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少し前に前祝いでお昼に食べたタコス(一枚しか食べることができなかったけど)か、サボテンのサラダか、ワカモレか……とにかく私にしては珍しくもりもり食べた結果、ひねってすごい腫れていた手足が回復した!! いやあめでたい……とは言えないのが私。
少しギターを弾いてみたら、思っていたよりは下手になってはいなかったけれども……大変なのはここから。
誰もいない学校の屋上。ギターを取り出して、軽く弾いてみる。
QUEENのBohemian Rhapsody……脳内の引き出しから楽譜を出す。放課後の生ぬるい風に乗せて、脳内の楽譜通りに弾く。
……指が思い通りに動かない。ネックを押さえる指の動きが遅い。私の記憶にある曲とずれた音程が、練習用の小型スピーカーを揺らす。
怪我をする前の時ならまずしないミスが目立つ。テンポが速くなってしまう。駄目だ。曲調が乱れる。自分がしたとは思えない下手な演奏に焦ってしまっている。焦るな。落ち着け。ペースを乱すな。
なんとか一曲弾き終えた頃、私の中にあったのは完治した喜び……ではなく、人様に聞かせられない程下手くそになっていた自分への絶望だった。
「……やっぱり」
今までなら通しで詰まることもなく、ミスすることもなく弾くことが出来た。何度も、何十回と練習した曲。
それがこの様、やっぱり下手になっている。思っていたよりはマシとはいえ、今の高橋さんより下手なレベル。
思わずため息が漏れ出た。これを戻さなきゃならないのか……いや、戻さないとバイトで入るお賃金が馬鹿みたいに下がってしまうから、面倒くさがっている場合じゃないんだけども。
軽く見積もって、サポートに入るのと入らないのとでは、数万円くらい差が出てしまう。学生の身分において数万円の差はおおき……いや、この学園だとそうでもないか。みんな平気で数万数十万使うし。お金持ちばかりが通う学校だからね、ここ。
とはいえ私にとって数万円は、失うにはとても大きな額だ。
足立山さんに入れる家賃分をどうするか。怪我をしている間は特別に免除してもらっていたけれども、完治した今となってはそうはいかない……と思う。多分。何かと私に貢ぎたがるけど、流石に家賃とか水道光熱費に関しては線引きしっかりしていると思う。
とはいえ、それだけならまだいい。他のところでバイトを増やすなりすれば全然賄える。これでも色々な(業務外の)仕事をやってきた私だ、経験だけなら誰にも負けない。
問題なのは……
「次のライブ、どうしようか」
おまけに私の所属するゾディアック・クラスタはまだまだ規模も知名度も小さい。ここから、これからという時に「怪我していたので腕鈍っちゃいましたテヘペロ」なんて言ってられない。
「……なんとか、今月末までには元の腕に戻さなきゃなあ」
数か月もギターに触れることなく過ごしてしまった、というのはかなり大きい。もはや素人同然にまで鈍った状態から戻すにはかなりの時間を要するだろう。
ああもう、最悪……私が落ちて変な感じに怪我をしなければ、擦り傷や打ち身だけだったならこんなにも治癒するのに時間はかからなかったのに。
とはいえ嘆いていてもしょうがない。嘆いて、私を突き飛ばした人を恨んだからと言って、失った時間と技術が戻ってくる訳でもない。
となるとまたひたすら練習を続けるしかない。そうしなければ、私のギターテクが戻ってくることは一生無いのだから。
「はくりちゃん達に、迷惑かけちゃうなあ」
脳内で適当なスコアを引っ張り出し、譜面通りに弾く。今は学校、おまけにバイトは完全治癒してもしばらくは禁止……となると、このように時間の許す限りギターを弾くしかやることがない状態となってしまうというもの。
「治ったばかりだってのに早速ギター練習?」
「あっ、えっあっくろっ、くろこさん!?」
「やっ。隣でちょっと聞いてていい?」
声を掛けられたので見上げてみたら、そこには茶髪のポニーテールを風に揺らしながら笑いかける、古川くろこさんの姿があった……流石は原作ゲームでのヒロイン、夕日に照らされた屋上という舞台が様になっている。
というか何の用!? 私とくろこさんって、まあ初めてのライブに招待したりはしたけど……でもそのくらいの関係だよね……?
それがこんな放課後、普段なら練習しているであろう放課後の時間に、わざわざ私の為に時間を作って会いに来てくれるなんて……いや違うな、勘違いするな永井みちる。くろこさんみたいな美少女がわざわざ私の為に時間を作る筈がない。
これはあれだ。原作の攻略対象と夕日が見える屋上でデートとか、しっぽりやるとか、多分そういう目的でここに来たに違いない。つまり言いたいことは……
「あっ、そっそれじゃあ私はここらで失礼を……」
「えっなんで!?」
なんでってなんで!? えっ私に用事があったの!? いやいやまさか、そんな筈は……。
あれ、いないぞ? 原作だといる筈の攻略対象がいないぞ? どどど、どういうことだ……!? まさか本気で私に用事があるのかくろこさん……!?
「ぎっ、ギターの練習でしたら、いま、今の私ではぜんっ、全然力になれないかと……」
「あははっ、そんなに自分の腕に自信あるの? 面白いんだね、永井さんって」
そう言って笑うくろこさん。でもなんか目が笑ってないような……あの、敵視しないで。あのライブで見せた腕はもう無いのよ?
今はただのへたっぴギタリストなのよ?
「あっ、そんなに身構えないでよ永井さん! ……ところで、高橋さんは?」
「あっ、たっ高橋さんはその……今日はバイトでして……」
「えっ高橋さんバイトしてるの!? あの悪役令嬢が!?」
そう言って驚いた声を出す永井さん。
悪役令嬢……? 確かに高橋さんは顔つきこそちょっとキツいけど、中身はごく普通に優しく接してくれる、なんか私にだけ異様に優しい気がする女の子だと思うけど……。
いや待てよ。悪役令嬢……? なんか、なんか思い出しそうな……駄目だ、思い出せない。
「……やっぱり、私と知っている内容との差異が大きい……知らないキャラに、知らないルート……もしかしたら気にしなくていいかもしれないけれど……」
顎に手を当て、何やらぶつぶつと考え込む古川さん。
どうしたんだろう。ルート? キャラ? ……あれっ、もしかしていないの? はくりちゃんとりんさんって原作にいないの!?(⇐原作未プレイ)
というかもしかして古川さんって……と疑問を抱き始めたところで、色々と考えがまとまったのか、決意に満ちた目で私を見つめてきた。私は目を逸らした。人の目って怖いから。
「……永井さん」
「はっ、はい! なっなん、何でしょうか……?」
殴られる? 「お前軽音部にすら入ってないのに私より先にライブするとか生意気なんだよ」ってケジメつけられる? いや古川さんに限ってそんなことはない……と思うんだけど、うぅん……人間の内面ってわからないからな。殴られる覚悟くらいは決めておこう。
そうして顔にむんっ、と力を入れて待っていると……古川さんの口から衝撃的な問いが放たれた。
「永井さんも……転生者でしょ?」
「……はい?」
転生……転生者!? 何故知ってるんですか!?




