを見に来た生徒で埋め尽くされ、黒板あたりの机の方にはシンの方を見るたびに黄色い声を上げている女子たちもいるのだ。もう教室もシンの休める所ではない。
「で、誰なんだ?お前らの後ろにいる奴は」
シンがそう言うと長い前髪で目が見えない暗そうな雰囲気を持った男が二人の後ろから現れた。
「あ、この人は昨日の決闘の時に私たちの隣に座っていたタイソンさんです」
「結構勉強が出来るみたいで、昨日の決闘の解説を俺たちにしてくれたんだぜ!」
「…よろしくな」
「おう、よろしくなタイソン」
タイソンとシンは固い握手をした。そしてタイソンは数々の厚い本をシンの机の上に置いて行った。
「…お勧めの本だから読んでくれ」
「お、おう」
あまりに唐突だったのでシンは少したじろいだ。ネビューの方も積まれた本に苦笑いをしていた。どうやらネビューにも同じことをしたらしい。
「で、ラブレターはいくつ貰ったんですか?」
今までの話の流れをリンがぶち壊した。その質問に三人は思わずズッコケてしまった。
「リン!なんでそんな質問をするんだよ!」
「だって気になるじゃないですか♪この顔で魔法の腕もピカイチ、モテない理由がないじゃないですか♪」
その質問にシンはため息を吐いてこう答えた。
「確かに貰ったよ、だがこの気持ちには答えられないな」
「えっ、どうしてですか!?」
「当たり前だろ、つーかどうやって初対面の奴のことを好きになればいいんだよ」
「うっ……それもそうですが……」
リンは残念そうな顔になった。シンはそれを見てこう言った。
「リン、俺の情報を集めたいみたいだけと一言言ってくれればなんでも答えてやるぞ」
「ホントですか!?なら早速聞きたいことが……」
「だが今日は止めてくれ」
リンはその言葉を聞いた瞬間満開の笑顔でシンに質問をぶつけようとしたがシンが釘を刺すと一気にしょんぼりとした。
そんな会話をしていると廊下にいた生徒たちが騒ぎ始めた。そして荒っぽくドアを開けて教室に入ってきたのは昨日シンに敗北したユーラインだった。そのユーラインに向けられる視線は決して良いものではなかった。
「…自業自得だな、だが少し可哀想な気がするな」
「えっ、どういうことですか?」
シンはボソッと誰にも聞こえないようにそう言ったがリンはそれを聞き逃さなかった。
「いや、あいつは作為的に決闘を挑んで俺をここから追い出そうとしたんだよ」
「はぁ!?でもあいつはパンツをお前に見られて激昂して決闘を挑んだんじゃあ……」
「あれはあいつの演技だったんだよ、あいつはワザと俺の目の前で転んでパンツを見られたといちゃもんをつけて決闘で俺に勝って俺が変態だと学内に広めさせて俺をこの学園に居られないようとしようとしたんだ」
「…いつそれに気づいた?」
「あいつが決闘で物事を決めようとした瞬間だな。本当に見られたとしてもあそこまでする必要はないし、それにあいつは俺のことを田舎者とか落ちこぼれとか言ってたし元々俺に嫌悪感を抱いていたみたいだしな」
「凄い推理力ですね……」
「ま、あくまで俺の推測に過ぎないけどな。つーか俺はお前の聴覚力に驚いたよ」
「私はこの国一の記者を目指してますからね、あのくらい朝飯前ですよ♪」
シンが昨日のことを完璧に推理しているとユーラインが周りの視線に耐えられなくなったのか早歩きで教室から出ていった。
そして先程まで黒板あたりの机でシンのことを話していた女子三人がヒソヒソと何かを話し始めた。
「あの子でしょ、シン様に歯向かった女って」
「バカよねぇ、実力もないくせに」
「このクラスの恥ですわ、さっさと退学してくれませんかね?」
「そうですよね、あんな人はいなくなった方がいいですよね」
「……」
「……シンさん?」
それを聞いたシンは席から立ち上がりあれだけ疲れた顔をしていたのに一気に顔色が良くなり、女子たちが自分のことをシン様と呼んでいたことも気に留めず、女子たちの方へ歩き始めた。
「あっ、シン様だよ二人とも!」
「ええっ、嘘でしょ!?なんでこっちに来るの!?」
「きっと私たちのことを気に入ってくれたんですわ!」
そして三人がたむろっていた机の前まで来てシンは止まった。
「あ、あのシン様、き、昨日の決闘でのシン様の雄姿は拝見させてもらいましたわ。私は……」
女子たちのリーダーのような少女がもじもじしながらシンに自己紹介をしようとしたその瞬間、シンは目の前にある机を右手で思いっきりバァン!!!と叩いた。叩かれた鉄製の机はシンの手の形に凹んでいた。
「ひいっ!!」
その光景に女子三人の体は震え上がり、顔は恐怖に取りつかれた。
「お前らなぁ、さっきから聞いていりゃあ本人がいないところでネチネチと嫌味を言いやがって……そんなことやってて楽しいか!?」
今のシンの声は威圧感があり、顔は怒りで満ちていた。当然だ、シンにとって一番許せないことはこういった弱い者いじめなのだから。
「で、ですが本当のことじゃありませんか……」
「ああ、確かにあいつは俺に負けた。だがな、少なくともあいつはお前らよりは強い、そうやって人を蔑んで優越感に浸っているお前らよりはな」
怖がりながら何とか吐き出された女子のリーダーの言葉をシンはあっさりと一蹴した。
「いいか、次に陰口を叩いてみろ。お前らの顔をこの机みたいに凹ませてやるからな」
脅迫に似た忠告を三人にしてシンはスタスタと自分の机へと戻って乱暴に座った。
「凄いなシン……俺なら見て見ぬフリをするのに……」
「カッコよかったですよシンさん♪」
「別に、このくらいなら……」
「?」
「いや、なんでもない」
シンは前世でのことを思い出していた。前世でのシンの周りではいじめなんて起きなかった。それもそのはず、シンがこのようにいじめの種を摘んでいったからだ。勿論それを煙たがる者もいたがその人たちもシンの行動に心を動かされて改心していった。そんな事を繰り返していくにつれてシンは生徒は勿論先生からも頼りにされ、気づいた頃にはシンは学校の人気者となっていた。目立つのが苦手だったシンにとっては少し嫌だったがその学校での生活は今では悪くない思い出になっている。
「…遅いなゲイル先生」
「そういえば確かに遅いな、もうHRの時間だぞ」
前世の思い出に浸っていたシンはタイソンの言葉ではっとした。あれだけ厳しい先生なのにHRも時間に遅れてくるなんておかしい。だがシンは特別この事を気に留めなかった。
しかしシンは気づいていない。これから起こる、いやもう起きている事件のことを。そして自分がその事件に関わることを。そしてシンに叱られた女子三人がさらにシンに惚れ込んでしまい後に三人がシンのファンクラブを創立することを。
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ユーラインは廊下を早歩きで歩いていた。その目には今にもこぼれ落ちそうなほどの涙が溜まっていた。
計画は失敗、しかも今では逆に自分が此処から追い出されそうになっているのだ。自業自得と言われれば言い返す言葉が見つからないが。
「どうして、どうして私だけがこんな目に……」
ユーラインの周りではいつだって酷いことが起き続けてきた。王族連続殺人事件で母が犯人にされ、王宮の中で殺害された王族の側近からの酷い扱いの数々、そしてようやく復讐の第一歩が踏み出せたと思った矢先のこの扱い。
ユーラインは災いの子のことを知っている。いや、知ってしまったというべきなのだろうか。いつも酷い扱いをされるときは呪われた子、この国を崩壊させる子と言われてきた。そして夜遅くまで魔法の勉強をして寝室に向かうところ、側近たちがその事を話しているところを運悪く聞いてしまったのだ。
それからユーラインはその事を、自分が災いの子なんかじゃないと思い続けて生きてきた。それは今でも変わらない。
そう思いながらまた教室に戻ろうとしたその時、『念話紙』という魔法で通信を行うための媒体から反応があった。ユーラインは念話紙を取り出して通信を開始した。
「もしもし、どうかしましたか?」
『はぁ……はぁ……良かった……無事なんですね……安心しました』
通信相手は自分や兄弟姉妹に酷い扱いをしなかった数少ない側近の一人からだった。だが息は上がっていて、自分の無事に安心するところから、ユーラインの頭に不安が過った。
「何があったのですか?」
『はい、実は……』
次の側近の言葉にユーラインは言葉を失った。
『ユーライン様のお兄様が……リヘン様が……何者かに暗殺されました……』
「えっ……」
ユーラインは思わず念話紙を廊下に落としてしまった。なぜ?なぜリヘンお兄様が殺されないといけないの?
リヘンはシューラインから産まれた兄弟の中では4番目に産まれ、今は研究者として働いている。そしてユーラインの事を一番気にかけていた良き兄だった。その兄が死んだ、奇しくも八年前の事件と同じ暗殺で。
ユーラインはこう思った。いや、こう思ってしまった。
「やっぱり、やっぱり私が災いの子なんだね……」
ついに八年前、母親が処刑されてから決して何があっても泣かなかったユーラインの目から涙がこぼれ落ちた。
それからユーラインは念話紙を拾い、父親が自分を、全ての王族を王宮に戻らせるよう命令をだしていることを側近から聞いて足早に王宮へと向かった。
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リヘン・リアスが暗殺されたのを機に次々と王族が暗殺されていった。王は八年前の教訓で事実を隠さず世間にも遠まわしに事件解決の協力を要請した。だがかえってそれが世間の動揺を生んでしまった。
しかもおかしいことに手口も殺害方法も八年前と同じなのだ。それが事件の捜査を混乱させた。捜査を任された警備隊はこれは八年前の事件の復讐、ただの模倣犯、そして八年前の事件の真犯人の犯行という三つの線で捜査を始めた。だが一向に犯人の手掛かりは見つからず、また一人、また一人と王族が暗殺されていった。
そんな世間が恐怖におびえ事件の解決を祈っている中、シンはなぜか首都にいた。そして自分一人だけでこの事件を捜査、推理していた。
タイソンようやく登場。すっかり出すの忘れてました……。