一話:出会いは森の中で
~語り~
昔々とある貴族の令嬢にそれは美しい娘がいました。髪は琥珀のように輝き目は磨かれた深い黄色の宝石をはめ込んだかのような瞳。皆は彼女のことを琥珀姫と呼んで慕っていました。
そんな美しい娘を持ち父親はとても誇らしかったのですが、あることにとても頭を抱えていました。それは娘がとんでもないお転婆だったのです。
琥珀姫は男のように狩に出かけては、大の大人でも苦労するような大きな大きな獲物を易々と捕まえるのでした。
そんなある日、琥珀姫は狩に出かけ森の中に分け入った所、怪我をした少年に出会ったのです。
―――――――――
朝、木々の間から燦燦と木漏れ日が頭に降り深緑の芳しい香りが鼻腔を満たしながら藤堂朔は目を覚ました。
黒髪は襟に掛かる程度の長さで少し垂れ目。穏やかだが頼りない印象を与えるが可もなく不可もなくといった少年。
眠気な眼で暫くベッドの上で空を見やる。彼の視界は木の葉で覆われ、柔らかな緑が彼を包み込んいた。
(・・・・・・・)
一見長閑な朝を迎えたはずの彼の頭には浮かぶ一文。
(ここは・・・どこだ?)
『よっこらしょ』と起き上がり寝ぼけ眼で周囲を見渡す。視界に入るのは聳え立つ木また木。小鳥は朝の新鮮な空気に喜ぶように囀り、涼しげな柔らかい風が藤堂朔の頬を撫でる。まさにマイナスイオンに満ちた癒しの空間。
周りの状況を半ば呆然としながら眺める朔。
「・・・・・・・」(バタン)
布団に潜り目を瞑る。
(そうか、これは夢か。いい夢を見たもんだ。)
この事態に最もらしい理由をつけ、無理矢理にでも納得しようと努める。
断っておくと不法投棄されたベッドに行く当ての無い少年が『やった、今日の宿だ』と言って一泊した訳ではない。
昨晩もマンションの自室でオンラインゲームという名の旅に出て、クエストに失敗してそのまま不貞寝したはずなのだ。
(そのはずなのに・・・)
そんな思いで閉じた瞼に一層力を込める。
ズ――――――ン
空気が重く震える。
布団の中にいてもはっきりわかる、それは夢では無いとわざわざ現実が呼びに来ていた。だんだんと雲行きが悪くなるのを感じる。黒い雲がじわじわと広がり、警告といわんばかりの風が心の中を吹き荒む。
(今日はリアルな夢だな。)
ズ――――ン
瞼にさらに力を込め、枕を『ぎゅー』っと抱きしめる。
( 早く目覚めろ、僕。)
ズ―――ン
お母さんのお腹の中の胎児のように丸まり体に一層力が入る。
(お願いします。覚めてください。)
ズン
最後の地響きはすぐ側で起き、その弾みでゴロンとベッドから転げ落ちた。布団から放り出され落ち葉の積もった天然マットの上にジャージ一丁という防御力皆無な姿が現になる。
それでも目を瞑り続けた。
(そう、これは夢。地面がやけにもそもそするのも、何か鼻息の荒い音も・・・)
ゴフゴフゴフ
(・・・やあ、僕の夢はずいぶんとリアルになったもんだ。)
グルルルルル
(あはは、呻り声もすげーリアル。もう満喫したから早く目覚めろ、自分!)
天然マットの上で丸くなり意地でも目を開けてなるものかと言い聞かせていたまさにその時だった。
ブオン
金属バットを振るスイングした時よりも遥かに重々しい音が耳に届き頑なに閉じていた瞼を開けてしまい、そのあまりの光景に目を疑う。
地面が遥か下に見えた。体は地面から凡そ5メートルも浮き上がり、宙に浮いている。思考が追いつかず、全てがスローモーション再生のように流れる。一緒に舞い上がる木の葉。宙に舞い回転しながら落下していく体。
一瞬の出来事を脳に刻み付け易いように時を司る神様が配慮してくれたのかゆっくりと、しかし確実に進む。
迫り来る地面。
ゆっくりとゆっくりと近づき背中から積もる葉っぱを落下の衝撃で吹き飛ばした瞬間にそれまでのスローな世界が嘘だったかのように正常に流れ出した。
それだけでなく、背中からの衝撃に肺の中の空気を勢いよく吐き出す。
「かはっっ!」
突然の出来事に今も頭が追いつかない。しかし、全身に走る痛みが否応無く現実に引き戻す。
(何だ!?何が起きたんだ!?)
痛みのおかげなのか本能なのか、無意識に体はその場から離脱しようと動くが左腕からこれまた激痛が走り体を貫く。やおら顔を左腕にむけると目を剥いてしまった。
腕が通常であったら絶対に向かない方向に曲がっていた。
「ぁぁ・・ぁぁぁ・・・あああああ。」
それは戻りつつあった思考を容易く奪い去り、理性を失い発狂した獣の如く吼えようとしたが、眼前の光景がそれを無理矢理押さえ込んだ。
(デカイ!?)
だれもが一目目にすれば真っ先に脳裏に浮かぶ言葉。
重厚な戦車のような体躯。テラテラと不気味に輝く鱗。大木のように、道行くもの全てをなぎ倒す四本の足に鋼の如く光る爪。その目は黄色くぎらつき餌を見つけたことに喜んでいる。
その姿は一言で言えば巨大な鰐のようだった。しかしその鱗は鈍い銅を呈し、ただの鰐ではない事を示していた。
半開きに開かれた口は人二人一緒に入ってもまだ余裕がある。送風機のように送られる生臭い空気が鼻を突き口から覗く包丁の如く長く鋭い牙はずらっと並び、噛まれれば獲物の肉体をいとも簡単に食い千切るだろう。
「ぁぁ・・」
蛇に睨まれた蛙のように体を動かすことが出来ず、ただ恐れ慄き震える事しかできない。思考は放棄され、その代わりに恐怖が頭の中を占める。
僕はこいつにとってただの餌だ。
生きたまま食われること。そしてそんな死に方が如何に恐ろしいか、思考停止した頭の代わりに魂に深く刻み込まれる。
巨大な鰐は徐々に距離を詰め、口は開かれていく。あと10メートルと言うところで鰐は動きを停止させた。
(はあはあはあはあ、ど・・どうしたんだ?)
呼吸は乱れるも鰐の不信な行動に思考が少し戻る。
その刹那、鰐の口が一気にこちらに迫り、その巨体では想像できない速さで10メートルの距離を一気に詰めてきた。
視界は突進してくる鰐の口で徐々に埋め尽くされていく。
終わった。僕はこんなわけのわからない所で誰にも知られず食われて死ぬんだと思った。誰もいない森の中で理不尽にも人生の幕を下ろされる事実に恐怖で引きつった目から涙が止まらない。
(なんで、なんでこんな所で死ななくちゃいけないんだよ。嫌だ、死にたくない。)
迫り来る捕食者を前にこの運命を呪い、声にならない怨嗟の雄叫びをあげた。
(あああああああああああああああ)
ザンッッ!
肉を切り裂く音が響き渡る。
朔はまだ呼吸をしていた。
固く閉じた目を恐る恐る開くと同時に真っ赤な液体が目の前にせまり大量に体に降りかかった。あたり一体は鼻を突く異臭で満たされ思わず吐きかけるがギリギリで耐えられた。
藤堂朔の目はある一点に釘付けになっていたから。
鰐の頭は見事に首から切断され、切断された首からは未だに噴水のように血液が吹き出て血の池を作る。そして、その血の池に立つ一人の大剣を担ぐ少女に目を奪われてしまっていた。
その少女は透き通る絹の肌をその身に纏い、真珠のような輝きを放つ髪は丁寧に後で一つに結わえれているも腰にまで届きそうな長さ。
凛々しさを湛えながらも、どこかあどけなさを残す顔立ち。その目には磨かれた琥珀をはめ込んだと思える程美しかった。
折れた腕の痛みも忘れ、鼻を突く血の匂いも感じられなくなり朔はただ彼女に見入ってしまった。そして、彼女が心配そうな表情を見せて近寄って来たとき、朔の緊張の糸が途切れ意識を手放した。
主人公とヒロインの登場です。しかし、書いていてちょっと主人公は酷い目にあいすぎたかなと思ったけど今までの世界とは違うとことを身をもって知ってもらいました。