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私、永井みちる……渾身の勧誘撃沈……!! いや考えてみればそうだよね。音楽室にいて、あのイケメンバンドグループ全員と一緒にいるってことは……。
あれっ、でも確か原作じゃあ今の時期はフルメンバー集められてなかったはずじゃ……? いや駄目だ、私の記憶ははっきり言ってゴミだ。まったく頼りにならん。嫌な事ばっか覚えておるわはっはっはっ、死にたい……。
なんてのを喉元さすりながらとぼとぼ廊下を歩く私……ちょっと吐きすぎたのか喉が痛い……そしてあの、イケメングループたちのすっごい申し訳なさそうなのと、なんかこう勝ち誇った感じのする表情が脳裏にに浮かび続けている……ゲロ袋処理してもらったの本当申し訳ないなあ。
なんて考えながら廊下を歩いていると、なんかカツンとハイヒールの音が。
「ちょっとそこの貴女、お待ちなさい!」
「ひぇっ」
炎のように真っ赤な色をしたツインドリルヘアーの巨乳女が、私の前に腕を組んで仁王立ち。しかも左右にはお付きらしき女性生徒が。背の高い女性と小さい女性。なるほどこれは……フクロにするやつね。集団でボコって脱がせて写真撮るあれをしようってのね。
私なんかイベントフラグ踏んだ!? 絡まれるようなことした!?
イケメンに囲まれながらゲロ吐いてイケメンたちにゲロの処理を任せただけよ!? 十分絡まれるに足る理由できてるわ。ははっ、ウケる。
とはいえこのままいけば私の処刑は確実。おそらく張り付けにされて足元を火であぶられながら石を投げつける中世拷問的なことをされるような気がする……否、絶対する!! となれば私が取るべき手段は一つ!
「ちょっと」
私はスカートのポケットから財布を。財布の中からお札を取り出す。虎の子一万円札を二枚。
「お話を伺っても」
そのまま膝から崩れ落ちる。膝の皿にダメージを追うが、この際この程度の痛みは許容しなければ……指を切断される!!
そのまま膝を折り曲げ、三つ指揃え、指の先っぽで二万円が飛ばないよう固定。そして額は床から少し浮かせるのではなく、床にぴったりと付ける!! こうすれば目のところを蹴り上げられる心配もなくなるし、相手に服従しているという意志をより伝えられるのよ!!
「よろしくて──なにやってますの!?」
「どっどうかこれで許してください……今の私ではこれが出せる限界です大丈夫です私がバイトして溜めた金なので家の人が不審がる可能性はないですそもそも実家の人から九割勘当されているようなものですけど」
「かっ、顔を上げてくださいまし! 私そんなこと望んでいませんわ!!」
こっ、これは……『金だけで解決できる問題じゃねえんだよ誠意ってのはよぉ、テメェのせいで傷ついてんのこっちは心が。その代償もきっちり払ってもらおうじゃないか』っていうあれ……!?
それは不味い。流石に顔に傷を付けられたらバイトに支障が出る! そう判断した私の行動はとてつもなく素早かった。
まず床に着いた手を勢いよく押し上げ、視界を180度回転させる。土下座状態から流れるような動きで天井を見上げる状態になった。
そして狙いやすいよう、少し腕と足の感覚を広げる。こうすることで無防備なお腹を狙うようになり、顔を踏みつけられる危険性を少しでも減らすことができるのだ!
「顎か目玉を蹴り上げるのはどうかご容赦を! 明日もバイトありますのでどうか、穏便に二万円で……せめてお腹の方お願いします! お願いします!! お願いします!!!」
「お姉さま、……なんだか、見ていてとてもいたたまれなくなるんですけど……」
「土下座に移行する動きも腹ばい服従する動きもスムーズすぎて……やり慣れてるんだろうなって……」
「ちょっとお話をしようって言っただけですわよ!? まだ何もしてませんわよ!?」
ふふふっ、私の経験上先手で完全服従すれば相当頭ヤバげなお局様以外は『これ以上はちょっと……』となったり、関わりたくないのか引いたりしてでイジメられることはない。体感八割くらい成功してる。まあこの人たちがその二割の不安因子だったら……お腹の方に攻撃を誘導するしかないなあ。
「とりあえず起きてくださらない? この現場を見られると誤解を生みますし……大丈夫ですわ、あなたに危害を加えないと保証しますわ」
「……ほっ、ホント?」
「ホントホント、私何もしませんわ」
ニコニコ笑顔で私に目線を合わせてそう宣言してくれる赤色ツインドリルヘアーの女性。
もしこれが一般的ブラック企業(自殺者多数)だったらここからどんでん返しがあるけれど、ここはお金持ちの令嬢やご子息が通う学校……一度言った言葉をおいそれと撤回する人はまずいないくらい、民度が高い生徒ばかりの学校。その言葉に嘘はないと思う。
という訳で私も体を起こし……あっ、ヤバイ。そういえばさっき喉を切ったんだった。これ血液が、喉から出てる血が変なところにっ!
「げほっ、えほっかはっ」
「だっ、大丈夫ですの!?」
「だっ、だいじょげほっ。おえっあっえほっごほっげほっうえっ」
水を飲んだら変なところに入ってものすっごい咽ることあるけど、それの凄い版が今私の身体を襲っていた。
要するに、咳と一緒に私の口から血が噴き出した。
慣れ親しんだ、若干甘味のある鉄の味。咳をするたび新たな鉄の味が私の味蕾を刺激し、抑えきれない血液交じりの唾液が床を汚す。
『お姉さま』と呼ばれていたツインドリルヘアーの人が気を失い、私の方に倒れてきた。頭がガンッ、とぶつかって痛い……。
「きゃああああああっ!! ちっ血がっ、血がっ……!!」
「がぼっ、がぼぼっ。大丈夫です。いっ、いつものこごばぁっ」
「大丈夫じゃないよ!? 溺れてる人みたいになってるよ喋り方!? とっ、とりあえず救急車──」
「駄目ッ!!」
「──えっ?」
スマホを取り出して救急車を呼ぼうとした、背の高い女の子の手首をつかんで止めさせる。私の汚い血がついちゃうけれど、非常事態だからそれに関しては甘く見てもらおう。
救急車を呼ばれるのは不味い。私の立場が更に悪くなっちゃうから。
「きゅっ、救急車は駄目……絶対、やめて……ください……げほっげほっ、大丈夫だから……親に迷惑かけちゃうから……」
「そんなこと言ってる場合!? あんた、血吐いてんだよ!?」
「お願い……やめて、嫌なの……これ以上、父さんに嫌われたくないの……お願いだから、やめて……」
これ以上父親に嫌われる訳にはいかない。ただでさえ生活費を負担してもらえていないのに、これ以上嫌われたら、更に学費まで削られることになってしまうかもしれない。もしそうなったら……私の人生は終わってしまう。中退はあかんて。
というか下手したら足立山さんの家までも追い出されて……のたれ死ぬ!? ヤバイ、凄い鮮明に見えるぞその未来。
……いや、私の人生は百歩譲って良い、仕方ない。自業自得だ。マナーとか全然覚えることできなかった私が悪いわけだし。
でも、足立山さんまで路頭に迷わせる訳にはいかない。私のせいで、家政婦の仕事を降ろされてしまうなんてことはあってはならない……!
「……訳アリのようですわね、貴女」
あっ、さっき気を失って頭をぶつけあったツインドリルヘアーの人目を覚ました。やっぱぶつけたところが痛むのか、おでこを押さえている……本当すみません。ごめんなさい。
なんて内心で謝りながら頭を下げていると、ツインドリルヘアーの人が私に向かってすっと手を差し出してきた。
「少し私とお茶しませんこと?」
……女子にナンパされた!?




