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昨日は久しぶりのスタジオ練習、お互いの実力を知るためのものとはいえ楽しかったなあ……二人ともとっても上手かったし、私も久しぶりにちょっとだけ本気で演奏できたし。と言うかあの二人、今の私と同じくらいの年齢だと思うんだけど、前世での当時の私とは、ちょっとレベルが違うかったなあ。
正直、今からでもプロで通用するくらいには上手かった。まありんさんは……未成年喫煙ってのがかなりネックになってしまうけど。プロでやっていくには。昨今は世間の目が厳しいからね……。
「ううっ……頑張れ、やるんだ永井みちる……大丈夫、幸福な記憶は私に勇気をくれる……」
さて、そんな楽しい時間を思い出しながら自分を鼓舞させている放課後の今日この頃。音楽室の扉の前に呆然と立ち尽くしているは私です。
そして、多分きっと! ここにあの人もいる筈! そう、あの時私が自殺しそう(勘違い)な時に助けてくれた心優しいあの女の子、原作主人公である古川……えっと、古川くろこさんが!! 原作だと軽音部に所属してたはずだし、ギターそれなりに上手かったし……ギターボーカルにぜひ引き入れたい! という訳でここまで来たものの、中に入る勇気を持てず立ち往生している訳。
大丈夫、中にいる筈。今のこの時間は多分恐らくきっと軽音部で活動をしている筈……その証拠に、音楽室の扉を閉めている状態だというのに、今も楽器の音が鳴り響いてるから。……ギターとかベースとかドラムとか音楽室に置いてあるのかどうかは、うん、原作ゲームだと置いていた筈だから確認済み! 覚えてて偉いぞ今日の私の頭脳!!
「えっと、ごめんちょっと通してくれる」
「あっすみませんすみません」
あばぁっ!? 声をかけられたぁ!?
軽音部に所属しているらしき人に謝り倒して道を譲る私……ううっ、扉の前に立ってる私が悪いんだ。わかっているんだ。
しかし、どうするべきか……どう声をかけるべきか。ゾディアック・クラスタってバンドをやってます、うちでギターボーカルしてください! こうして脳内で文章にしたら簡単に出力できるんだけど、いざ声を出すとなると……私はね、ヘタレなのだよ。
なんて考えているとポケットに入れているスマホが振動した。アルファトークから通知、来たのはいつも通りファストフードのクーポン……。
……待てよ? 思い出せ私。私かあの時あの子と連絡先を交換していた筈。となれば……いける、いけるぞ私! これを使う事で音楽室に入ることなく原作主人公を! 古川くろこさんを呼び出すことができる!!
という訳で早速アルファトークを開いて文字を──
「なぁにやってんだお前」
「んぎゃはべはぁっ!?」
「なんだその声!?」
きゅっ、急に背後から声かけられてびっくりした……びっくりしすぎてスマホが顔面にクリーンヒットした……!!
ふっ、振り返ってみると……古川さんと一緒に私が自殺(勘違い)するのを止めてくれた、えっと……
「黒い人!」
「あん?」
「ヒッあっえっとごめんなさいすみません調子乗りました申し訳ありませんお腹や顔はいくらでも殴っていいのでどうか指だけはご勘弁をお願いいたします」
「しねぇよ!」
「健司お前……女の子をいじめるとか見損なったぞ……」
「うわあ、鬼畜ー。やーいやーいDV野郎ー」
「テメェ等ぶっ殺すぞ」
ひぃっ!? 黒いイケメンの人の後ろからイケメンが二人も出てきた!?
片方はクール系っていうんだっけか、すらっと背が高くて、なんというかこう、孤高のイケメンって感じの人! 窓辺とかで本読んでそうなイケメン! 髪の毛で左目だけ隠れてるの見辛くないのかな……?
そしてもう片方のイケメンは、イケメンっていうより……甘いマスクっていうんだろうか? なんというか、子供みたいに活発そうな格好いいより可愛いって言葉が似合うようなイケメンさん。女の子みたいなキノコヘアーだけど不思議と似合ってる。
その二人が黒いイケメンの人と楽しそうに話している。若干黒いイケメンの人キレ気味だけどそれを甘いイケメンの人が笑いながらあしらってて……。
なにこの状況? 乙女ゲー? 乙女ゲーだったわこの世界。
「ちょっと何さ扉の前でうるさいなあ……ってあー! あの時の!! 自殺しそうな人!!」
「じさっ自殺しそうな人!?」
「黒子ちゃんその言い方はあんまりじゃないかな!?」
げっ、原作主人公出てきちゃったぁ~……!! というか自殺しそうな人で覚えられてたんだ……確かあの時、私の名前をいう事出来なかった記憶あるし仕方ないか。
しかし、うん。笑顔すっごい眩しいよこの原作主人公……そりゃあこんなイケメン男たちが夢中になるのも当然だよ。個別ルートの悪役令嬢も最終的に絆される訳だよ。どんな会話イベントあったかは知らないけど。結果だけ知ってるだけだけど。
はい攻略サイト見てどんな感じのルートか確かめて満足してました。ブラック企業だったのでね……それくらいでしか触れることできなかったのよあっヤバい思い出し吐き気が。
「だっ、大丈夫この子!? なんかすっごく顔色悪いけど!?」
「すびばぜんちょっと吐き気が……」
「ここに吐きな」
ありがとう片目隠れたイケメンさん……孤高のイケメンさんから差し出されたレジ袋に遠慮なくゲロをぶちまける。ああっ、原作主人公ちゃん背中さすってくれている……優しい……。
袋の半分ほど満たしたところで私のゲロも止まり、慣れた手つきで袋結んで……よし、処理完了。
「……ちょっと赤くねぇかこれ? 血混じってる?」
「あったっ多分イチゴ牛乳飲んだからそれの影響です」
すみません多分喉切れてます。デイリー嘔吐と満員電車嘔吐とPTSD嘔吐で3回くらい吐いたので。
とはいえ余計な心配をさせない為にそれっぽい嘘をついておく。心配されるとプレッシャーで胃が死ぬからね、胃が死んだら黒くなるよ口から出る血液!
「……もう大丈夫? 保健室一緒に行こうか?」
「あっ、あの大丈夫ですので古川さん……はい、毎日のことなので」
「毎日吐いているのは大丈夫ではないのでは?」
「こいついつかマジに死にそうで怖いわ……」
「しんどくなったらいつでも音楽室に来て休憩していいからね?」
攻略対象集団がすっごい心配してくれている……こう、要介護の人に向けるタイプの。しかしまあ、あれだねえ。古川さんのやさしさがささくれたハートに染み渡る……。
っと、こんなのに浸っている場合じゃない!! ここに来た目的を達成しなければ。私は前世だと一線で活躍していたバンドマン! 私が先輩みたいなものだから、頑張らないと!!
「えっと、その、あのっ、えっとですね」
「大丈夫、大丈夫だよ古川さん……ゆっくり、ゆっくりでいいからね」
「そっ、そそそそのっ……私今、バンド組んでましてですね……」
バンドを組んでいる。その言葉に古川さんが目を丸くした。まあ、私みたいな絵に描いてももうちょいマシにするぞレベルの陰キャがバンド組んでる!? って普通なるよね……もしくは冗談か。
でも、私の気持ちが本気だってことを伝えれば……きっと古川さんも来てくれるはず!!
「今っ、今ボーカルさん探してまして、それであの、屋上で聞いた古川さんの歌声、とても綺麗だったので、うっ、うちのバンドでギターボーカルしてほしくてですね」
「あっ、ありがとう……」
おおっ、これは好印象! これは、いけるか!? 私、古川さん堕としたか!?
と、彼女の言葉の続きを待っていると、古川さんは少し困ったように頬を掻いて言った。
「でもごめん、もうバンド組んじゃってるんだ。というか私がリーダー」
……ですよねぇ。




