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バンドの誘いを受けた翌日、今日は学校は休みだしバイト先の開店時間ももうちょい先なんだけど……店長さんの計らいで、開店前業務を済ませることを条件に、ライブハウス『TRITONE』を開店開始までの間自由に使って良いと言ってもらえた。
二人が来る前にはりきって開店準備をして……社畜時代に培った清掃技術によって予定よりもかなり早めに終わってしまった私は、ぼうっと時計を眺めながら、二人が到着するのを待っているのだった。
時刻は午後1時……困った、やることがなくなってしまった。店長さんとかドリンクの在庫確認しながら、苦笑いで「張り切りすぎ」と私をからかってるし。
んで私は休憩を取らされて、ドリンクカウンターの席で座っているというわけです。はい。
「そんなに楽しみだったの、みちるちゃん?」
「あっはっはい、またバンド組めるとは思ってませんでしたので……」
「また……?」
でへへ~と笑う私を少し困惑した様子で、でも優しく微笑んでくれる店長さん。えへへ、店長さんは本当優しいから好き……。
まあ店長さん、見た目はいかついってレベルじゃないんだけど……長い銀髪で褐色肌の大人の女性って感じなんだけど、顔から肩にかけてがっつりと炎みたいなタトゥー入ってるし……目も私に負けず劣らず鋭いんだよね。まあ今の私は店長さんに威圧感では負けてるけど。
「この子バンド組んでたことあるんか……この性格で? まあいいや、ところでさ」
「はい」
「みちるちゃんとバンド組むって子たち、なんて名前なの?」
「……あっ」
きっ、聞くの忘れてたぁ……!!
いや、より正確に言うならば……名前聞いた気もする。あれ、聞いたっけ? あれは初めて代役に入るバンドから自己紹介されたんだっけ? ヤバイ、三バンドくらい連続で代役入ったから疲れで記憶から飛んでいて……あれっ、昨日私何してたっけ?
えーと確か、なんだ、なんだ……? 記憶が、記憶が思い出せない……!!
自分の記憶量の低下にあががっともだえていると店長さんがくすくすと笑っていた。笑いごとじゃないのに……。
「ごめんごめん、バンド立ち上げたってのにその初期メンバーの名前も知らないってのがおかしくてさ」
「……いや、あのっ、その、疲れてて……疲れててですねはい……記憶が若干濁っていたと言いますか」
「まあプログレにメタルにロックにだったからねえ、全部凄い技量求められるものばかりだったし」
そうなのだ。私が昨日代役に入ったところは、どういう訳かどこも高い技量のギターテクを求められるようなバンドばかりで……正直言うと体力の消費が激しいなんてものじゃかったよ、すっからかんなってたよ私。
というかバンドマンちょっと刺されすぎじゃない……? 私が代役入ったバンドのうち2つがギタリストが欠員した原因女から刺されたことだったよ……カキ食べて休まなきゃならなくなったギタリストの人、あなただけが癒しだよ。今頃地獄見てるだろう人に言うべきものではないけど。
「おっじゃまっしまーす!! さあバンド活動頑張ろう幽霊ちゃん!!」
「その前にお店の手伝いだよ、はくり」
「っとそうだったそうだった! さあ店長さん張り切ってお手伝いを……しま……」
そんなこんな話していると、私のバンドメンバーが入店。ところが入口のところでなぜか固まって、中々店内に入ってこない。
なるほど、あの子ははくりっていうのか。銀髪のポニーテールな女の子、覚えたぞ……!!
「どうしたの、入ってきなよ」
「はっ、はい……」
店長さんに促され、ゆっくりとこちらへと歩いてくるはくりちゃんとパーカーの人。まるで人形めいてぎこちない動きだなあ、なんて眺めていると、なんとはくりちゃん私の隣へと座ってきた。
なっ、なんで……!? 席他にもあるのに……嫌とかそういう訳じゃないんだけど、ちょっとびっくり。
店長さん私何かやっちゃいました? と視線を送れば、店長さんはそっと目を逸らした。
……いやはくりちゃんには何もやってない筈ですよ私!? ここの常連さんにはまあ、吐きすぎてトイレ占領しちゃったりとか、吐きすぎで首内部切って血がドバドバ出て救急車沙汰なったりとかいろいろ迷惑かけたけど……。
意外とやらかしてるな私。あれっ、もしかして見られてた? 昨日のライブ終了後トイレで吐いてて「うわっ血がすっごい出た!?」って悲鳴上げてたの見られてた!?
「あのっ、すっ凄い綺麗なライブハウスですね」
「ん、うん、ありがとう。みちるちゃんが凄い張り切ってくれてね、お陰で予定より早めに終わっちゃった」
カウンター越しに店長さんが私の頭をなでてくれる。えへへっ、前世も含めて両親にあまり撫でられなかったからとても嬉しい……。
なーんて笑っていると、ふと横目見たらはくりちゃんの目に涙が……なっ、なんで!?
「アタシたち何もしてないから、ここを使う権利なんてないですよね……」
「いや普通に使っていいよ!?」
「えっ、でも家ではママが『家の手伝いしない奴には飯も食べさせんし何一つ私が買ったもの使うのは許さん』って」
「大丈夫、大丈夫だからね!! この子が早く終わらせたってだけだから!! 自由に使って!!」
あれっ、はくりちゃんもしかしてネグられてる……? なんか明らかにヤバイ感じのワードが出てきたんだけれど……。
いやそれは私も人の事言えないか。なんてたって私、もう敷地をまたぐことすら許されてないからね!! 親子関係がバレた際に不利に働かせない為に学校だけはまともに通わせてもらってるけど、それ以外は全然……うん、全然だなあ。あと足立山さんへのお給料くらいだなあ、私の親が私の為にお金使ってくれてるの。
割と真面目に私が死んでも今世の両親悲しまない気がする……いやマナーも何も覚えることのできなかった私が悪いんだけどさ。
店長さんの言葉を聞き先ほどまでの落ち込んだ様子とうって変わってぱっと花開いたように笑顔になったはくりちゃんは「店長さんありがとう!」と叫び、店長さんに思いっきり抱き着いた。
「……ごめんね、はくりが色々と情緒不安定で」
「あっいえ、大丈夫です。こっ、こういう、こういう人たまに見かけますので……ここでバイトしていますと」
「ふぅん……あっ、そういえば名乗ってなかったね。わたしは谷野りん、んでこっちのが角田はくり」
「よろしくー幽霊ちゃん!」
店長さんから離れてぐっと私との距離を詰めてくるはくりちゃん……すっごいぐいぐい来るなこの子。
女子高生らしい良い匂い……でも少しだけ、足立山さんみたいな匂いもするかな? あとなんだろう、ほのかに鉄臭いような……。
「っと、幽霊ちゃんじゃなんだかあれだよね。呼び方がバンドメンバーっぽくないっていうか。君の名前も教えて!」
「えっと、永井です。永井みちる……」
「オッケー永井みちるね、うん覚えたよみちるん!! よろしく!!」
「みっ、みちるん!? あっ、こちらこそよろしくお願いしみゅあっ」
きゅっ、急にはくりちゃんに抱きしめられた……びっくりしたけど、なんだか落ち着くような……あっ、ヤバイ、全然寝ることができてないから眠気が……。
いやまだだ、まだ寝ちゃいけないぞみちる。この後バンドとしてあれやこれや色々と話さなければ……そもそも今寝たら、またトイレ掃除をし直さなければならなく……。
「はぁー、すっごい体温低いこの子……んでめっちゃ細い。骨盤がお腹に当たる。大丈夫かな」
「はくり、はくり」
「んー? どうしたのーりんー?」
「永井さん気を失ってる」
「えっ? ……あっ、起きてーみちるん! みちるーん!?」




