The Chess 番外編 れいしと赤の王
まかは18時55分に大図書館に着いた。2階総合カウンターにはクロスを借りた時の司書がいた。まかは銀のクロスを返すと、カウンターの近くにある待ち合わせの人が座るベンチの方を見た。一人の女性が座っていた。まかはその人の元へ行った。
「どうも」
まかは軽く挨拶をして、言った。
「あなたはアキレスでしょう?」
女性は微笑んだ。
「初めまして、私は英文科4年の松原れいしと申します。少しお話ししませんか?」
まかはふふと口元に笑みをこぼし、れいしの隣に座った。
「私は花城です」
「お会いしたかったです」
からくり仕掛けの柱時計が「Carolan's Draught」を奏でた。オルゴールの優しい音色が響いた。
「王様の読者はどのような夢を見ていらしたのですか?」
れいしの問いにまかは一言短く答えた。
「全部」
れいしは戸惑った。まかは言い直した。
「プレイヤーの動きと、デンファーレが起きた後の出来事の全部」
れいしが予想していた答えだった。しかし間近で本人の言葉を聞くと、重みがあった。
「それは大変だったでしょうね」
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アキレスが起きると枕元にデンファーレ王がいた。デンファーレ王は正装に着替えて朝の支度ができていた。
王は言った。
「昨夜は猫の夢を見た」
アキレスは不思議な言葉に王に問い返した。
「それは何かの比喩か?」
デンファーレ王はドアへ向かった。
「まあ、いい」
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「猫を飼っているのかしら?」
れいしが夢の回想から戻り、まかに尋ねた。まかは微笑んで頷いた。
「ええ。私は野良猫の保護活動をしているのだけど、それがデンファーレには不思議に見えたみたい」
れいしも微笑んだ。
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デンファーレ王は目を覚ました。今日は珍しくアキレスが先に起きていて王の枕元にいた。
「遅くなったか?」
王は起き上がりながら尋ねた。アキレスは安心させるように言った。
「いや、大丈夫だ。まだいつもの時間からそれほど経っていない」
「今日は音楽の夢を見た。向こうの世界でクロスを持つ者は、汽車に乗りコンサートホールへ行き、楽士たちが集うオーケストラの音楽を聴いていた。ずっと聴いていたい心地だった」
デンファーレ王は起きてなお耳を澄ますように夢の余韻に浸った。アキレスはにっこり笑った。
「昨夜は私も夢を見た。赤の読者の者達が集まっていた。私と夢を共にする者は、王の読者に会いたがっていた。私も会ってみたいな。その者は美しいのか?」
アキレスはこの美貌の王が夢見る者なら、容姿も整っているのではないかと思った。王はふっと笑った。
「艶やかな黒髪の女学生だった。これで参考になるだろうか」
その言葉はアキレスの遠くにいる者に伝えるようだった。アキレスは意図を了解し、笑みを返した。デンファーレ王は立ち上がった。
「さあ、ゲームの続きを見よう」
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「音楽がお好きなのですか?」
れいしは夢から戻り、まかに尋ねた。まかはにこりと笑った。
「ええ。隣の市の交響楽団の定期会員になっていて、毎月1回クラシックを聴きに行くの。デンファーレも聴いていたみたい」
「上品な趣味ですね」
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アキレスはデンファーレ王の私室へ行った。王は朝食が終わり、食後のお茶を飲んでいた。アキレスは王の前に座った。王は夢の話をした。
「向こうの世界の者はグリンスリー卿とメルローズ卿と白の騎士ロッドに囲まれていた」
「騎士がそばにいるとは頼もしいな」
「向こうの世界の者は、自分が赤の王だと言わないようだった」
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まかはれいしに礼を言った。
「オフ会では朝日やほむらに黙っていてありがとう」
「いいえ。デンファーレ王が気を使っているように見えたので、これは王とアキレスだけの秘密にしておくものだと思ったものですので」
からくり時計から「Si Bheag Si Mhor」のオルゴールが流れた。
「今度は一緒にコーヒーを飲みながらお話ししませんか?」
れいしが名残惜しげに言葉を残した。まかはふふと微笑み、その場を去った。




