悪役養母になったら家庭が崩壊しかけていた
「やめて、その泣き声は頭に響くのよ!」
わんわんと子供の鳴き声に思わず怒鳴る。叱りつければ、小さな女の子が弟を庇うために睨みつけてきた。
「あなたが突然部屋に連れて行こうとしたからでしょう!引っ張ったら泣くに決まってる!」
この姉弟はベロニカにとって邪魔で仕方なかった。引き取られてまだ間も無く、関係を築く前に夫は長期に家を空けることになって、三人切りにされる。
「黙りなさいっ」
手を振り上げる。
「やらせない!」
小さな女の子が床に敷いてあるカーペットをずらすと、ベロニカはそれに対応できず後ろへ倒れ込む。ゴッと机に頭を打ちつけた。
「うあっ!?」
「あ」
「うわあああああん!」
子供が泣く中、事件は静かにおきた。この家の全てを変える歴史的瞬間は。
夢を見る。
「眠りたい」
眠りたい。ひたすら面倒なことをせず、寝たりして、ゴロゴロしたい。歩くのすら億劫。できれば金持ちの家に生まれて、仕事もお金も寝てれば勝手に入ってきて。誰かやってくれと思う。
「あう、う」
頭がなぜかズキズキする。薄く目を開けて頭に手を当てる。痛いけど?
頭を触りながら冷たい氷の入った袋を当てられているのを知る。なんというかやり方が古風。今時こんなやり方ある?
普通は氷枕とか、ぺたっとした商品を使ったりするんだけど。頭の後ろだからそっちは無理か。
「いたた……ここ、部屋じゃない?」
さらりと髪が肩から落ちる。髪がめちゃくちゃ長い。カツラなの?引っ張ったら普通に地毛っぽく痛い。エクステにしては立派に頭皮と繋がっているではないか。わけがわからなくて首を傾げる。
「歩けないってわけじゃない」
近くにベルがあるが、使い方を知らないので使えないし。ここでもしガチもののメイドが来たら、まともに対応できそうにない。何を話せばいいと?
このベルは自分にとって考えられなくなるベル。というわけでコソコソと扉を出た。音を出さないようにそーっと。
「ひろーい」
髪の毛が長い時点でなにか違う予感はしていたけど。かなり濃厚になっている。足音を立てないように靴を脱ぎ裸足で歩く。取り敢えず、庭がありそうな内装をしている。窓があったので覗くと、噴水はないけど庭園はあった。
「ここは二階か」
確認を兼ねて階段を探してペタペタと降りていく。人が来ないから確認して。降り切ると次は外に出た。太陽っぽい光が庭を照らしている。
「ベンチ」
綺麗なデザインのベンチに座る。そこで、無言になり空を見上げるとぼんやりとした。靴を外に出る時に履き直したが、ヒールなので歩きにくくて痛い。
ぺたっとした方がいいや。どれくらいそうしていただろうか。足音が聞こえて、正面に小さな子供が現れる。
「マーマッ」
年齢的には歩き始めてやっと、というちっさな子。
「ママ?だれ?私なの?ほんと?え?そうなのかなぁ?」
「マーマァああああ!」
子供に尋ねて、知れるとはつゆにも思わず。薄らぼんやり、違うと本能がこの子は本当の子供ではないと否定してくる。頭が痛い。
「血は繋がってないのか……」
「ママ!だこ、だこ」
腕を伸ばして抱っこをせがむ子供。子供なぞ持ったこともない。取り敢えず持ち上げて、余った部分に座らせておく。
「結構重たい」
どっしりしてる。そうやって、二人で外をぼーっと見る。子供は自分の髪、つまりはこちらの自前で遊ぶ。長いから、ロープ扱いでもしているのだろう。
傷にズキっと響くから取り返す。痛むのはなにかにあたってタンコブが出来ているせいだろう。
昔、なったことがあるから、タンコブがあるとわかる。蝶々が飛ぶ。ひらひらと。蝶々を二人でずっと見ていると「ねえ」と第三者の声が聞こえた。
「……だれ?」
「えっ」
女の子だ。あ、今ちょっと己の中にあるもう一つの本能が、薄らと教えてくる。
「ミンティ、っていうのか。で、なに?なにか、よう?」
話しかけてきたのだから、なにか言おうとしているのだ。言いやすいように聞く。ミンティというベンチにいる子供よりも話せそうなちょっと年上の女の子は、驚愕に濡れた瞳でこちらを凝視。
「あなた、本当に平気なの?ベロニカ……さん」
「ああ、ベロニカっていうのか」
先に自分の名前を思い出して欲しい。本能は戸惑ったように揺れる。
「大丈夫か、大丈夫じゃないかというと」
「え、うん」
「全く大丈夫じゃない」
「そ、そう」
ミンティ、イズ幼女は戸惑った反応で返してくる。頭を打ち記憶が混濁しているのかと、聞いてくる。今の年齢の子ってませてるとは聞いていたが、やたらと難しいことを言う。
「ミンティ」
「なによ」
ミンティはベロニカに当たりがキツイ。
目を釣り上げて弟を横にやり、ベロニカの間に座る。それは、弟(暫定)を守るように。
「寝ればいいのに、出歩くのはどうかと思うけど」
幼女はやたらとハキハキしている。
「私はさっき、自分がこの世界に転生したことを知った」
「そんなの……ふええええ?」
ミンティは言葉を理解しているらしく、汗をかいてこちらを見る。目線がブレているので動揺しているみたいだ。
「転生したら大きな屋敷で目覚めてたんだけど」
「え、え、え、ま、待って」
「ミンティ、あなたなら私の気持ちちょっとはわかる?よね?」
彼女が混乱していようとベロニカ、前世持ちの女性はやめない。
「もしかして、あなたたちは私の養子?夫は……お空の上?」
聞いて見ると、反射的に幼女は叫ぶ。
「地上!」
「土の中か〜」
「上!上にいる!」
「土葬じゃなくて壺の中か〜」
「健康だし二足で歩いてるからッ!」
ミンティはたまらず叫ぶ。
「わ、私がってなんでわかるの?」
「それだけ話せて、誰だってピンとくる。私を転けさせた手腕は見た目は幼女でも中身はってやつ」
「うっ!そ、その」
「ああ、いいのいいの」
「え?」
惚けるミンティは手を振るベロニカを見る。数時間前に弟に対して振り上げられた時とは、なにもかも正反対。
「お金持ちに生まれて怠け者が許される人生って、思い出させてくれたんだからむしろ大手柄」
ぼーっとする瞳で告げると幼女はぽかんとした顔で、暫し唖然となる。
「ぶー、ぶーん」
その間、弟の小さな幼児は姉のことなど気にせず花をむしっていた。
時は金なり。この言葉は大嫌いだ。金になる?そういう名言を残すから、ベロニカは怠慢に眠りこけられないのだ。
「ベ〜ロ〜ニ〜カ〜」
揺すり起こされ布団にくるまる。
「むう、まだ寝たい」
「もう十五時だから、起きてッ」
「起きてる」
「起きてないよ、寝てるから」
ミンティの煩いキンキン声。
「その声が頭に響く」
「ベロニカが言うと、二日酔いに聞こえる」
前人格が言った時は、すかさずテーブル引きの技を使った幼女と思えない返しである。
「歩くのって、人生で最も無駄な動作の一つだと思う。だから、羽が生えたみたいに軽くなる靴を作って。もちろん、あなたが作ってくれるなら。動いていい」
「台詞長い。そんな無茶な靴作れるわけないでしょ?」
話し始めたので仕方なくベッドから起き上がる。
はぁ、やれやれ。
「そんな魔法聞いたことない。でも、もしかしたら、この世界の理を応用すれば?わかったベロニカ!やってみる!」
「え?やるの?」
「とはいえ、幼女に指示とかお金とはないから、ベロニカに買ってもらったりするんだけど」
「え〜」
「私はあなたの子供で、あなたは親だから親の許可なく買い物することは不可能なの。わかるよね?」
「あー、なんか、言ってたね」
ベロニカとミンティがお互い前世持ちと知り、ぽつぽつと話をしあった。具体的に話したのはミンティ。
ベロニカは寝たい、と早く寝るので、まだまだ話し足りないそうだ。怠慢さにだんだん、この養母……と気付き始めた養子。夫の方の従姉弟らしい。
引き取られるのと、結婚したのは同じくらい。肝心の夫のヘインツという国一の美男子というか、青年は仕事が多忙過ぎて、家をずっと空けている。
頭を打つ前のベロニカがとっても手紙を送る攻撃をしていたが、滅多に返事は来ない。ミンティ曰く、逃げている疑惑があるとかないとか。
「田舎の辺境貴族がここまで忙しいとは思えない」
だ、そうだ。
「家から出たくない」
「私は出たい。弟のジョールにも色々見せてあげたいし」
「実弟だっけ?」
「そうそう」
「あー、怠い」
「馬車出すだけでいいから!」
「馬車?」
ミンティは必死に頷く。今まではこっそり近くで散歩していたが、今は性格が真逆の女になった養母がいると希望を胸にここまできたらしい。
「馬車で寝てていい?」
「私たち一応これでも貴族だから、護衛用意してね。寝るのは好きにしてもいいけど、一応領地は見ておいた方がいいよ。どんな土地か知っておくと、いいかも」
「薄っすら記憶ある」
「前ベロニカは王都の方ばっかり行ってたから、ここら辺はさっぱり知らないと思う」
「王都は遠いのに。私なら着く前にお尻が痛くて無理」
ミンティも腕を組み頷く。
「私もちょっと厳しそう。あ、でも、いずれ行きたいかな?ここにはない素材とかあっちならあるし」
「護衛は積んであげるから、行ってこれば」
「いや!だから私幼女!」
馬車を動かすために護衛のところへ要請する執事を呼ぶ。
「はい、奥様、お呼びでしょうか……あ、ミンティ様……!」
部屋へ来た執事は同じ部屋にいた幼児に慌てた顔をする。もしや、部屋に閉じ込めよと言う命令なのか、と冷や汗ものの顔をしているのですかさず指示。
「馬車と護衛を用意して。今からあそこに行くから。えっと」
「行きたいところは素材屋」
「素材屋と」
「お菓子屋も」
「お菓子屋」
次々、行きたいところを告げて行く二人。執事は途中、やっとメモを取る。ペンはインクだ。時代が古い。魔法があるのに?随分と魔道具に対して、進化がない世界だ。
「わ、わかりました」
「それとお金も」
ミンティが思わず執事に言う。
「お金?」
ベロニカがぴくりとなる。執事とミンティが反射的にぎくりとなるが、ベロニカはすぐに用意するように伝えて執事はそそくさと出る。
その際、ミンティも助けようと目を向けるが、ベロニカに見られていて、やむなく一人で出て行く。それを見送る二人。
「お金……」
ベロニカの声にミンティは過去のせいで体がこわばる。
「あの、その、えっと、結構買うから、えっと、あの」
頭ではもう怒られないとわかっているけど、まだ前人格のことは忘れられない。
こちらを見る忌々しそうな目。忘れられるわけがない。
「この家って、かなりお金持ちなの?」
間の抜けた質問にミンティは目と口を開けて、暫くしてから苦笑する。
「結構お金持ち。資産家なんだって。古いけど辺境だから嫁ぎ先としては好まれないらしいけど」
「へー。ミンティが欲しいもの全部買ってもなくならない?」
「なくならない、本当にあるみたいだし」
「ふーん」
頬が心なしが赤く、ベロニカにミンティは続ける。
「もしかして、喜んでる?」
「え?」
ベロニカは、きょとんとする。
「喜ばない人、いる?」
と、笑顔で答えた。明るい笑みにミンティはぐったりとベッドに身体を預ける。
「はぁ〜、お、怒られるかと思ったあ〜」
「怒るって人間の一番エネルギーを使う感情でしょ?歩きたくないのに怒るなんて、もっとありえない」
「あー、ベロニカ、本当、ベロニカでよかった〜。さっき、本当に、ダメかと思ったんだから〜」
「どこらへん?」
「全部全部」
ベロニカは首を傾げてミンティに急かされて、メイドに服を着替えさせる。メイドに服を着替えさせてもらえるという生活に思わず笑う。着替えさえも人任せ。なんという幸福。
「ミンティ。台車を持ってきて、私を乗せて運んでね」
「私幼女だから無理」
「じゃあ、さっきの執事でいっか」
「変に思われるよ」
「頭打ったから、それで押し通す」
「できるかなぁ?」
ミンティの心配なんてどうでもいい。台車に乗せて運ぶようにと言ったが、台車が小さくて無理だった。結局自力で歩くことに。ミンティに介護されて進む。
「頑張って、あと二メートルだから」
「魔法で一思いに飛びたい」
「いずれ作るから頑張って」
「もー無理。疲れた」
「貴族令嬢って本当に体力ない」
弟のジョールは同じ歩幅で執事に手を取られて歩いている。今はジョールが、一歩リードして先を言っていた。
その光景に辺境の住人達は度肝を抜いたが、何か言うことはない。それほど、前のベロニカの性格はワガママで、苛烈だったのだ。
下手に言うと、首を切られかねない。ミンティとベロニカはのそのそ、のんびりカメのように歩む。やっと馬車に乗り込む。
「ふーっ」
「お疲れいとうみかん〜」
「ギャグを言う余裕があるなら、もっと歩いてほしかったんだけど!?」
お茶目な言動に早速、幼女の若さを使うミンティ。
「先に、どこ行くの?」
「まずは素材って言いたいけど……この子のための道具を作りたくて」
「何作るの?」
「積み木と、後ろに転けてもいいように転がり防止のもの」
「積み木はわかる。転がりってなに」
首を傾げて問う。因みにこの馬車には、メイドが二名乗っているが悪妻との語らいに入らず顔面蒼白で、聞いてないふりをしていた。
二人の会話をしている、という現実に吐きそうになっているらしい。靴を先に作ると思っていたが、そっちを作ると言う。
「靴は?」
「靴は身につける道具で、かなり勉強しないと無理そうだから今すぐできない」
「そうなんだ」
「あ」
ミンティは顔を青白くする。
「ご、ごめ、なさ」
「ん?なにが?」
突然、言い出されて首をゆったり傾げる。
「あ、その……勝手に積み木とか言って、先に靴を作らず」
などと言い、次々に出てくる言い訳の言葉。唐突なそれに目を薄くする。
「あのさ」
「っ!」
ミンティはキュッと自分の服を握りしめる。まるで火山噴火の音に身構えるように。
「寝ていい?」
「……えっ……あ……寝る?」
「馬車で寝ていいかって聞いたら、寝てもいいよって言ってたでしょ?」
「そ、だけど。勝手に決めたから」
目をウロウロさせる。
「うーんー?うーん、私にそういうのはわからないけど……好きにやればいいんじゃないかなぁ?私には魔法とかまだよくわかってないから、ミンティのやり方が効率がよくなるならご自由に?って思う」
ミンティ、幼児はぶるぶる震えていた体を止めて視線を合わせる。
「そ、だよね。あなたはだって、ベロニカだから、ベロニカだもんね?」
確かめるように聞いてくる。
「怠慢なベロニカだから、眠るね」
「お店に行く時は、起こす、ね」
「うん、よろしく」
「起こせなかったらどうしよ」
「置いていけばいい」
「いや、だから幼女っていうか、幼児だけで買い物はできないってば」
汗を拭うミンティは目を閉じたこちらを恐る恐る見る。すでに寝た様子のベロニカ、義母、養母に安堵の息を吐く。
「まだ、見慣れない」
震えていてか細い声が耳に聞こえた。微睡に身を任せてゆったりとすれば、一気に意識は沈む。
「着いた」
「え、もう?早くない?」
「かれこれ一時間近くはかかったけどね」
「近場の店で一時間か。程よく遠いなぁ。幼児には確実に行けない距離感」
ミンティが全く行ったこともないと言うのも頷ける。かと言って、屋敷に商人を呼んだとしても、前ベロニカがわざわざ教えるわけもなく。
いつも足りないものは執事やメイドに頼んでなんとか、得ていたとかなんとか。こんな風に出かけるの初めてで、とはしゃぐ女の子。
「ほら降りよう」
ミンティはベロニカの手を掴み、行きの馬車に乗った時のように誘導する。
「起きて早々動くとか怠い」
「お店は横付けしてるから、すぐだから」
「横付けとか金持ちに許される留め方じゃん。道路法に違反しないギリの」
「この国ではよっぽど都会みたいにトラブルになりやすい土地でもないと、注意されないから大丈夫」
「貴族の天国道的な?」
「うん、多分それ」
話しながら、のそりと二人は店に行く。
貴族夫人に対応する店主は目を丸くしてそれを見ている。
ベロニカは過去、主に王都らへんにしか行かなかったのでこの辺境では全く顔が知られておらず、住人たちとも会ったことはないので初見になるらしい。
噂にも登らない程存在感はないが、メイド達の話が人々に伝わることがあるので、子供にキツく当たるらしいとの薄い川のような話は稀に登るとか。
「ベロニカ、私は見に行くから離れるね」
「いってら」
「ベロニカも見ておいた方がいいよ」
「うん、そうする」
「予算聞いておかないと」
「予算?わかんないから好きに買えば?」
「え?、いい、の?」
「お金の大元に怒られなかったらいいと思うけど?」
キョロキョロしたミンティは、屋敷の予算はその家の女主人が管理するとのこと。
「なくならないってミンティが言ってたくらいあるんなら、なくならないんじゃない?」
言い終えるとうるうるとなる女児。
「ありがとう、ベロニカぁ」
目を潤ませて頷く彼女はメイドを連れて、素材屋の棚へ向かう。さて、自分はどこに座ろうか。ちら、と見ると素材の店主が立ってベロニカの質問に答えようとしている。
ということは、あの人の座る椅子が今は空いているというとか。隣にいるメイドに目を向け、座りたいのだがと伝える。慌てる相手を見ながら、椅子を用意できなさそうな人に、暫く待ったが用意できなかったらしい。
「素材でも見て時間潰すよ」
「え、奥様が、ですか?」
という戸惑いを見ずにスローペースでのたのたと素材を見る。素材というだけあって、なにがなんだかわからない。
「これ、なに?」
「あ、ベロニカ!わからない?」
近くにいたらしき幼児。ベロニカにわからないのかと聞くミンティに、隣にいるメイドが焦った顔を浮かべる。養母に養子がこんなこともわからないのか?なんて聞いているように聞こえるようだ。
「さっぱり。専門家御用達みたいだし」
「確かに、専門知識ないと難しいかな」
ミンティは指を指して、説明し出す。しかし、二分後には幼女の両方をわしっと両手で掴んで前を向かせる。
「ひっ!」
ミンティは怯えた。
「ミンティ」
「あ、ご、ごめ」
「昔、教頭先生のスピーチで感じた気持ち、あなたもあるよね?」
「ひたすら耐えるってこと?」
すかさず突っ込む女の子。
「分からなさすぎて、眠りかけたから」
それを真剣に伝えるために言ったのか、とミンティは肩を落とす。肩を掴まれたとき、フラッシュバックが過ってやばいと思ったが。
中身は案の定、怠慢の具現化をした養母なだけある。怒られることなんてなく、眠くなるからもういいと言われただけ。早く慣れねばとブツブツいう幼女に、養母は眠そうな顔を向ける。
「いっそ一番高い素材でも買えばいいの?」
「お金持ちの買い方やめて!多分、倉庫の肥やしになるから!」
一番、やってはいけない買い方になる。
と、力説してくるからやめた。他にも商品を見に行ったミンティらを横目に、侍女へとお菓子を買うように頼む。
近くにある出店でもいい。
慌てて買いに行く侍女へ、そんなに急がなくて構わないのにと首を傾げた。自分が数日前まで強烈な性格をしていた女と、すっかり忘れている。
「奥様っ、か、買ってきました!」
はぁはぁと汗をかく侍女へ、頷き菓子を貰う。侍女にも菓子を分け、お店から出て馬車で待つことに。馬車の中は広く、快適だ。菓子を食べて待っていると買い物を終えたのか姉弟が馬車へ戻る。
「ベロニカ、何食べてるの?」
近くで売ってたお菓子と伝えてミンティにもわける。弟はまだ食べられる年齢ではないので分けてあげられない。
「お菓子!」
家で食べなかったのかと聞くと、予算の許可が降りなかったと伝えられる。
「よくキレなかったね。私なら井戸に転がしてるよ」
「私だって童話みたいにしたいけど、体格的に無理。この体じゃどうやっても押し負けるし」
やりたかったんかい、と思ったが自分でさえも制限を受けたら腹が立つので共感する。自分も同じマネをされたら、できる体格になったらと想定して計画するな。うんうんと頷く。
「わかる」
「でしょ?ベロニカ、やっぱり話わかる人だね」
「私じゃなくても殺意湧くから」
「はー、こんなに価値観合うって。結局同じところから来てもらわないと、意味ないんだよね」
「私も今後怠慢な夫人が許される娘を持てるなんて嬉しい」
「それって、執務をさせるフラグじゃないよね?」
「ちょっとはしてたみたいだけど、私の夫って人がリモート式にやってたり、執事がやってたりしてるから思ったよりないよ。判子を押してって言われる程度」
「それって横領されやすくない?」
現代でしか通じないやり取りに侍女らはついていけない。
「これでも現代の高等学習を受けた身だから、わかる。この世界の文明って魔法がある割に魔法工学とか、魔法科学とか発展してないね」
「あ、それ感じた、わたしも」
ミンティがこくこくと頷く。
「魔法あるのにペンはインク式。ボールペンにできたらやれそうなのに」
「わたしも作りたかったんだけどやっぱり予算ないと無理だし。稼ぎたくても幼女だし」
「幼女が働こうとしたら速攻身元引受人に連絡されるじゃん」
「だから、困ってたの!」
そうなの!と腕を組む幼女は幼女に見えまい。空飛ぶ靴に関して質問されたが、ベロニカの指示は曖昧。
「ふわふわする感じで羽みたいに」
といった抽象的な表現にミンティは苦労する。二人はなんとなく苦労を共有し合う。ベロニカはいそいそと、枕をぼふりと壁に押し付けてクッションにする。ミンティを見ながら、うとうと。
お菓子を、美味しそうに食べながら笑顔を見せる子供を見て、生まれながらに人生がハードモードだったんだなと、可哀想に思う。どう見ても失敗しているし。
ベロニカだったら、転生させた存在の襟首をぐわりとゆする。だって、こんなの話が違うと言いたくなるような生まれ方をさせられてるし。
こんな事なら、現代の地球に生まれさせてほしかった、となる。ミンティは、弟にもお菓子を分けたかったけど、まだお菓子は硬いのでダメそうだ。
どうしようと思案している幼女に「子供用に作ればいいんだと思うよ」と提案する。
「なにか、材料があれば作れるよね?」
ミンティはハッとなる。そうだ、もう買えないことに悩む必要なんてないということを思い出す。
「ベロニカ。作るためのレシピはもうあるから、作れるけど使ってもいいの?」
「いいよ。好きに使って」
と、うとうとしていた眠気眼がふつりと閉じる。そうして、買い物を終えたので別の店へ梯子していく。その間、ベロニカは眠った。
起こす事なく無事に、買い物を終わらせて、周りはホッとしている。前ベロニカの苛烈さは、屋敷の者達にとって周知の事実なのだから。いつ火山が噴火するかわからないからだ。
「眠っておりますね」
全ての買い物を終わらせて帰宅の道を行く馬車の中の会話。メイド二人が恐々と、ベロニカの方をちらりちらりと見ながら小さく囁いて言い合う。
「バレたら首ではすまないわよ。よしましょうよ」
「わかっているけど、言いたいわよ」
「ずっと寝てるわよね?枕まで持参しているし。最近、怒鳴り声もしないで」
ミンティは、それを聞いてないふりをして笑みを零す。誰しも、屋敷の者達全員が同じことを日夜囁きあっている。それが耳に入らないように、必死に聞こえないように。
でも、ミンティは知っている。耳に入ろうと、目の前で聞こうともベロニカは怒りはしないだろうということを。ニコッと笑みが我慢しきれずに浮かぶ。
「ふふ、ふふふ」
弟のために作るお菓子の材料は袋の中に全て入っている。ミンティはジョールの頭を撫でて、こうして好きに買い物ができることを噛み締めた。
ベロニカは夢の中、その光景を俯瞰して見ながら、うんうんと頷く。馬車の中はお尻が痛いなと感想を抱く。サスペンションをつけて欲しい。
*
夫ヘインツ視点
ヘインツは多忙を極めていた。慣れない土地での仕事。慣れた頃、手紙が溜まっていることを知りげんなりとなる。そう言えば妻を得たのだった。
この顔を猛烈に支持して、とてつもない熱意でアピールしてきた女。それと同時に、離れた親戚の子供が家に転がり込んでくることに。ヘインツはさらに忙しく過ごす中、単身赴任の準備をしていた。
話す時間もなく、他人のままの妻と子供達と話す時間もなく領地を離れた。執事や代理人が仕事をこなしてくれるので、領地経営について問題はない。
問題は、知らない者同士の暮らしだろうか。余裕ができて、手紙を読んでさらにがっかりした。知ってはいたが、高飛車な性格が文面にも全面にある内容。
こっちにきてデートをしたい、買い物がしたい、子供を追い出して欲しい。うんざり過ぎてそれ以降のベロニカの手紙を読む気も失せ、単身赴任先の仕事へのめり込んでいった。
*
帰宅していたことを知ったのは屋敷についたからと、起こされた時だ。眠い思考がはっきりし、幼女に手を引かれて降りた。
「キッチン使っていい?」
「うん」
「ベロニカもくる?」
「見てる」
「わかった」
短い会話を重ねて二人は、いそいそと、屋敷の中へ入り、荷物を商人達に運ぶように指示してキッチンへ向かう。
あっという間に調理場へ着くと手始めに手を洗い、調理道具をキッチンへ並べるミンティを横目にベロニカはやはり、調理道具も原始的だなと感想を抱く。多機能なものなんて、あるわけもないか。
「まな板からして前時代」
「そう思うよね。作ろうと思ってるし、今だけ使ってるだけだから」
「私は作らないから好きにして」
「いや、そこはなにか現代のを作ってみよう」
「ごめん。空気より重いもの持ったことなくて」
「あからさまな嘘を通り越した回避のセリフ、人間として逆になんかすごいと思う」
「褒めてるようで褒めてないね」
「褒めてるわけでも褒めてないわけでもなく、その台詞が出てくる人生に乾杯」
「チーン」
ワイングラスをぶつける仕草をしたらミンティがあはは、とお腹を抱えて笑う。現代的なノリが通じるというのは、ストレスにならない。
発散のきっかけになるだろう。特になにかしたわけではないが、こういう積み重ねがよい人間感を構築していく。
ノリにノリノリな会話を繰り広げて、二人はなにかを作り出す。そうして、出来上がったものは完成してみれば出来がよく、何度も練習を重ねてお披露目となる。
空飛ぶ靴。
「安定して歩けるようになったね」
「うんっ。グスッ!嬉しい……」
ベロニカが進むのを眺めて、養子の子供がしみじみと泣く。今になってじわりと実感してしまったのだろう。気持ちはわかるかも。かなり試行錯誤していたからね。
こうして過ごしていくと、周りも感化されて環境もよくなる。使用人たちも怯えていたのが嘘のように笑うようになり、笑顔が絶えない屋敷へと変貌している。
そこでようやく離れて暮らしていた夫っぽい人が帰宅した。随分遅い。二人の女は白けた目で見ていたが、それに気づかない男は雰囲気が変わった屋敷を見て酷く驚いている。
言葉少なく帰ったぞ、とそれだけ。は?それ以外に言うことがあるだろうと娘の方は怒りを目に宿す。最低でいい加減な継母を選び一つ間違えば弟は大怪我をして、姉の方も大怪我していた。
その日無事に過ごせても嫌悪に濡れた女に叩かれるか叩かれないか、と怯える毎日。幸運にも転生者がインしたおかげで物事がひっくり返ってくれて、楽しい日常が送れているのはひとえにただ運が良かっただけ。
母親選びに大失敗している男なぞ、もうお呼びじゃない。母娘は男の存在を完全に空気にして好きに過ごす。目と目を合わせなくてもどう生活するかは長く家を空けて一切調節もフォローもしない、家長の役目を完全に放り投げた当主に誰も微笑まない。
妻と娘と息子のところにチョロチョロ出没しては、仲間に入りたそうにする夫を他所に三人の親子は楽しげに家の中を、温かみのある場所に保ち続けた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。転生したらお金持ちは夢ですよね




