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んがっ、気が付いたら寝てた……いけないいけない。時計を見ると午後2時、一時間も寝てしまったのか私……。
寝ていた私の背中に、パーカーがかけられていた。青いシンプルな色のもの。寝る前にこんなもの羽織ったっけ? 確か……はくりちゃんに抱きしめられて、それでうっかり寝て……。
「うぷっ」
「えっ、どうしたのみちるん」
私は喉元まで出かかってるものをなんとか気合で抑えて、パーカーをテーブルの上に置いてから駆け足でトイレへと急ぐ。
綺麗にしたばかりのトイレにぶちまけるのは少し申し訳ないけれど、仕方ない。私は思う存分胃袋の中身を便器の中へと吐き出した。
あぁ、朝と昼に食べたものが全部便器の中に……お昼ご飯はまあゼリー飲料だけだから全然目立たないし、朝に食べたものも大体消化してくれてたみたいだけど。ありがとう今世の私の胃袋。
「永井さん、大丈夫?」
心配して見に来てくれたであろう谷野さんが私の背中をさすってくれた。うぅっ、こんな頼りない私でごめんなさい……弱い私でごめんなさい……。
楽になるまで吐き続けた私は吐しゃ物を下水道へと流してから、洗面台のところで手を洗い、口の中もゆすぐ。
「ごっ、ごごごめんなさい谷野さん……こんなゲロ吐き女で」
「うぅん、大丈夫。気にしてない」
谷野さん優しい……というか、あのパーカー谷野さんのものだったか。谷野さん、今はすっごいラフな格好をしている。
シンプルな無地の白Tシャツ、普段はパーカーを被ってて見えてなかった、空のように青い髪。そして……顔から腕にかけて地肌から大きく変色している皮膚。
「あっ……ごめん、汚いもの見せて」
私の視線に気づいたのか、谷野さんは少し申し訳なさそうに眉を寄せて謝ってきた。
「きっ汚いもの見せたのはどちらかというと私ですが……」
「それ言われたら、こっちも返す言葉がない」
「……そっ、それに、汚くないと思います。別に」
私の言葉に不思議そうな表情をする谷野さん。でもすぐに顔に影が差したような表情になった。
多分だけど、私の言葉を疑っているのかな? まあ、一瞬ちょっと視線が肌の方に行っちゃったしね。でも私からしたら、全然気持ち悪いなんてことはない。
「谷野さんは、私と違って、ちゃんと可愛い女の子ですよ。汚くなんかありません」
「……そんなことないよ」
「えっ、いやだってそうじゃないですか! わっ、わ私よりずっと、ずーっと可愛いですよ……私なんて目の下に隈あるし目つきだって漫画の悪役みたいに悪いし髪の毛ぼさぼさだし唇だってすごい乾燥しているし見るからに喪女だしあっそんな人間に褒められたところで嬉しい訳ないですよねごめんなさいすみませんちょっとバンド誘われたからって調子乗りました」
「ストップ、永井さんストップ! 大丈夫、ちゃんと伝わってるから……!!」
私がネガゾーンに入ろうとしていた(というかほぼ入っていた)ところを谷野さんが止めてくれた。
こうして話しているってのに一人でぶつぶつとネガティブ思考が煮詰まっていくのは失礼なこととは分かっているだけど、中々治らない春の15歳2回目……。
谷野さんもちょっと困った様子だし……いやちょっと笑ってる? へへへ、笑ってくれてるならいいかな……それで……。
「す、すみません……よく自分の世界に入ってしまって……」
「いや、いいよ。むしろ面白いと思うし。そういう風に変わっているの、わたし好きだし」
そう言って谷野さんは口元に指をあてて微笑んでくれた。
すっ好き!? 私のこれが!? なんというか変わっているなあ、なんて思っていると、おもむろに谷野さんが私の手を取った。
そしてそのまま、谷野さんの顔の、火傷痕が残っている箇所に触れさせる。
「えっ、あっえったにっ、谷野さん!?」
私の声に谷野さんは答えない。多分、私が言った可愛いって言葉をまだ信じきれてない……のかな? 陰キャの言った言葉だし。
もしここで手を離したら、私の言葉が嘘になってしまう……!! でもこれ触っていいの? 現役JKのさらさらお肌を!? 普段は髪の毛で隠れちゃっているところを!? 一度新で転生したとはいえ三十路の私が!?
「……こっ、これりょっ料金とか発生したりしませんよね……!?」
「いやしないけど……永井さん」
「あっはい」
「ありがとね」
なっ、なんのお礼だろう……? その言葉に疑問符を浮かべていると、谷野さんは私の手を顔から離して、そのまま手をつないできた。
……そのまま手をつないできた!? すっごい自然体な動きでびっくりしたよ私!!
指先が少し硬くなっている。きっと、とても弾いているんだろうなあ。ギターかベースかは分からないけど、好きで、練習をとてもして、そうしないとならない硬さ。この手、好きだな。
「ほらっ行こう? はくりが待ってるから」
「あっ、はっはい」
谷野さんに手を引っ張られてTRITONEのホールへと移動する。
「おっ二人ともおかえりーっ! って、なんか……二人ともすっごい仲良くなってる?」
「まあ介抱したからね」
「かっ介抱されました……」
谷野さんに乗って私も答える。はくりちゃんの視線が一瞬私たちが繋いでいる手の方に行って、なにかに納得したようにうんうんと頷いた。
……えっと、なんだろう? 何を納得されたんだろ? なんて疑問に思っていると、谷野さんは私から手を離して向かい合って座れる円状のテーブル席へと座る。
きくりちゃんもカウンター席から飛ぶように降りて、私と向かい合う席に座った。
「さて、それじゃあ早速始めよっか。第一回バンドミーティング!」
そう言ってはくりちゃんはどこからか、スケッチブックを取り出した。えっ、さっきまで何も持ってなかったよね!? どこから!? マジック!?
「いやー、しっかしまさか手をつないで帰ってくるとは……りんってあんまり人と手をつなぎたがらないのに、すごい仲良くなったんだねーみちるん」
「あっ、はい。そうですねはくりちゃん……みちるん?」
「うん、永井みちるちゃんのあだ名! 可愛いでしょ! あっもしかして嫌だった?」
「いっいえそそそそんなことはないですけれど……」
普通に可愛いあだ名だから嬉しいし別に呼ばれ方に関しては気にしてない。それよりもなんか、こっちの領域というか、椅子から身を乗り出してぐいぐい来てるんですけどはくりちゃん!? 何、犬!? 人懐っこい犬!?
なんて考えていると、谷野さんが少しムッとした感じに頬を膨らませていた。可愛い。可愛いけどこれは……拗ねてるのかな? どうしたんだろ……。
「わたしも下の名前で呼ばれたい」
「えっ、りっ……りんさん?」
「まだ他人行儀な気がするけど……仕方ない、妥協してやろう」
下の名前で呼ぶとしぶしぶといった様子で、でもどこか満足げに頷いた谷野さん、改めりんさん。
さっ、最近の子は下の名前で呼び合うのが当たり前なんですか!? 店長さん、どうなんですか店長さん!?
「んじゃ私ちょっと開店時間まで仮眠しとくから、なんかあったら起こして」
店長さん!! ほぼ初対面の二人なのに私一人置いていくのは……!! いや店長さんがいても何もできない感じではあるけれども!!




