第49話
クリスマスパーティー前日談。
アルテミシア城、アルベルトの執務室
アルベルトは巡回から帰って来た兵士の報告を聞いていた。
「大量失踪事件?」
「はい。スラムや路地裏と言った、国の人間ですら見向きもしなさそうな場所を中心に、その場に人がいたらしき痕跡だけを残し、忽然と姿を消しているとの事です」
「分かった。他の兵達にも厳重注意を促せ」
「はっ!」
兵士も敬礼した後に、すぐさま退室した。
「…国の人間ですら意識しない場所を狙ったかの様な計画的犯行。まさか"天の笛"の仕業か?しかも今は何処もクリスマスで浮かれる時期だ。更に手薄な箇所を狙われるぞ。恐らく、人間以外を狙ったっておかしくない。何とか兵達の見回りを強化しなくては」
"天の笛"本部、ジルティナの部屋
彼女の部屋に、マスクの黒髪女性が入って来た。
「隊長、何の用で私を呼んだの?」
「来ましたか。実は貴方に入手して来て欲しい品物があるのです。今、外はクリスマスで浮かれてますからね。それを利用して、隠密行動に長けた貴方の出番と言う事ですよ」
「成程、理解したわ。後、仕事が終わったら、ちゃんと休ませてくれるんでしょうね?私も折角のクリスマスだから、ダーリンと甘い夜を過ごしたいのだけど」
「仕方ない人ですね。ちゃんと休みを与えるから行ってきなさい」
「なら良かった。所で、何を手に入れて来て欲しいの?」
「おっと、失礼。今回のターゲットは…」
「…了解、直ちに向かうわ」
「期待していますよ、ケール」
そして部屋を出たケールは影の中に入り、すぐさま外に出た。
アルテミシア王国でも現在、クリスマスシーズンによる大賑わいを見せていた。
商店街では、クリスマスセールで大売出しをしている店に、限定品を売っている店、クリスマスパーティーの予約とその準備に追われている食堂。
住宅街でも、クリスマスプレゼントを心待ちにしている子供達や、クリスマスパーティーの準備に追われ、あちこち動き回っている大人達の姿があった。
それは当然、アルテミシア学園だって例外では無かった。
「ごめん、クリスマスプレゼントの相談に乗って欲しいんだけど」
「仕方ないな。貸し1つだからな」
「クリスマスパーティー、誰と過ごす?」
「俺、エミリア様を誘ってみようと思う!」
「あの人にもう彼氏がいるってのに、思い切ったな」
「私、カイト君に声かけてみる!」
「私もソーマ君とかのイケメン狙ってる所よ!」
「俺、あの場所で彼女に告って見せる!」
「応、頑張れよ~。武運を祈る」
こんな感じの生徒達の様子を、エミリア達は実感していた。
「どこもかしこも甘々な空気を出してる。ブラックコーヒー飲みたくなってきた」
「仕方ないよ。クリスマスは皆、本当に楽しみにしてるんだから」
「そうだね。僕もそう思う」
「当日の事は本人達の希望と言う事で、私達も口出しする権利は無いわよ。じゃあ、私は街に行くから」
そう言ってエミリアはカイト達と別れ、街へ繰り出す。
「さて、クリスマスプレゼントはどんなのが売ってるかしらね」
「アラタを部屋に招いて2人きりの食事に、プレゼント交換からのキスにしゃれ込もうって訳ね」
「もう、フィーナ。貴方も何かと漬け込んで、そう言う発想に持ち込むんだから」
「別にいいじゃない。もう関係もかなり進んじゃって、素顔ももう殆どエミリアの物になって来てるんだから。もうこのままクリスマスの甘いムードに飲み込まれて、一気に完全なエミリアになっちゃいなさいよ」
「そう言う訳にはいかないわよ。お互いの今後の関係の大事な話を、その場の雰囲気に流す様な真似は出来ない。それに"天の笛"の事だって片付いていないんだから、気を抜く訳には…」
「そう言うアンタはどうしたいの?今後の事だってんなら、ちゃんと自分の気持ちに向き合うべきじゃないの?」
「私は…」
「ちゃんと自分の幸せを考えるなら、自分が本気で添い遂げたい相手の事もちゃんと考えておきなさい。でなきゃ相手に不誠実だし、何よりアンタ自身の為にもならないわ」
この様なやり取りをしながら、エミリアはクリスマスプレゼントを買うのだった。
アルテミシア王国、中央教会、応接室
ケールとラフィニアは向かい合って座っており、ラフィニアはケールにある物を見せていた。
「はい、これが今回の潜入場所の見取り図。どう、覚えられそう?」
「えぇ、大丈夫。ありがとうね、ラフィニア。いつも助かるわ」
「良いわよ、これくらい。義理の妹の頼みだもの」
「そうねぇ。私もダーリンとの関係を作る事が出来たのは、貴方が間を取り持ってくれたお陰だものね」
「私もあの子も、あの暗い世界の中を生き続けて"天の笛"の存在に辿り着き、そして望む容姿と頭脳と力を手に入れて、私もこの美貌と頭脳と力を奮って聖女の座を手に入れ、あの子も輝ける人生を手に入れ、貴方と言う恋人を持つ事になったものね」
「そう言えばうちに来る前の貴方は、"スラムのゴブリン"と言われるくらい、醜い姿で頭の出来も悪く、性欲を持て余していた男だったものね」
「もう、それ言わないでよ。その渾名、今も気にしてるんだから。…所で、あの子の事だけど、今でも貴方の事愛してあげてるの?」
「えぇ、ダーリンも私の事、1人の女として愛してくれてるし、今も大切にしてくれてるわ」
「それは良かった。あの子、元々昔の私と違って本当に良い男の子だったから」
「そうね。今でも"スラムのゴブリン"としての性欲や醜悪な人格が今でも存在し、そのおっぱいに今も汚い物を作り続けている、聖女の仮面を被ったゴブリンの貴方とは違うものね」
「ちょっとそれ、喧嘩売ってるの?それを言うなら貴方だって、そのマスクの下の物を隠さないと、自信を持って女らしく振る舞う事も出来ないじゃないの」
「確かに、この特殊な加工がされた魔法のマスクが無いと、人前に出れないわよ」
そう言いながらケールはマスクを取り、その下の髭と喉仏を晒し出す。
「女としての人生を歩める様になったは良いけど、この口と首だけは元のままになっちゃってるのよね。まぁダーリンも、私のこんな顔も含めて愛してくれてるから良いけど」
そう言い切ったケールは再びマスクで口元を覆い隠した。
「そりゃあ、私達双性者は雌雄同体だし、あの子も特殊性癖の持ち主だからね。クリスマスの甘いひと時を過ごしたいなら、ちゃんと仕事を成功させて来なさい」
「分かってますよ、ラフィニアお義姉様」
そしてケールは影の中に入り、そのまま外に出ていった。
それを見届けたラフィニアも、静かに自室に戻っていった。
クリスマスパーティー当日、アルテミシア学園前
その場にケイリーとミルザが佇んでいた。
「俺達は学園の中で頃合いを見計らって動いておけって、ジルティナもいい加減だなぁ。って言うか、よく俺達の分の制服が用意出来たもんだな」
「あぁこれ?ウェイン君の伝手で用意出来たって」
「あぁ、確か"天の笛"の普通の側の人間達の方の諜報員だったな」
「そう言う事~。あっちの側の人達だって、つよつよな人達がいる事に変わりは無いし~。ウェイン君も真面目で優秀な男の子だもんね~」
「まぁ良いや。そんじゃあ、俺もあのお姫様に仕返しをさせて貰うぜ」
「ま~た良い様にやられるだけだったりして~」
「うるせぇ!後、お前だって人の事言えねぇだろ!…まぁ、引く時は引くよ。ジルティナの奴も、どうせ俺達にそこまでやらせる気は無いだろうし」
「そうだね~。あの人もアタシ達に囮をさせるつもりで行かせたんだろうし~」
「そこら辺、何か癪に障るし、せめて戦闘データくらいは取っておくか」
そう言いながら、2人は学園に入っていった。
裏に潜んで生きている人間達が、遂にアルテミシア学園にも手を出し始めたのである。
クリスマスの騒動が起きる。




