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十三 暁 (終)

「信長公」

暁の空。

橙色に染まった山肌が夜明けを告げる。

蝶国を落とすという奇襲に成功した信長が、いよいよ戦場ヶ原に馳せ参じ、乱鷹の合戦、その開戦の刻を待とうとしていた頃。

一人の飛脚が信長に報せを届けに駆けてきた。

「嵐町にて開戦した巫覡の乱、めでたく終結したとの御報に際し、ここに参上仕り候」

飛脚は信長の前に立膝を付き、主君の差し応えを待つ。

が、自身の調略がいかように終結したか、その結果を渇望する信長は報告を遮った飛脚の前に仁王立ちで立つと、かの飛脚を見下ろしたまま激しく叱りつける。

「遅い! 早く申さぬか!」

「へ、へえ!」

飛脚は身を震え上がらせ、夜明けを待たずして決着した巫覡の乱、その果てを述べた。

「去る三月十二日、我が花喬影、敵を撃ち破り、大勝利を収め申した。嶺然、赤雲、澄川、名籠めは死亡しましたが……」

花喬影が勝利した。

全身の血が沸騰している。彼は自身の体が燃えるように熱くなるのを感じていた。声を出さず、じっと拳を握り締めたまま天を仰ぐ。

「嶺然、よくぞやってくれた……」

巫覡の戦いは一夜にして終結する、そう述べた嶺然の言葉は誠であった。

信長の巫覡たちは見事に蝶国への出兵を隠し立て、最強と謳われた家康の巫覡「月光殲」にまで勝利してみせたのだ。

彼の調略は非の打ち所がないほど完璧に結実したのである。

「お前の死は、決して無駄にせぬぞ」

最高の布陣は揃った。

家康は蝶国という同盟国を失い、月光殲という巫覡を失った。

天下統一はもはや、信長の手中にある。

彼は固く握った拳を暁に向かって突き上げる。

「我が軍勢は家康の首を獲るため、進軍する!」



こうして尾張国と三河一国、二国の争いとなった乱鷹の合戦は、信長の大勝利にて終結した。

彼は紛うことなき天下取りの武将となったのだ。

信長はその後泰平の世を築くため様々な律令を制定した。

その中には、呪詛事の一切を禁止する旨が書かれていたという。

—呪詛を行うことを禁ずる。

—巫覡となることを禁ずる。

信長は巫覡の素晴らしさを知ると共に、巫覡の持つ力の恐ろしさを知った。

天下統一後、巫覡による謀反を起こされぬよう、彼は巫覡の一切を禁じたのだ。

捨て子が巫覡となる道はもう、この世にはない。

それは花喬影の栄達を望んだ嶺然にとって、命を賭して戦った花喬影の衆にとって良いことだったのか、はたまた無念であったのか。

すでにこの世を去った者達の思いは窺い知ることができぬ。

だが。

—春

一人の男が、とある庭の中心にいた。

男は、桜を見ていた。

薄桃色の花をめいっぱい咲かせて春の訪れを告げる桜を。

そよ風が優しく彼の頬を撫でる。それは微風であるのに、大輪を咲かせる桜の花弁を何枚も散らしていく。

花吹雪の中、男は手を伸ばした。

一枚の桜の花弁に触れ、手のひらにのったそれに目を細める。

慈悲深い、憂いに満ちた、笑うとも泣くとも取れぬ表情で。

桜は、夢見草と言うらしい。

咲き誇る様は美しいのに、一瞬にして散っていく。

まるで夢を見るように。

「巫覡に似ている」

日陰に生き、激しく命を散らす巫覡。その終わりは儚く、まるで夢を見るようにただ一時しか生きることができない。

男が語りかけるように、そっと囁くと—そんな彼の背中に、近づく者があった。

「先生!」

彼の背中を勢いよく叩き、無邪気な笑顔を見せる子供。

先生と呼ばれた男、詩雨は後ろを振り返る。

彼を見つめる子供は、一人ではない。

軽快に笑う者、桜に想いを馳せる者、沈鬱な表情で空を見上げる者。

皆、巫覡となることを課せられた捨て子たちである。

なぜ泰平の世に巫覡があったか。

信長は、律令で家臣や民衆に巫覡を禁じつつも、莫大なお金をかけて秘密裏に専属の巫覡を育てようとしていたのである。

いかにもうつけ者の所業。いかにも、策士というべきか。

「巫覡というのは残酷な生き物。人間であってはならないんだ」

詩雨は言った。

「常にどうやって人を殺すかを考え、殺しに心を痛めてはならない」

彼は一枚の花弁を、風のしらべにのせた。

「君たちはそういう巫覡になるんだよ。残虐非道な殺しをし、一人で生きられる巫覡にね」

巫覡はまだ、消えることがない。

それは彼らの、逃れられぬ運命。

花喬影が繋いだ巫覡たちは、影の中でひっそりと、脈々と息づいていく。

虐げられ、殺し、血を啜る戦を経て巫覡がたどり着いた場所。

戦乱の世の中で巫覡たちの流していった涙の果てのその世界。

幽幻の底の天国へと。

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