2 電撃
人気のない山中を、猛スピードで駆け抜ける金髪の少年。
落ち葉だらけなのにも関わらず、一切音を立てずに駆け抜ける。崖があろうと倒れかけの木があろうと、失速する気配を微塵も感じさせずに、ただ走る。
その少年は。
「いやあ施設を隠したいのはわかりますけど市街地から遠すぎませんかねぇ!メロス並に走りしたよ僕」
水無瀬である。
月夜野から任務を任されてからかれこれ1時間。
山の奥から走り続けてやっと、死体があるという建物周辺までたどり着いた。
坂の多い地形に細い路地や用水路が入り組み、子供が来たら一瞬で迷ってしまうような所である。現に迷子っぽい子供とおじいさんを2度,3度見かけた。だがこれから行うのは死体回収。顔を覚えられては困る。…サングラスでほとんど見えないけど。
そんなことを考えながら,坂を登ったり降ったり屋根の上を歩いたり滝をくぐったりして、目的地へと足を進めた。
普通の小説だったらね,これで目的地到着なんですがね、まぁ、その、安酉先生でも諦めるレベルで入り組んでるんですよ。こんなの無理に決まってー
「…あったわ」
水無瀬は、とある建物の前で足を止めた。
手元の地図と目の前の建物とを、交互に見比べる。確かに、地図上では今水無瀬の目の前にある建物が、死体のある家となっている。ちゃんと目的地マークがピコンピコンしている。だが、実際の建物は,風情がある、と言えば聞こえはいいが、実に古臭い建物であった。古臭いというかもうこれGくらいしか住んでねぇんじゃねえの?という感じ。
雨樋には植物のつるが絡みつき、瓦屋根の上で花を咲かせている。ところどころヒビが入った壁には苔が生えていて,実にエコロジカルなおうちである。
水無瀬は雑草だらけとかそんなこと気にせず、昔ながらの玄関扉をガラガラと横にスライドさせた。
「お邪魔しまーす」
中は意外と綺麗なのね。
家の中は土間になっていて、革張りの高そうなソファーやアンティークの机が置かれている。その上にはスリッパに突っ込まれた大量の定規ともう片方のスリッパに詰め込まれた万年筆が置いてあった。隣には角砂糖がこれでもかと入れられたコーヒー(ほぼココア)が甘ったるい湯気を立てていた。
「竜崎さんですかこの家の人は。椅子の上でしゃがんでないと推理力40%減ですか」
なんか椅子もそれっぽく見えてきたし竜崎さん住んでんじゃねぇの。まぁ、そんなことは置いといて。
床には本が山積みになっていて、水無瀬の腰くらいまでの高さがある。ちなみに一番上の本は、「ブロッコリーとカリフラワー」という訳わかんねぇ本だった。他にも原稿用紙が散らばっていたり,ビー玉が転がっていたり,足の踏み場がないほどの散らかりよう。
死体の人物はよほど片付けが苦手だったのでしょう。
・・・ー待てよ?
電撃が走った。
ぽつり、と雨粒の音が、部屋の静寂を切り裂いた。
空気が一瞬凍りつき、息が止まった気がした。
「ココアが湯気を立てている?」
マグカップ一杯分のココアはだいたい二十分ほどで冷めるはず。そして、毒を盛ったのは数時間前。
ということは,だ。
ぽつ、ぽつ、ぽつと、地面を叩く音が次第に強くなってゆく。木々がざわめき、開けっぱなしの扉から湿気を含んだ冷たい風が流れ込んだ。
「まだ生きている」
言葉が唇から溢れた。
一気に空気が重くなった。
時計の針が止まり,永遠とも感じさせられる時間が流れた。
さっきまでの雑音が嘘のように消え去り,自分の鼓動だけが耳を打つ。
…ココアの湯気が、ふっと揺らいだ。
ーその時。
背後で音がした。タッという音。もっと言えば、人間が床を蹴る時のような音がした。
反射的に音がした方向に視線を向けた。
音の主が水無瀬に飛びかかるのと、自分の頭が後ろを向くのが同時だった。
「っでぇなぁ!」
後頭部が床と衝突する鈍い音が響いた。
あまりの衝撃に思わず顔をしかめる。
休む間も無く腹部にずっしりとした重みが加わった。
腕を足で押さえつけられ、身動きが取れない。
要するに馬乗りにされているのである。
生暖かい人間の体温。間違いなく、生きている人間のものだ。おそらくは、毒を盛られたはずの人物の。
奴は無骨な機器…スタンガンを取り出し、水無瀬の首筋に放電した。
バチンッという音と同時に、体が活きのいい魚のように跳ね上がった。
普通の人間なら即死レベルの威力だ。能力者であっても、17歳の少年が意識を保てるはずがない。
身体に走る衝撃と痺れ。
強張っていた顔がだんだんと緩み、やがて視界が薄暗くなる。
意識が遠のき、世界がゆっくりと崩れ落ちていく感覚。
僕は,眠るように目を閉じた。




