眠り姫の目を覚ますのは――第8話 開拓の映像記録
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予定外のこともあったが予定通りにやるべき事を済ませて城に帰ってきたヴィッシュ達。
彼らは臨時で長い机と椅子だけが並べられた殺風景な広間に集まった。
チュリが広間の空きスペースに神術でベットを出すと、エルフ少女を背負っていたメリィがそこに寝かせる。
眠っているエルフ少女の服装は全体的にほつれて無残なことになっているが、その装飾から元々は立派なドレスであったことが見て取れる。
安らかに眠る顔は一流の職人が丹念に作り上げた人形のように整っている。
「あんた、一体どうしたの?」
何かに気がついたらしく眠り姫に近づいたヴィッシュ。それをルドラが見咎めて問いかけるが、真剣な表情をした彼は止まらない。
風属性特有の知覚能力で何かを見つけたらしい彼は、ベットの横まで近づいて一点を穴が開くほど凝視する。
穴が開くほど、というかドレスのスカート部分に破損があり穴が開いていた。クロエが闇の手で引き寄せた時、闇属性特有の侵食効果で、破いてしまったのだろう。
穴から見える薄緑の端に白いリボンを見つけたヴィッシュの胸の中に、ほっこりと温かなモノが湧き上がる。
「ふぁ、ここはどこでしょうか……?」
「新緑の野に咲く花であった」
「……死んでくださります? 水そ……っ!」
ヴィッシュの不躾な視線で目を覚ました眠り姫。
彼女はその視線をたどりスカートの穴に気がつくと、たおやかな手で素早く視線を遮りながら、左右で色の違う赤と緑の目から絶対零度の視線を向けつつ、変態を罵倒し――
「イダダダダ! いったい! 何を! わたくしにこんな事をしてタダで済むと!」
「大丈夫か?」
更に神術で懲らしめようとしたところで、緑に輝くキノコが生えている頭を押さえて痛がり始めた。
「『闇の手』落ち着いて。あんまりキノコからの矯正を受けていると癖になる」
「あふっ、落ちつきましたふぁ……」
クロエの黒い手を操る神術で、ベットにうつ伏せで押しつけられた少女エルフは、美しい顔を布に埋めながらスンと落ち着いた。
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じんわりと暑くなってきた日中の城内に、半ば悲鳴のような声が上がる。
「わたくしが……。イリス帝国の姫であるアリサ=チェダーが! 一生奴隷……」
ヴィッシュを追い出した後で予備のメイド服に着替えた少女エルフは、自らのあんまりな状況に頭を抱えた。
森エルフの少女はただの不可触民ではなく、外国の王族だったのだ!
彼女の話によると同盟国へ親善訪問に向かう道中で船が難破し、色々とあってこのような結果になってしまったらしい。
アリサが赤いキノコの生えた頭を抱えていると、彼女に保護を約束したルドラが優しく背中をポンポンと叩いて慰めている。
現在、ヴィッシュ達はクロエが用意したという教材の準備を待っている所。
チュリが出した神具をメリィが配置し、トントン拍子で準備が進んでいく。
「クロエお嬢様。神具の準備が完了しました」
「では、今日の戦闘を映した神具を使い、デブリーフィングを行なう」
「映した? でぶり……?」
「見たものを記録する神具を用意した。デブリーフィングは反省会の事。やったことを他の視点で見るのは、いい勉強になる」
「なるほど〜」
小首をかしげながら疑問の声を上げたルドラに、指示棒を持ったクロエが解説しつつ、大きな板状の神具を起動した。
『第一回の開拓映像記録を開始する。実況解説は私、クロエ=ブラフマンと』
『クロエさまの家臣、チュリ=アルスがするよ〜』
『同じくクロエお嬢様の家臣、メリィ=エーレスが撮影を行います』
大きな板にチュリとクロエが映し出されて挨拶してくるので、驚いたルドラとアリサは板に映る二人と、近くに立つ二人を見比べた。
『さて、今の状況は森を焼き払い終わった二人の戦士階級達に、ようやく迎撃部隊が接敵するところ』
『チュリは《《ぼーじゅ》》した敵さんのお話をおしえてあげるね。コホン、《《なんだ〜あれは、ひとなのか? あくまどもだ〜。ここは、あんぜん地帯じゃ、なかったのか〜》》』
それぞれ炎と風を纏いながら歩む微妙な距離感のルドラとヴィッシュに、砲塔のついた平べったい四角の箱が突撃する。
「あの箱は戦車という。車輪付きの鉄の箱に人が何人も乗っている。頑丈だから中身を殺さずに無力化するのは大変」
「そうだったんだ」
いったん映像を停止して指揮棒で鉄の箱を指し示したクロエは、砲塔や車輪をつついたりして特徴を解説すると神具を再び起動した。
『《《じんけ〜、ダイヤでいくぞぉ〜! りょ〜かい!》》』
四台の戦車は一台を先頭にした◇型の並びで突撃したが、ルドラが三叉矛を薙ぎ払い閃光を放つとまとめて上部がスライスされ、オープンカーに変えられてしまった。
『《《ぼぼん わ~、もうだめだ~。ぼんぼん。逃げよう~》》』
砲弾に誘爆したのか何度も小爆発するオープンカーから、髪の毛をチリチリにした兵士達が慌てて逃げ出していく。
「上手に無力化した。降伏させたあとは敵も労働力だから、無駄にしなせない方が良い」
無残に大破した戦車達が映されるのを見たアリサは、口をポカンと開けて固まった。
その後もヴィッシュがガルーダで大きな鎧の四肢を引き裂いたり、二人で協力して巨大な飛行戦艦を半分こにしてしまうのを目撃した彼女は、ようやく自分の流れ着いた場所に気がついた。
「わたくし、魔境の国イドに来てしまいましたの!?」
「この国、そんな風に呼ばれてるの!?」
「強大な魔物と、それ以上に強大なイド人の支配する地獄の半島国家ですわ!」
戦士階級の中でも強力無比な氏族の末裔という。実は強大なイド人代表だったりするルドラは、自分の住む国の恐ろしげな呼び名に目を見開いて驚いた。
お互いに驚いている彼女たちの目の前で、ルドラの顔が大写しになる。
『んちゅっちゅ』
「まぁ! いけませんわ!」
突然始まった濃密なキスシーンに、アリサはちょっと嬉しそうに声を上げつつ、手で目を覆い隠した。
彼女は指の隙間から、赤と緑をバッチリ覗かせて興味津々だ。
「んな!? 何よコレぇー!!!」
自らの痴態にルドラは赤面しながら抗議の叫び声を上げた。
「映像記録の最後にお色気を入れるのは伝統。手のひらサイズの神具にキスシーンだけコピーしてある奴を用意したから、一つあげる。コレでいつでも好きなときに、血統兵装が使える。いつも世話になっているお礼」
「い……いやぁーーー!!!」
クロエからのプレゼントで、自分の紅潮したキス顔を至近距離で客観視してしまったルドラは、ボロいドアを吹き飛ばして全速力で自室へ逃げ出した。
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