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二話:目覚め前の出来事

 真珠の髪を結わえた少女が森を人とは思えない速度で走る。その背中には全身が真っ赤に染まり上げられた少年がもたれかかっていた。


(あのような所でこの人は一体何をしていたのかしら?)


 未だに目を覚まさない少年を見て彼女は思う。


 いつものようにこっそり森に狩に来ていた時、大地が震えるのを感じ大物に嬉々として向かって行くと少年が当にレンドラに食われそうになっていた。

 脊髄反射といっても言い程の反応と速度で手首に嵌められた腕輪を大剣に戻し、その速度のままレンドラの首を一気に切り裂いた。


 切り口からは大量の血飛沫が座り込んだ少年に思いっきりかかってしまった。慌てて駆け寄ろうとした所、彼はこちらを凝視した後に気を失ってしまった。


 血の池から救出し手当てを施した。幸い左腕の骨折以外には特に外傷は無かった事に一安心したが・・・


(この人の格好変わっているわ。)


 彼の服は血で真っ赤だったが今まで見たこの無い様相を呈していた。何よりも驚いたのが寸分違わない正確な編みこみ。生地の手触りも絹には及ばないが滑らかだ。


(いずこかの名のある貴族か・・・)


 もう一つの懸案が頭に浮かび、うーんと首を捻り考えていると、少年の苦しそうな呻きに我に返った。


(今は屋敷に連れて帰って治療をしなくてわ。)


 少女は立ち上がると少年をいとも易々と担ぎ、重みを感じさせない足取りで走り出した。



¬¬―――――――



 大陸ウェルドの北東に位置するラスティア王国は150年の歴史を有し現国王クラスト・アルバ・ラスティアによって統治されている。


 東部が海に面したこの国は造船技術、航海技術などの発達に従い海運業が隆盛しそれに伴い国内の陸路の整備がされ経済発展を遂げた。

王国の中央には王都タフラがありその東側には王都と東海岸を繋ぐ中継都市の一つラウスが位置する。


 ラウスはもともと王都と東海岸の間の森林地帯を切り開いてできた街だ。かつては大森林が広がっていたが現在ではその半分以上が開墾され昔の面影は消えつつある。

 宿街として出発した街も商人が徐々に集まりだし、また他の街からの物資・人の流入が激しくなり商業都市として現在にいたる。


 その都市ラウスの北側には富裕層の多くが暮らし、その離れにはとりわけ大きな屋敷が構えられている。

 

 その屋敷の一室、きらびやかではないが柔らかな木目がまるで清流の一部を切りとっとようにみえる机の前に髭を蓄えた初老の男性が書類を睨む。テウトラ家当主ロイス・アルデ・テウストラ。

白髪混じりの金色の髪にグレーの瞳はするどい目つきとなって書類を睨んでいる。その脇ではメイドが淡々と紅茶の準備をしている。


「旦那様、紅茶が入りました。」


 カラメル色の深い褐色にみたされたカップからは芳香が漂い男性の鼻をくすぐる。


「ふむ、ありがとう。さて、少々休憩するかな。」


 書類を机に置くと男性の目元はふっと優しくなり顔つきも穏やかになった。カップを持ち、入れられたばかりでまだ湯気を立てる紅茶の香りを楽しむ。


「ほー、今日の紅茶はとても良い。さすが東方から仕入れただけはある。折角だ、フィルとマチスを呼んできてくれないか。」


「それが、マチス様は奥様と一緒にお出かけになりました。フィルスお嬢様は・・・その・・・。」


言い淀むメイドの様子に察しがついてしまった。


「またか。」


「はい、左様でございます。」


[キャーーーーーーー]


 突然屋敷中に響きわたる程の女の悲鳴が上がる。恐らく裏庭のほうからだろう。


「またか。フィル、頼むから父の寿命をこれ以上削らないでおくれ。」


 今度はこめかみに手を当て眉間に皺がよる。愛娘のフィルスは真珠の髪に琥珀の瞳を持ち親の色眼鏡がなくとも美しい。

 だが昔から活発と言うか元気と言うか奇行と言ったほうがしっくりきてしまうが、世に言う令嬢とは少々型が外れる。別に社交場でも型破りというわけではない。場を弁え部を弁え行動する利発さはあり誰からも好かれる性格をしているのだが・・・・


バタン


 突然扉が開かれロイスは思考を中断した。扉に目を向けると真っ青な顔をしたメイドが駆け込んできた。


「旦那様・・・お嬢様が!お嬢様が!!」


「落ち着きなさい。何があった?」


「ははい。お嬢様が血まみれになって・・・」


 そこまで聞くと今度はロイスの顔が真っ青になった。椅子を吹き飛ばさんとばかりの勢いで(実際吹き飛んだが)立ち上がると一目散に駆け出した。


「直ぐに医者の手配をしなさい。私は裏庭に向かう!!」


 失策だ。フィルスの実力は知っていたつもりだった。負傷するなど思ってもいなかったため動揺がおこる。こんなことならもっと強く言い聞かせるのだったとロイスは後悔し神にも縋りたい気分になる。


(どうか、どうか無事でいてくれフィル。)


 裏庭に向かうとそこには使用人達が集まっていた。屋敷の主の出現に数人が気付いたがそれ以外は皆フィルスがいるだろう方向を凝視していた。数人は口を押さえその場にへたり込んでいる。


(そんなに酷いのか?)


 使用人達の様子に目の前が暗くなりそうになるが、商人として鍛えられた彼の魂胆がそれを許さない。


「道を開けてくれ。フィル!フィルス!!だいじょ・・・」


 ロイス絶句。


 そこには血まみれになった娘が立っていた。所々血に汚れてはいるがしっかりと大地を踏みしめ立っている。

 問題はその背中に乗せているもの。真赤かになってダラーンと垂れている何か。ロイスは目を細めまじまじと見て正体に気が付いた。


「フィルや、その背中に乗っているのは人間・・・ではないか?」


「お父様!すみません、うっかりして血まみれにしてしまいました。」


テヘと可愛らしく笑うフィルスの様子を見てそこに集まった一同の脳裏に浮かんだ言葉。


           ((((殺っちまったのか!?))))


「う・・・」


 フィルスの背中からうめき声が聞こえロイスは我に返る。


「まだ息があるじゃないか。至急部屋を用意しろ。医者の手配はどうなっている?」

 

 ロイスの言葉に一同は慌しく動き出し、てんやわんやになった。その様子に一人置いていかれるフィルス。


「お嬢様もこちらへ。直ぐに湯浴みの支度をしますので。あー、折角の御髪が血に塗れてしまっていますわ。」


 メイドの一人がポツンと立つフィルスに駆け寄り浴室へ行くよう促す。


「ありがとう、直ぐに行くわ。」


 屋敷に入ろうとしてフィルスはあることを思い出した。


(髪と言えば、彼の髪の色は真っ黒だったような気がしたような・・・)


 黒髪はこの大陸ではかなり珍しい。60年以上前にはこの大陸にも人口は少なかったが黒髪を有する者はいた。

 彼らはカシュロウ神を祀りそれらを信仰する者は「カシュロウの氓」と呼ばれていた。しかしこの大陸の多くを占めるトルナ教にとってカシュロウは災厄をもたらす者として信仰を禁じ、遂に60年前にはカシュロウの氓を聖戦という名目で大虐殺を行った。

 カシュロウ神の容姿は黒髪に赤い瞳を有しており、そのことで黒髪を有する人は真っ先に殺された。以来、この大陸では黒髪はとても珍しくなったのである。


(そんな人が何故あのような森の中に?)


 浴槽につかり顔を上気させながらも考えを巡らせる。湯気が満ちる浴室でフィルスの絹のような艶やかな肌は湯を弾き、まだ発展途上の体つきながらも艶麗な雰囲気を醸しだす。


 (情報が少なすぎるわね。)


 今は少年が目を覚ますのを待つしかないと結論を出すとフィルスはお湯の温もりに身を預けた。


 第二話を更新しました。なかなか話の進行が遅くてすみません。今回はは登場した人物についておさらいをしたいと思います。


フィルス・フラス・テウストラ・・・・琥珀姫。齢16

ロイス・アルデ・テウストラ・・・琥珀姫の父。齢未定

ユーリオ・アクス・テウストラ・・・琥珀姫の母。齢不詳

マチス・クラウ・テウストラ・・・琥珀姫の弟。齢9(予定)


 いずれちゃんと紹介したいと思います。お付き合いくださりありがとうございます。


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