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 酸素を煙に、体に毒を取り込み、真っ白い息を吐く。

 灰を灰皿に落とす。ライブハウスの外、タコスを食べにくる客の声が少し遠くから聞こえてきた。熱量を持った小さいちりが濁った水の中に落ちていくのを眺めながら、私は思案する。


 みちるがまたギターを弾けるようになって数日。元々の技術がトップレベルだった、というのもあってすぐに調子を取り戻し、通しの演奏は問題なく弾けるようになった。


 ……そして、ギターの腕の上達が、というより戻し作業と言った方が良いか。腕が戻る度に、みちるの表情が明るくなっていったように感じた。一度失った、自分が自信を持てる時間を取り戻す……というのは、みちるの中でとても大きなものだったのだろう。


 なので私は、みちるのルーティーンが元に戻ったというのは良いことだと思うんだけど……少し気がかりなことがあった。


 この世界がゲームの世界である。みちるが転生者である。なんて突然告白されても、信じられない……そう一笑に付すことができればよかったのだけど、そうでなければ通らない理屈がいくつもある……というのが問題だ。


 お嬢様が抱えるにしては明らかにおかしいPTSD、令嬢らしさの欠片もない振る舞い、そしてあの……数年練習した程度では到達できないギターの腕。そのどれもが、みちるが転生者であるという言葉で説明が付く。付いてしまう。


 もしみちるが転生者、生まれ変わりであるというのが真実であれば、この世界がゲームの世界である、というのも同時に真実であると確定してしまう。


「……まあ、そこはどうでもいいか」


 煙と一緒に、思考から雑念も吐き出す。


 そんなことはどうでもいい、重要な事じゃない。

 この世界が元々はゲームの世界だろうがなかろうが、この世界はこの世界、生きてるのは私だ。それにはなんら変わりはない。それを今更疑ったところで何かが変わると言う訳でもない。私は私で、みちるはみちるだ。本来ならば何がどう正しいかなんてどうでもいい、私にとっては、今のみちるがみちるなのだから。


 ただ問題なのは、もし仮に、みちるが言っていた事が全て本当だったとしたら……みちるが聞かされていたものが、本当だったとしたら。

 そして世界の細部はともかく大筋が、ゲームの通りに動くのだとしたら。


 ……永井みちる、という天才ギタリストは、近いうちに死ぬということになる。


「……どう、するべきか」


 みちるは作品の内容までは覚えていない様子だった。恐らくだが、あらすじを少しだけ知っている……程度の認識だろう。かといってみちるに、この世界がゲームであると伝えた人物は……残念なことに、私は連絡先も、顔すらも知らない為詳しく聞くことは不可能。


 そして何より、この世界はもはやゲームの世界とは大きくズレていっているとのこと。私やはくりといった人間は少なくとも存在していないようだし、ライブハウスだって存在しない。

 存在しないものがみちるの中心になってしまっているということは、細かい点だけでなく大筋すらも大きく変わってしまっている可能性が高いということに他ならない。


 ならばみちるの友達という人間の情報もあまりアテにはならないだろう。みちるの友達は元の世界の事をかなり熟知していたようだけど、この世界はもはやレールから外れている。情報が無いよりはマシだが、といった感じだ。


 となると、みちるが殺されることを回避するのは不可能なのでは、と不安が頭をよぎる。


「……あんまり情を入れるつもりじゃなかったんだけどなあ」


 当初は、みちるの技術を利用して勝ち上がろうと思っていた。完全に打算のみでメンバーに招き入れた。

 ……だというのに初日から落とされてしまった。ままならないというか、自分が案外チョロい人間だったというか……とにかく、みちるに死んでもらうと技術面でもだが、私のメンタルも困る。


 じゃあどのような手段が取れるか、どうすればみちるを守ることができるか。


 ライブハウスに来ないよう閉じ込めておく? 無理だ。いくら家でギターを弾けるとはいえ、そのようなことをされたらみちるは自死を選ぶに違いない。


 ならばひとみに護衛してもらう? それもまた現実的ではない。

 確かにひとみもこの街でバイトこそしているが、別に毎日という訳でもない。だがみちるは毎日この街の、このライブハウスに来る。必ずどこかにほころびが生じ、ゲームと同じ末路を迎えてしまうだろう。


「そもそもいつ死ぬかが分からないってのが、不便」

「えっなに物騒な事言ってんのさりん」


 一人煙草を燻らせ、灰皿に落としながら考え込んでいたりんに、駆け寄ってきたはくりに独り言を聞かれてしまった。

 幸いゲームの世界だった云々は耳に入っていないようで、「死期でも見えるようになったの?」と見当違いな方向に勘違いしている。


 ……とりあえず聞かれていないようでよかった。


「人はいつか死ぬ、っていうのは悲しいことだと思ってね」

「……絶対嘘でしょ」

「ほとんど近いから」


 はくりの死に関するセンサーはとても敏感だ。私が少し呟いただけで、その言葉を探ろうと近づいてくる。

 なのでそのセンサーを誤魔化す為に、当たらずとも遠からずな返答をしておく。ちょっと疑惑の目を向けられたが、まあそこは……多分寝たら忘れるだろう。


 私はこの喫煙所で三本目の煙草を取り出す。抱え込むには私には荷が重すぎる案件だ、煙草を浪費でもしないとやってられないというもの。


「……死の運命から逃れるには、どうすればいいんだろう」

「えっなに、りん生きたいの?」


 私が思わず零した呟きに、はくりが心底信じられないといった様子で口を開いた。

 煙草の煙を肺まで吸いこんで、そして吐き出して……思考を落ち着かせる。駄目だ、はくりに引っ張られる訳にはいかない。少なくとも今は、まだ。


「まだ死にたいって訳じゃない。私達の夢、まだ叶えられてないんだから」

「……うん、そう、そうだね。よかったぁ……りんまで理解できない人間になっちゃったらどうしようかと

思ったよ」


 私の言葉にはくりは、心底安堵したように胸をなでおろした。

 私の返答に嘘は無い。すべては私達の夢の為。だからこそ、みちるには生きてもらわないと困る……んだけど、仮に「この世界がゲームである」というのを伏せて情報を与えたとしても、はくりはろくな動きをしないような気がしてならない。


 ……ひとみは頼りにならないし、かおるは……こういった相談事を嫌うタイプ。


 つまりは、私は誰にも、みちる(あとついでに古川さんって人)の秘密を打ち明け、相談することはできないという訳だ。勘弁してほしい。ただでさえ、一人では背負いきれないようなはくりの秘密を抱えているというのに。


 私はため息の代わりに、輪っか状の形にした煙を吐き、はくりの顔に浴びせた。

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