たったひとつの解決方法――第7話 血に受け継がれし罪
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炎上するかつての城下町で、丸焼きにされたイノシシに耳の長い者たちが集り、肉に食らいついている。
「パペットマッシュルームは脳に神力の根を張り寄生し、徐々に宿主の意識を奪っていくキノコ」
「そんな恐ろしいキノコなの!?」
「……大丈夫。アレは不可触民以外に寄生出来ない生態」
「だりっとって何?」
「不可触民はこの国に住む異形の者達の事で、見た目や住む場所によって種族ごとに分類される。森にいて耳が長いのはは森エルフと呼ばれる種族」
「不可触民という言葉には、不用意に俺達が関わってパペットマッシュルームが広がらないようにする意味合いがある」
冷や汗をメリィに拭いてもらったクロエは落ち着いて恐ろしいことを語る。ヴィッシュも頷きながらルドラの知らなそうな知識を補完した。
「何であたし達に寄生しないの?」
「パペットマッシュルームは、私たちの祖先によって生み出された《《ダリット専用》》の洗脳キノコ。私たちには耐性があるし、少しでも変異すると絶妙なバランスで設計された性能を失う。生えている白いキノコに神力を与えると染まり、その神力を与えた者だけに尽くすようにする……死ぬまで」
「……俺達イド人が償うべき罪だ。寿命の長いエルフを愛した古代イド人が、自分の死後エルフが他の誰かを愛するのを危惧して生み出したと伝わっている」
「そんな……」
「愛と呼ぶには悼ましく、狂気と呼ぶにはあまりに理知的で、純粋と呼ぶには悪意を孕んでいる。それが私達の祖先、古代イド人。その血は力と共に脈々と受け継がれてる」
伊達めがねの奥にある金の目を妖しく輝かせたクロエは、自らの胸元に手を当てて説明を締めくくった。
口元を押さえながら、ルドラは彼女の夢の中で涼しい顔をして大量虐殺を成し遂げた少女クロエの言葉に説得力を感じざるを得ない。夢の中で人々が取る行動は、現実でもやりかねない行動だと彼女は考えているのだ。
「あの人達はどうなるの?」
「彼らはもう手遅れ。キノコが操る死体みたいなモノ」
「神力を与えられないままでいると、成長しすぎたキノコが脳を破壊する。……浄化の神術で死体を弔ってやるのが情けだ。頼めるか?」
「お願いメリィ」
「かしこまりました。お嬢様。……『浄化』!」
焼かれたイノシシに群がる人々に碧眼の視線を向けつつ、最初にクロエが言っていた言葉から薄々と感じ取っていた不安を肯定されてしまったルドラは黙祷するように目を伏せた。
同じく目を伏せたヴィッシュの願いを無表情で引き受けたクロエは、自らの専属奉仕階級に弔いを任せる。
メリィが手のひらをイノシシに向けて光弾を放つと、着弾したイノシシごと集まっていた者達が光になっていく。
光は空へ舞い上がり、青空に消えた。
後には、仰向けに倒れたエルフの少女が一人残された。
「『闇の手』! あり得ない。この侵食状態で生きてる」
異常事態に目を見開いたクロエは、エルフを黒い手を伸ばす神術で素早く引き寄せると、キノコの状態を確かめつつゆっくりと動作する胸元に手を当てた。
クロエの肩越しにエルフを見たルドラは、何度か繰り返し見た夢の結末を思い出す。
森の中でうわごとを呟きながら息絶えるエルフの少女は確かに救いを求めていたが、夢の中なのでルドラは見守ることしか出来なかったのだ。
「何とか助けられない?」
「不可能か可能かで答えれば可能。だけど」
思わず横から口を出したルドラは、金色の目で自分だけを見つめて問いかけてくるクロエにひるんでしまう。
「ルドラ=シャクティ、あなたに自分の死後も忠誠を尽くされる覚悟はある?」
「そんなのわからないけど、でも……でも助けたい! 何か助ける方法があるなら、何でもする!」
しかし、目の前の少女と夢で見た少女を重ねたルドラは、やけっぱち気味な調子でクロエに食ってかかった。
「私は確かに警告した。あっ、良いことを思いついた。ヴィッシュ君も手を貸して」
「パペットマッシュルームに侵された不可触民の救済は我々イド人の義務だ。協力しよう」
「わかった。じゃあ二人でキスして」
「えっ!? 何であたしがヴィッシュとキスすることになるの!?」
「パペットマッシュルームから救うには、神力で染めて侵食を止めるしか無い。更には、染めれば胞子も出さなくなるから、拡大も阻止できる」
「洗脳度合いを薄めるため、神力の出力機関である口で神力を混合して複数人に忠誠を分散させるということか」
「古代人の考えた洗脳法だから、調整の仕方が原始的なのは仕方ない。単独で染めると洗脳の度合いが強すぎるから、人形みたいになって本末転倒。それに、何でもするって言った」
「うっ」
あんまりな救助方法にルドラは抗議するが、クロエから自分の言ったことを持ち出され、渋々とヴィッシュに向き直る。
「ちょっと! 少し屈んで!」
「こうか?」
「ええい! まだるっこしいわね! コレは救命行為だから! はむ!」
「っんむ!?」
なんとなくキスするために背伸びするのが嫌で、自分より背の高いヴィッシュに指示を出していたルドラだったが、段々と面倒になって相手の後頭部へ手を回すと力尽くで口を合わせた。
彼女はいつの間にか何かを持ってユラリと移動している二つの影に気がつかない。
ルドラは目を瞑りつつ神術を扱う要領で口元に神力を集めて舌を動かし、同じようにヴィッシュの集めている神力と混合しようとするが、中々うまくいかない。
「ほ~。色っぽい~」
「ッシ。お静かに」
顔が徐々に赤くなる様子は、まるで恋人同士で情熱的に求め合っているようだ。
「こんなところで良し。どう?」
「いいかんじです~」
「……よろしいかと」
ルドラが段々と自分が何をやっているのかわからなくなってきた頃、ようやく何やら満足げなクロエの手で二人は引き離された。
「「ぷはっ」」
引き離された時、ルドラは真っ赤になってぼーっとていたが、カッと目を見開くとヴィッシュをにらみつけた後、ツンと明後日の方を向いた。
ヴィッシュは心の紳士と対話でもしているのか、口を半開きにして呆然としている。
「ひゃわっ!?」
「む……」
「ちょんと」
そんな二人の口に指先をつんつんしたクロエは、その指をエルフ少女の頭頂部に生えている白いキノコに触れさせた。
白かったキノコの傘は赤く染まり、緑色の光を放ち始める。
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