病弱だった私は兄を独占したくて婚約者との約束を邪魔していました。気付けば兄も私も社交界で信用を失っていました。
ジェランディアはあまり長く生きられないと医者から言われていた。
ジェランディアはそれを知っていた。
ジェランディアはだから両親や兄にうんと我儘を言っていいと思っていた。
12歳の少女、ジェランディアは兄ブルドの事が大好きだ。
ブルドは17歳。ブルド・アステウス公爵令息。
金髪碧眼の美男の兄は剣技も強く、勉学も出来て、凄く優秀で。
ジェランディアにとても優しく接してくれた。
母もそうだ。
ジェランディアが欲しいと言ったものを何でも買い与えてくれる。
可愛い人形やドレス、キラキラした素敵な宝石。
欲しいと言えば何でも買ってもらえる。
ジェランディアは外出できる程、身体が強くない。
生まれつき心の臓が弱くて、ちょっと走っただけで息切れがするからだ。
それでも屋敷に商人が出入りしていて、素敵な物を沢山、見せてくれて。
欲しいと言えば母が何でも買ってくれる。
それでもジェランディアは寂しかった。
母に医者が言うのをうっかり聞いてしまったからだ。
「お嬢様の心の臓は大人になるまで持たないでしょう」
とても悲しかった。
窓から見る外の世界は眩しくて。
庭の花は美しく咲き乱れ、日の光は明るく降り注ぐ。
でも、ちょっと外に出て風邪を引いたら大変だと、外に出る事は許されていない。
窓から見る公爵家の庭の世界はあまりにも眩しくて眩しくて。
そんな中、兄ブルドに婚約者が出来たと聞いたのだ。
17歳の兄ブルド。
大好きな兄ブルドは良く、ジェランディアの部屋に来て、本を読んでくれたり、色々と外の世界の話をしてくれた。
「王立学園では毎日が楽しくて楽しくて。今日は剣技の授業で皆を負かしたんだ。凄いだろう」
「お兄様。凄いですっ」
「ああ、お前に見せてやりたい。いかに私が強いのかを」
他にも色々と話しをしてくれて。
兄が大好きで大好きで。
だから兄に婚約者が出来たと聞いた時に、そして兄の話がその令嬢の事ばかりになった時に悲しかった。
「マルガリーテ・レイド公爵令嬢。とても美しく聡明で。私にはもったいない位の令嬢なんだ。今度、ジェランディアにも会わせてやろう」
「会わせてくれるの?お兄様。楽しみだわ」
そうは言ったけれども、本当は嫌だった。
だって大好きな兄がその令嬢の事ばかり話すのだから。
「劇を二人で見に行くことになった。流行の恋愛の劇でね。内容がどうだったかジェランディアにも話してあげるよ」
その人と劇を?大好きなお兄様が?
マルガリーテ・レイド公爵令嬢が挨拶に来たいと言ったけれども、具合が悪いと言って断った。
兄を盗られそうで怖くて怖くて。会わないうちから大嫌いで。
だから、兄がマルガリーテと劇を見に行くという日の朝、わざと具合の悪いふりをした。
「胸が痛いの。お兄様」
「なんだって?医者を呼ぼうか」
「そこまで酷くない。でも、不安で。お兄様。手を握っていてくれる?」
そう言って兄の手を握り締めるものだから、兄ブルドは、
「それじゃ今日の予定はキャンセルしてジェランディアの傍についていてあげるから」
嬉しかった。兄がそう言ってくれてとても嬉しかったのだ。
だから、味を占めて、兄がマルガリーテに会うという日に限って、具合が悪い振りをした。
そうしたら兄が心配して、傍に付添ってくれるからだ。
優しい兄、ジェランディアは思った。
どうせ私は長く生きられないのだから、兄を独占したっていいよね。
母もジェランディアを心配して、具合が悪いというと、頻繁に顔を出して声をかけてくれる。
母は屋敷の事で忙しいから、兄のようにずっと付添っている訳にはいかないからだ。
兄は貴族なら誰しも通う王立学園を時には休んで、ジェランディアの部屋に付添ってくれた。
「お兄様。大好き。ずっと私の傍にいて」
ジェランディアはブルドの手を握り締める。
ブルドは、
「ああ、私にとってジェランディアは大切な妹だ。出来る限り、傍にいてあげるよ」
だからとある日、兄がマルガリーテに婚約破棄されたと聞いた時は、嬉しかった。
これでお兄様はずっと私の傍にいてくれるんだって思ったから。
しかし、父は、
「困った事になったな。ブルド。お前が婚約者であるマルガリーテを大事にしなかったと社交界に知れ渡った。妹を優先し、婚約者との約束を全てキャンセルしていたと。貴族の婚約をどう思っている」
父は兄が自分の為に婚約者との約束をキャンセルし続けていた事を今まで知らなかったのだ。
母が庇ってくれた。
「ジェランディアが具合が悪かったのですから。ブルドはジェランディアが心配で」
「だからって。レイド公爵家は怒っている。何度、キャンセルしたと思っている」
ブルドは、
「マルガリーテの事はとても素敵な令嬢で、でも、大事なジェランディアが具合が悪いと言っているのです。私は気になってとてもじゃないけれども、マルガリーテと交流する気が起きませんでした」
父はジェランディアに、
「お前は兄の将来を潰す気か?」
父がジェランディアに怒った事はない。だが、初めてこんな怖い顔をした父を見て、ジェランディアは泣き出した。
「お兄様がっ。私はお兄様が大好きなの。だから盗られたくなかったのっ」
「このアステウス公爵家に嫁に来てくれる令嬢はこれから先、いないだろう。貴族は信用が第一だ。それをブルド、お前は信用を無くしたのだぞ」
ブルドも母も口を揃えて、
「でも、私にとってジェランディアは命より大切な妹なのです」
「ああ、可哀想なジェランディア。母が傍にいますからね」
ジェランディアは悲しかった。
自分が兄の将来を潰したのだ。
でも、兄の傍にずっと居たい。これで傍にいられるのと嬉しさも感じた。
そして、その後も兄と婚約をしてくれる令嬢は見つからなかった。
社交界にレイド公爵令嬢に婚約破棄されたという事が知れ渡ったのだ。
婚約者との約束を守らない男として有名になってしまった。
ジェランディアは13歳になった頃に、奇跡的に身体が良くなって行き、外に出られるようにもなった。
普通に生活できるようにもなった。
でも……
婚約が結べる16歳になっても、どこの家もジェランディアと婚約を結んでくれない。
身体が弱かった令嬢という事もあるが、我儘を言って、兄ブルドの婚約破棄の原因を作った令嬢として有名になっていたからだ。
私はただ、お兄様に傍にいて欲しかっただけなのにっ。
後悔してももう遅い。
社交界に行っても、兄は令嬢達から相手にもされないらしい。
レイド公爵家を怒らせたのだから。
ジェランディアは貴族なら誰しも通う王立学園に通う歳になっても通う事が出来なかった。
入学式にはいったが、誰も相手にしてくれなかったからだ。
ジェランディアは後悔した。
自分の我儘で兄の人生も自分の人生も潰してしまった。
兄は自分を責めては来ない。
ただただ、
「ジェランディアが元気になってよかった。私はほっとしているよ」
と言ってくれている。
ジェランディアはあまりにも兄に申し訳なくて。
マルガリーテ・レイド公爵令嬢に会いに行くことにした。
王都にあるレイド公爵家に手紙を出した。
マルガリーテが会ってくれるという。
二日後、レイド公爵家に馬車で行けば、客間に通された。
部屋に通されれば、マルガリーテが正面に座っていて、
「ようこそ、おいで下さいましたわ。アステウス公爵令嬢」
「あの、わたくし、マルガリーテ様に謝りたくて」
「もう、過ぎた事です。謝る必要はありませんわ」
「兄に我儘を言って引き留めたのは本当に申し訳ありませんでした」
「謝られてもわたくしの受けた傷は戻ってきませんもの」
「わたくしは当時は心臓が弱くて大人になるまで生きられないと言われていて、兄に頼り切りでした。だから、兄が貴方と婚約をしたと聞いた時に、貴方に兄を盗られるのが怖くて。だから婚約者としての交流のある日に、具合が悪い振りをしたのです」
マルガリーテは紅茶を一口飲みながら、
「一つ、約束が破られるたびに、わたくしの心は砕けていきましたの。わたくし、ブルド様との交流を楽しみにしていたのですわ。一緒に劇を見に行きましょうと言われた時、一緒に薔薇の花を王宮の庭に見に行きましょうと誘われた時、一緒に、夜会でダンスを踊りましょうと誘われた時。わたくしの心には花が咲いたの。でも約束を破られるたびに、花は落ちて行って、花が落ちる度にわたくしの心は枯れ果ててしまいましたわ。そしてアステウス公爵家は信用ならないと。わたくしも両親も結論を出しましたの。ですから今更、謝られても。落ちた花は二度と咲く事はありませんわ。そもそも落ちる花ももう残っておりませんのよ。お帰り下さいませ。ジェランディア様。もうお会いすることはないでしょう」
「でも、兄はいまだに結婚出来ずに一人でっ。もし、兄をまだ愛しているのなら。どうか、お願いです。兄とやり直してくださいませんか」
「今、いいましたでしょう?落ちる花も無くなったって。信用すら一つも無くなったと。それにブルド様も望んではいないでしょうね。わたくしと再び婚約することを」
「わたくしは兄の幸せを壊してしまいました。結婚して、アステウス公爵として花咲く未来を。ですからお願いです。兄を助けてっ。お願いだから兄をっーーー」
マルガリーテは立ち上がって、
「ブルド様は貴方を優先するのは当然だったわたくしに言いましたわ。わたくしの心の傷を見もしなかったと。ですから、出て行って下さいませ。さようなら。もう二度とお会いしたくないわ」
ジェランディアは帰るしかなかった。
母がジェランディアに、
「マルガリーテに会いにいったの?ジェランディア」
「お兄様の幸せを、この公爵家の信用を壊したのはわたくしの我儘のせいだから。マルガリーテ様に復縁をお願いしにいったの」
「マルガリーテには既に婚約者がいるのよ。マルディス大公家の子息と。もうすぐ結婚式を挙げるわ。今更、復縁は無理よ」
「知らなかったわ。わたくしは引きこもっていたから」
父が入って来て、
「お前に婚約話を持って来た。エルドレッド・べセル伯爵令息を婿に迎えることにした。歳は30歳。お前より歳は離れているがベセル伯爵令息といえば、やり手で有名だ。我が公爵家が社交界で信用を回復するにはべセル伯爵令息を婿に迎えるしかない」
ブルドが部屋に入って来て、反対した。
「歳が30だなんて。ジェランディアは16歳。あまりにも歳が離れすぎている。それに私がこのアステウス公爵家を継ぐのでは?」
「社交界で信用のないお前では無理だろう。ジェランディア。お前が婿を迎えて継ぐしかないのだ。解ったな」
母がハンカチを手に泣きながら、
「ああ、貴方を犠牲にするしかないのよ。我が公爵家の為に。ジェランディア。我慢して頂戴ね」
14歳も年上の夫と結婚しなければならないだなんて。
ジェランディアは涙を流した。
父はブルドに、
「この家に残りたければ、新しく来たジェランディアの婿の仕事をしっかりと手伝え。それしかお前がこの家に残る理由はないのだからな」
ブルドは不服そうに、
「私がこの家の嫡男ですよ。父上。社交界になんて出なくてもいいじゃありませんか」
「そういう訳にはいかんのだ。貴族の家同士の利害関係もある。本当に21歳にもなってお前は何を考えて生きているのだ?」
ジェランディアは大好きな兄に、
「お兄様。お兄様の人生をわたくしの我儘で潰してしまいました。わたくしは14歳年上の夫を迎えてこの公爵家の為に働きます。ですからお兄様も耐えて下さいっ」
不安だった。
年上の夫と上手くやっていけるのか?
兄はこの家に残ってくれるのか?
一月後、婿入りするというエルドレッド・べセル伯爵令息と会う事になった。
エルドレッドは黒髪碧眼の、平凡な顔立ちの男性で、
「今まで王宮で書類仕事をしてきて、結婚は考えていなかったのですが、名が落ちた公爵家の婿という立場に惹かれて、私と共に頑張って参りましょう」
そう言ってくれて手を差し出して来たエルドレッドに、好感が持てた。
ブルドに対してもエルドレッドは、
「ブルド様。これからもよろしくお願い致しますね」
にこやかに握手を求めるも、ブルドは面白くないらしく、背を向けて行ってしまった。
エルドレッドは、頻繁に公爵家に訪れるようになり、父について、アステウス公爵家の事を学ぶようになった。
ジェランディアに対しても、
「貴方が信用を取り戻すためにも学びなさい。ダンスから、全て。勉強も。できれば王立学園に通って欲しいものですが、通えますか?」
怖かった。学園で皆の視線を浴びたあの入学式。自分が白目で見られているようで。
でも、勇気を持って踏み出さないと。
この家の信頼を壊してしまったのは自分だ。
だから、震えながら。
「行きます。行って学びます。卒業して貴方の妻に相応しい人間になる為に」
ブルドがジェランディアに向かって、
「無理しなくていいんだ。お前は身体がまだ弱いだろう。私が傍についていなければ」
エルドレッドがブルドに向かって、
「ブルド様。ジェランディア様は自分の足で立とうとしています。何故、甘やかすのです?」
母も心配そうに、
「でも、娘は身体が弱かったのです。今も心配でっ。無理して学園に通わなくても」
ジェランディアはきっぱりと、
「もうわたくしは健康ですわ。胸も痛くないし、しっかりと歩けます。勇気を持って通います。この家の信用を取り戻す為に」
ブルドに向かって、
「お兄様。わたくしはもう病弱な妹ではありません。わたくしの事は心配しないで。お兄様。共にこのアステウス公爵家の為に頑張って参りましょう。それからお兄様。わたくしの為に人生を狂わせてしまってごめんなさい。本当にごめんなさい」
兄に向かって深々と頭を下げた。
ブルドはため息をついて。
「確かにエルドレッドの言う通り。ジェランディアは自分の足で立とうとしているんだな。私もしっかりしないと」
エルドレッドに頭を下げて。
「エルドレッド。このアステウス次期公爵として、よろしく頼む。私もこの公爵家の為に必死に働くから。どうか、私がこの家に残る事を許して欲しい」
エルドレッドは微笑んで、
「追い出すことはしませんよ。よろしくお願い致します」
ブルドにエルドレッドは握手をした。
エルドレッドはジェランディアに、
「私の従妹が王立学園にいます。貴方の力になって貰えるように頼んでおきましょう」
「有難うございます」
エルドレッドはとても厳しい。厳しいが頼りにもなる。
彼のお陰で自分の足で立つことを決意出来た。
エルドレッドの事を好ましく思えた。
王立学園に行くのは怖い。
でも馬車で着いた途端に、一人の令嬢が駆け寄ってきて。
「マリーゼ・ルシェルですっ。エルドレッド様から頼まれました。よろしくお願い致しますっ」
そう言って、王立学園に編入したジェランディアの面倒を何かと見てくれた。
陰口をたたいてくる令嬢達に対して、マリーゼは、
「何か言いたい事があったら言いなさいよ。私が相手をしてやるわっ」
と、令嬢達に向かって文句を言った。
マリーゼは明るくて、友達も多い。
だからその令嬢達もマリーゼの味方をして、
「そうよ。陰口なんて最低だわ」
「マリーゼの従兄と婚約したんですよね。ジェランディア様。よろしくお願い致しますわ」
ジェランディアはマリーゼ達に、
「わたくしは兄を婚約破棄に追い込んだ妹として信用を無くしてしまいましたわ。それなのに?」
「昔の事ですわ」
「そうそう、昔の事、気にすることはないですわ」
マリーゼは特にジェランディアに、
「ジェランディア様。不便がありましたらいくらでも言って下さいね」
とにこやかに言ってくれて。
同い年の友達が出来た事はなくて。
今まで屋敷に籠っていたから。
だからとても嬉しかった。
「わたくしは13歳くらいまで外に出る事が出来なかったのですわ。ですから、友達もいなくて。貴方と親しく出来てとても嬉しいのですわ」
マリーゼはにこにこしながら、
「いえいえ、私も嬉しいです。ジェランディア様と親しくなれて。ああ、そうだ。エルドレッド様が好きなものをお父様お母様に聞いてみますね。親戚なのですから、何か知っているかも」
「マリーゼは婚約者はいるの?」
「ええ、うちの家を継ぐのは私ですから。男爵家の令息の婚約者がいます。卒業したら即、結婚ですわ。とても優しい人で、休みのたびにデートしているですっ」
とにこやかに惚れ気をした後に、
「ですから、ジェランディア様も何かプレゼントをして、仲良くするのもよいのではないかと」
エルドレッドにプレゼント?
彼が何が好きか聞いた事がないわ。
家に戻ればエルドレッドが父と兄と仕事の話をしていた。
仕事の話が終わった後に、エルドレッドを呼んで聞いてみる。
「わたくしの使えるお小遣いの範囲で貴方にプレゼントをしたいの。貴方はわたくしの婚約者なのだから」
「私にプレゼント?気を使わなくていいのです。貴方がしっかりとダンスを覚えてくれる方が、私にとっては嬉しい事なので、そこを頑張って欲しいですね」
相変わらず厳しい。
厳しいがジェランディアの為を思って言ってくれているのだ。
「わたくし、頑張りますわ。ダンスをしっかりとして社交界で恥をかかないように致しますっ」
エルドレッドはにこやかに笑って、
「それはそれは、私もお相手をするのに頑張らないと」
エルドレッドとダンスの練習をする。
王宮の夜会で恥をかかないように。
しっかりと踊れるように。
エルドレッドの頼りあるリード。
ジェランディアはエルドレッドに、
「わたくしの人生をこれからもリードして下さいませ。わたくしは本当に未熟でしたわ。貴方のお陰で足を踏みしめて前を向いて歩いていけます。ですからこれからも……」
「貴方がそういう気持ちなら、私も全力で貴方をリードして差し上げます。ジェランディア。努力家の貴方の事が私は好きですよ」
胸がどきんとする。
好きだなんて。わたくしの事を?
わたくしの我儘でこのアステウス公爵家の信用を潰してしまったわたくしの事が好き?
「わたくしはどうしようもない女ですわ。兄の幸せを潰してしまった……」
「反省しているのでしょう。貴方はしっかりと自分の足で頑張って生きている。ブルド様だって、アステウス公爵家の為に必死に今、学んでいますよ。もう気に病む事はない。貴方もブルド様もただただ、前を向いて歩けばいいのです。しっかりと反省を踏まえて」
「有難う。エルドレッド」
エルドレッドがキスをしてきた。
その唇が熱くて。
とても恥ずかしくて幸せを感じた。
数日後、王宮で夜会が行われた。
エルドレッドに手を引かれて、ジェランディアは初めて夜会に出席した。
マリーゼが婚約者の男爵令息と共に来ていて、傍に近寄ってきて、
「ジェランディア様。他の令嬢達も来ています」
学園で同じクラスの仲が良い令嬢達が皆、婚約者と共に来てくれて、こちらに向かって手を振ってくれた。
エルドレッドが、
「さぁ、ジェランディア。君の美しさを。社交界でしっかりと皆に見せ付けよう」
エルドレッドがプレゼントしてくれた桃色のドレス。金の髪をアップにして緊張した面持ちでフロアーの中央に出ようとしたら、声をかけられた。
マルガリーテだ。
銀の髪に緑の瞳のこの令嬢。
いや、先日結婚したと聞いたので、今は大公子息夫人だ。
夫となった大公子息もマルガリーテの後ろに立っている。
マルガリーテは銀の見事なドレスを着こなしながら、ジェランディアに向かって、
「二度と会いたくないと言ったはずよ」
マルディス大公は国王陛下の弟だ。
その息子と結婚したマルガリーテ。
そのマルガリーテに会いたくないと言われた。
社交界に出るなという事である。
ジェランディアは深々とマルガリーテに頭を下げた。
下げ続けた。
「兄の事は謝ります。本当に申し訳ございませんでした」
エルドレッドが自己紹介をする。
「私はアステウス公爵家に婿に入るエルドレッド・べセルと申します。べセル伯爵家の息子です」
頭を下げて、
「どうか、ジェランディアの事をお許し下さいませんか。お願いです」
マルディス大公子息は、マルガリーテに向かって、
「マルガリーテ。こうして頭を下げているんだ。許して差し上げなさい」
マルガリーテは、
「貴方達が謝ったって……わたくしはブルド様に謝って貰いたかったの。ブルド様を連れてきなさいよ。ブルド様が床に頭を擦り付けて謝りなさいよ。ブルド様が憎い。ブルド様がわたくしのプライドを傷つけたのっ」
胸が痛い。
顔を上げる事が出来ない。
自分の我儘がマルガリーテの心をここまで傷つけたのだ。
「ごめんなさい。本当にマルガリーテ様。ごめんなさいっ。わたくしが悪いのです」
顔を上げて、
「でも、わたくしはアステウス公爵家の為に働きたい。社交界に出たいのです。どうかお許し下さいっ」
再び頭を下げた。
マルガリーテは、
「いいわ。貴方は許してあげるわ。その代わり、わたくしの派閥に入って、しっかりと社交界で味方になって頂戴。いいわね」
「承知致しました」
社交界でマルガリーテに忠誠を誓う約束をした。
自分が幼い頃にマルガリーテを傷つけた。
その償いを一生かけてしていこうと思うジェランディアであった。
エルドレッドとダンスを踊る。
桃色のドレスがひらひらと舞う。
マリーゼ達が応援してくれる。
初めてのダンス。
エルドレッドがリードしてくれて。
一緒に頭を下げてくれて嬉しかった。
彼となら安心して共に歩んでいける。
「エルドレッド。愛しているわ。わたくしを一生、離さないで」
「ええ、離しませんよ。ジェランディア様」
今宵の夜会は一生忘れないだろう。
ジェランディアはエルドレッドの腕の中で幸せを感じるのであった。
屋敷に戻り、ブルドに謝罪の手紙を書いて貰った。
マルガリーテはジェランディアを許すと言ったのだ。でもきっとブルドは許していない。
マルガリーテ宛にだから手紙を書いて貰った。
ブルドは心の底から反省したらしく、
― 君と婚約をしていた頃の私は、妹ばかり優先して申し訳なかった。君を傷つけてしまって本当に反省している。これから大公夫人としてマルガリーテ。君の幸せを心から願っている。どうかお幸せに ―
その手紙を見たマルガリーテがどう思ったか、それはジェランディアには解らない。
返事は来なかった。
だが、それでよかったのだろう。
兄の心は十分伝わった。そう信じる事にしよう。
今はただ、アステウス公爵家の為に必死に走り続けるしかない。
エルドレッドが傍にいれば何でも乗り越えられる。
愛しいエルドレッドと庭で薔薇の花を眺めながら、青く晴れ渡った空を見上げて、心を新たにするジェランディアであった。
やっと謝って下さったのね。
本当に憎くて憎くてたまらない貴方。
わたくしの心は地獄の底にずっといたわ。
でももういいの。
今日限り貴方のことは忘れることにするわ。
わたくしには愛する夫と生まれて来る子がいるのだから。
さようなら。ブルド様。
そう言ってマルガリーテはそっと暖炉にその手紙を放り込んで、ブルドへの想いに蓋をした。




