断罪わらしべ長者
約5千5百字。タイトル通りのわらしべ長者オマージュ。とある婚約破棄された令嬢の、ひょんな物々交換から始まる成り上がり譚です。
むかしむかし。ある王国に、エルシアという貴族令嬢がおりました。
エルシアには、幼いころから将来を約束された相手がおりました。名をフレデリク。この国の王子様です。
二人の婚約は親同士によって決められたものでしたが、エルシアはいつか彼の妻になるのだと信じ、王子の隣に立つにふさわしい令嬢であろうと努めてきました。
ところが、ある年のこと。
王国に、聖女イレーネという美しい娘があらわれました。そしてフレデリクは、そんな彼女に恋をしてしまったのです。
はじめのうちは、少し親しくなっただけでした。けれど、やがて二人で過ごす時間は増え、エルシアが王子を訪ねても、イレーネのもとにいることが多くなっていきました。
そうして、とうとうその日がやってきます。
「エルシア。君との婚約は、今日をもって終わりにする!」
王宮の広間で、フレデリクはそう告げました。
「……殿下?」
彼の隣には、イレーネが誇らしげに立っていました。
「ま、待ってください。いったい、どういうことなのです?」
「言ったとおりだ。僕は君とは結婚しない」
「そんな! 殿下! 私という許嫁がいながら、なぜあの子を選ぶのです! あんまりではありませんか!」
長年、自分は彼の妻になるのだと信じてきたエルシアです。涙がこぼれるのも無理はありません。
けれども、フレデリクの心はみじんも動きませんでした。
「所詮、親が決めた結婚だ。けれど僕は見つけたんだ、真実の愛とはなにかを」
「真実の……愛?」
「ああ。イレーネと出会って、ようやくわかった。好きでもない相手と、家が決めたからというだけで一生を共にするなんて間違っている」
「そんな……」
地面に膝をつき、泣き崩れるエルシア。ですが、彼女の悲劇はそれだけではありませんでした。
フレデリクはその後、婚約破棄の理由を「エルシアがイレーネを不当に貶めようとしたためである」と主張しました。もちろんエルシアにはそんな覚えなどありませんでしたが、彼はおのれの心変わりを正当化するため、それを声高に訴えました。
こうしてエルシアは婚約者に裏切られたあげく、聖女をいじめた悪者として、王国からも追放されることとなったのです。
◇
数日後。エルシアは、わずかな荷物だけを持って王都をあとにしました。
かつて未来の王妃になるはずだった令嬢が、今では一人きり。エルシアは生きる希望もなく、寂しくとぼとぼと街道を歩き続けます。
けれど歩いて、歩いて、王都がすっかり遠くなったころ――。
「あっ」
訪れた小さな町で、一人の女の子がエルシアを見て声を上げました。
「あのね、おねえちゃん。それ、きれい」
女の子が指さしたのは、エルシアの髪飾りでした。
それはずっと昔、まだフレデリクとの仲が良かったころに、彼から贈られたものです。
『君に似合うと思って』
そんなことを言っていたような気もします。けれど、それも今となっては昔の話。
「欲しいの?」
「えっ」
「これ」
エルシアが髪飾りを差し出すと、女の子は目をまるくしました。
「でも……いいの?」
「ええ。こんなものでよければ」
もうエルシアには必要のないものでした。
女の子は嬉しそうに髪飾りを受け取ります。
「ありがとう、おねえちゃん!」
すると、いっしょにいた女の子のお母さんがあわてて言いました。
「まあまあ! こんな立派なものを、ただでいただくわけにはいきませんよ」
「本当に構いませんから」
「いえ、それではこちらをお持ちください。うちは花屋をしておりましてね。これは珍しい花の種なんです」
そう言って女の子のお母さんは、小さな包みをエルシアへ渡しました。
「……わかりました。それでは、ありがたく頂戴いたします」
こうして、”元婚約者から贈られた髪飾り”は”珍しい花の種”になりました。
◇
それからしばらく旅をしたころ――。
「お嬢さん。その種……どこで手に入れなさった?」
エルシアが出会ったのは、ひとりの庭師でした。庭師はエルシアの持つ種を見るなり、驚いた顔をしながら尋ねました。
「これは、道中でいただいたものですが」
「おお、そうでしたか。実はそれは、亡くなった妻が大好きだった花の種なのです。もう一度咲かせたいと思って、ずっと探しておりまして……」
庭師は、どうしても譲ってほしいと頼みました。
それならば、とエルシアは快く種を渡します。
「どうぞ。キレイなお花が咲くといいですね」
「おお……ありがとうございます! ですが、ただいただくわけには……そうだ。これをお持ちください」
庭師が差し出したのは、銀色の懐中時計でした。
「若いころから使っていたものですが、最近はすっかり出番もなくなりまして。古いものではありますが、まだきちんと動きますので。不要でしたら、売って路銀の足しにでもしてくだされ」
「よろしいのですか?」
「ええ。私にとっては、この花をもう一度咲かせられることの方がずっと大切ですから」
こうして、”花の種”は”銀の懐中時計”になりました。
◇
エルシアは、また旅を続けました。
ある町でひと休みしていたときのこと。時刻を確かめようと懐中時計を取り出すと、近くにいた薬師が目を留めました。
「おや、お嬢さん。それはそれは、なかなかに綺麗な時計ですね」
「あ、はい。旅の途中でご縁があっていただいたものです」
「ほう、そうでしたか。……むぅ」
「?」
「あの、お嬢さん。その時計ですが、もしよろしければ、私に譲っていただけませんか? ちょうど父への贈り物を探していたところなのです。私の父はそういった骨董品に目がなく……そうだ、これなどと交換はいかがでしょう」
薬師が差し出したのは、一冊の分厚い図鑑でした。
「私が長年の調査をもとにコツコツと作り上げた薬草図鑑です。大陸全土のほぼすべての薬草を網羅している自負があります。手作りですので、我ながら他に二つとない代物ですよ」
「それはすごいですね。ですが、それではあなたのお仕事は?」
「私はすでにこの地に店を構えましたので、普段の日常で使う情報だけあれば充分です。それに、いざとなれば調査の途中で残したメモもありますので」
「なるほど……」
「いかがでしょう? 旅ではケガや病がつきものですから、きっと役に立つと思いますよ」
エルシアは少し考え、申し出を受けました。
「そうですね。では、交換いたしましょう」
こうして、”懐中時計”は”貴重な薬草図鑑”になりました。
◇
エルシアはふたたび旅を続けます。そして今度は、一人の医師と出会いました。
医師には長く病に苦しむ娘がおり、その治療に使える薬草をずっと探していました。
「せめて、あの薬草さえ手に入れば……」
医師が口にした薬草は、世間ではほとんど知られていない珍しいもの。そこでエルシアは、持っていた薬草図鑑を差し出しました。
「あの、もしよかったらこれをどうぞ。なにかその薬草の情報が書いているかもしれません」
医師はページをめくり、やがて手を止めます。
「……これだ」
「ありましたか?」
「あります。特徴も、栽培方法まで……!」
なんとエルシアの図鑑には、医師が探していた薬草について詳しく記されていたのです。
「お願いです、旅のお方! この本を譲ってください!」
「はい。もちろん構いませんよ」
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます! これで娘もきっと助かります! あなたは女神さまだ!」
「いえ、そんな。お役に立てたようでなによりです」
「そうだ。代わりと言ってはなんですが……この先にある山奥に、私が相続した土地があります。遠すぎて使い道もなく、持て余していたものでして」
医師にとっては使い道のない土地より、娘を救うかもしれない図鑑の方がずっと大切でした。
こうして、”薬草図鑑”は”山奥の土地”になりました。
◇
「さて、どうしましょう」
その数日後、エルシアは山奥の土地を前に悩んでいました。
いざもらってみたはいいものの、実のところ彼女にとっても使い道がありません。
「いっそここに家を構えて暮らそうかしら……でも、ここだと買い物に行くのも不便だし」
そんなことを考えていた、そのときでした。
エルシアのもとへ、近くの修道院から何人かの修道士たちが訪ねてきました。
「あなた様が、この土地の所有者でありましょうか?」
「ええ。そうですけれど」
「どうかお願いがございます。この土地を、私どもの修道院へ譲っていただけないでしょうか!」
突然いっせいに頭を下げてきた修道士たちに、エルシアは面を食らいました。
「ここを、ですか?」
「はい」
その修道士たちが言うには、つい先日、修道院の古い書庫から創始者のお墓について記された文献が見つかったそうです。
そこにはお墓までの道筋や周囲の地形が詳しく残されており、それを頼りに探してみたところ、お墓はエルシアが譲り受けた土地の中にあることがわかりました。
「われらが創始者様の眠る場所とわかった以上、できることなら私どもの手で守っていきたいのです。どうか、この土地をわれらへお譲りいただけないでしょうか」
「そういうことでしたら、私は構いませんよ。ちょうど使い道に困っていたところですし」
「本当ですか!」
修道士たちはたいそう喜びました。
そして、お礼として差し出したのが、一つの古びた聖杯でした。
「こちらは、ずいぶん昔から修道院に伝わっているものです。ただ、あまりにも古いため、今となっては詳しい由来もわかっておりません」
「なるほど……」
「ですが、高価な品なのは間違いありません。どうかお納めください」
こうして、”山奥の土地”は”古い聖杯”になったのでした。
◇
エルシアはさらに旅を続け、やがて大きな帝国へたどり着きます。
そこで、持っていた聖杯が大神殿の者の目に留まりました。詳しく調べてもらうと、神官たちは騒然とします。
「これは……かつて我らが大神殿から失われた祭具です」
「まあ」
「長い間、行方がわからなくなっていたものなのです。ですが、こうして戻ってきたのも何かの縁。どうか、こちらへお引渡しいただけませんでしょうか」
「ええ、それでしたらどうぞ」
エルシアはあっさり聖杯を差し出しました。
すると当然、大神殿の側は言いました。
「これほど大切な祭具です。何かお礼をさせてください」
「お礼?」
「はい。あなたには、大神殿より特別な祝福を授けましょう」
「特別な祝福……そのようなものを、私などが受けてもよいのでしょうか?」
「もちろんです。長きにわたり失われていた聖杯を取り戻してくださったのですから、これでも足りないくらいですよ」
そういうことでしたら、とエルシアはありがたく申し出を受けることにしました。
大神殿の最奥にある祭壇で、大神官たちが祈りを捧げます。すると、まばゆい光が天より降りそそぎ、エルシアの身体をやさしく包み込みました。
「これであなたには、『あらゆる穢れを祓う加護』が宿りました」
「まあ……」
「どうか、この祝福があなたの旅路を照らしますように」
こうして、”古い聖杯”は”あらゆる穢れを祓う特別な祝福”になったのでした。
◇
……さて、一方そのころ。
実はこのとき、エルシアの故国では“とある異変”が起きておりました。
ある日、国の外れに黒い瘴気があらわれたのです。はじめはほんの小さなものでしたが、瘴気は日を追うごとに広がり、森を覆い、村を覆い、やがて町へと迫っていきました。
瘴気に包まれた土地では草木が枯れ、人々は次々と体調を崩していきます。
「いかん! このままでは、いずれ王国そのものが瘴気に呑み込まれてしまう!」
フレデリク王子はたいそう慌てました。そこで頼ったのは、もちろんイレーネでした。
なにしろ彼女は、神より浄化の力を授かった聖女様。そして王子が長年の婚約者を捨ててまで選んだ、真実の愛のお相手でもあります。
「イレーネ! 君の力で、この瘴気を浄化してくれ!」
「はい、殿下。私にお任せください!」
イレーネはさっそく瘴気の前に立ち、祈りを捧げました。
聖なる光があたりを照らし、瘴気の一部が消えていきます。
「おお!」
「さすがは聖女様だ!」
人々は歓声を上げました。
ところが。
「……え?」
次の瞬間には、消えたはずの場所へふたたび瘴気が流れ込んできました。
イレーネはもう一度祈ります。
ですが、やはり結果は変わらず。三度、四度と力を振るいますが、いくら浄化しても瘴気はあとからあとから押し寄せてきます。
「どうして……どうして消えないの……?」
イレーネの浄化の力が弱いわけではありません。ただ、あまりにも瘴気の量が多すぎたのです。
とうとう聖女一人の力では、どうにもならなくなってしまいました。
「そんな……イレーネ、君は聖女だろう!?」
「わ、私だって精一杯やっています!」
「では、どうすればいいんだ!」
「そんなこと、私に聞かれても……!」
これは困りました。たいへん困りました。
聖女様でも祓いきれないほどの穢れとなれば、それを丸ごと消し去れるほどの、もっと強い浄化の力が必要です。
そう。例えばの話、『あらゆる穢れを祓う加護』だとか――。
「――というわけで殿下。不肖、エルシア。こうしてはるばる戻ってまいりました」
「そ、そんな……馬鹿な……!」
久しぶりに姿を現したエルシアを前に、フレデリクは真っ青になりながら膝をつきました。その隣では聖女イレーネもまた、屈辱にまみれた表情で愕然としています。
言うまでもなく、彼らが取るべき道は一つしか残されておりませんでした。
「さあ、殿下。まずは私に、なにか言うことがあるのでは?」
かくして瘴気は浄化され、エルシアは国を救った英雄として未来永劫崇められたのでしたとさ。めでたしめでたし。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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