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お昼時に、腕が完治したということもあって久しぶりに永井さんにギターを教わろうとしたのですが……何やら屋上で古川さんと話しておられました。
別にイジメという訳でも、引き抜きという訳でもなさそうでしたのでその場からクールに去って、授業が終わった放課後に永井さんと合流したのですが……。
「な、何かあったんでしょうか……?」
「永井ちゃん、心ここにあらずって感じですねー。魂抜けてない? ライブの時はあんなにかっこよかったのになー」
「……」
「……お姉さま?」
犬鳴さんに頬っぺたをぷにぷにとされるがままの永井さんを横目に、私はふと、古川さんと永井さんが話していたやりとりを思い出しましたわ。
あそこで何かしら……よろしくないことを言われた? それこそ、私達のバンドを抜けるよう促されるようなことを。
古川さんがそんなことを永井さんに言う可能性は……残念ながら、凄くありますわね。何せライブハウスのある場所が場所ですもの。控えめに言って治安がよろしいとはいえない町で、どう見繕っても治安の悪い様相のライブハウス……ライブ終わりの後、ご学友の皆さまに「高橋さんってあんなところに足げく通ってるんですね……少し意外です」と若干引かれた様子で言われましたもの。
それに、チケットを買ってくださったのに来られなかった、という方もいましたし……。
「……治安を恒常させるのって、どうすれば出来るのかしら」
「……お姉さま、何か変な事を考えていませんか?」
「永井ちゃんに似てきちゃいました?」
ギターの腕ならともかく、思考の方が永井さんに似てきたと言われるのは……まあいいですわ。ええ、永井さんと同じ世界を見るには多少思考を寄らせなければなりませんもの。
……ということで永井さんの立場に立って考えてみたのですが、永井さんは他者にどういわれようと自分の考えを曲げるような人ではありませんわね。誰に何と言われようと、自分の信じた道を突き進む、そういう方ですわ。その道以外のところから突かれたらちょっと過ぎるほど狼狽えますが。
となると、バンドを抜けなさいとか言われた可能性は低いですわね……じゃあ一体何を言われたのか、という話に戻ってきてしまいますが……何を言われたのかしら?
……駄目ですわね。情報が足りなさすぎるせいで全く想像がつきませんわ。
「……永井さん」
「はっ、はい……」
犬鳴さんに後ろから抱きつかれ、頬っぺたやら髪やらを好き勝手されている永井さんに、尋ねます。
まず無いとは思いますが、もしかしたらイジメのような酷いことを言われたら……永井さんは、心配をかけさせない為に、私達の誰にも告げません。自分の中に押し込め続けますわ。そして私たちが気付いた時には……なんて、よろしくない未来が嫌に鮮明に思い浮かんでしまいます。
そんな未来にたどり着かせたりはしませんわ……!! この高橋ひとみが、永井さんを可能な限りでいいから守りませんと!!
「屋上で古川さんと話されていた様子でしたが、それから様子が少々おかしいように見えますわ……古川くろこに、一体何を言われましたの?」
「あっ、その……えっと」
お昼の様子を見ていた、と伝えると露骨に狼狽える永井さん。
安心させる為、永井さんの手を取ります。弾き続けた結果硬くなっている指。全く肉のついていない、骨と皮だけの手を、私が両手で包み込む。
突然の事に目を丸くして驚いておりますが、考える暇は与えませんわ。
「……もし何か困っていたら、私が出来る限り力になります。だから……古川くろこに何を言われたのか打ち明けてほしいですわ。友人が……私の友人が、困っているのを放って置けませんもの」
安心させるよう、優しい声で……古川さんと何があったのか、聞きだします。
好意の波状攻撃、とも言いましょうか。考える暇を与えず、何があったかをそのまま聞かせる……あまり友人にこういった手口をしたくはありませんが、最悪の事態を防ぐためです。お許しを、永井さん。
しばらく茫然と、私が握った手を見つめていた永井さんですが……顔を見上げて、私に表情を見せてくださいましたわ。
……困惑の表情を。
……あら?
「え、えっと……どどどどうしたん、ですか? その、確かに古川さんと話はしましたけど……えっ、あの、なにっ、えっ?」
「その、何か悩み事があるものだと思ったのですが……もしかして、違いまして?」
「その、ギターの腕がおも、思ってた以上に落ちてたって悩みはあり、ありますが……これ、これは自分で解決しなければならない事ですので……」
……嘘をついている様子も、隠し事をしている様子もありませんわね。本当に純粋に、なぜこのような事を……? といった戸惑いが見て取れますわ。
なんだかんだと濃い付き合い。永井さんが嘘をついて、隠し事をしていた場合はすぐに分かりますもの。……直近であった、手足を捻った時の事を思い出してしまい少しメンタルにダメージが入りましたが、とにかく安堵いたしましたわ。
ってことは、私の考えすぎだった、ということですわね……なんだか、どっと疲れたような気がして、大きいため息を吐いてしまいましたわ。
はぁ~~~~~……よかったですわ……少しガックリした、というのもありますが……こんなもの杞憂であった方が良いものですもの。
思わず永井さんを抱きしめてしまいますが、ものすっごく心配したんですもの……このくらい、いいですわよね。
「あの、高橋さん……?」
「お嬢、永井さんのことすっごく大切にしてるんですねー」
「あうっ、あううっ……」
私に抱きしめられたまま、背後から犬鳴さんが永井さんの頬を指でつつく。最近永井さんにばかり構っているからか、若干拗ねているのかしら……意外と寂しがり屋ですものね、貴女。
後でその埋め合わせはするとして、今は永井さんですわ。とりあえず、永井さんが「大丈夫」と言うような大丈夫じゃない事態ではないとして……では何に悩んでいるのか。それを聞きださなければなりません。
「……お昼ごろから、何やら悩んでいる様子でしたので気になりましたの。永井さん……古川さんと何を話されましたの?」
「えっと、その……わたっ、私……」
永井さんに目を逸らされます。言うべきか迷っている様子……ですが、その表情に後ろめたい、被害を受けたといった感情は見えませんでしたわ。
ですが、どこか言いづらそうな感じ……本当に、一体何を言われたのでしょう。
やがて永井さんは意を決したように目を閉じると、深呼吸をしてから口を開きましたわ。
「おとっ、男の人を未亡人にする為の人間だったみたい、です……」
……はい?




