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「えっと……とこ、ところで、今日来たのは一体……どのようなご用件で……?」
珈琲を飲み終えたみちるが本題、私が今日みちるに会いに来た理由を尋ねてきた。
みちるには、何故私が今日ここに来たかの仔細は話していない。こういうのは素直に話すと、相手は隠したがる傾向にある……と思うから。今のみちるの他にそうなったことがある例ははくりしか知らないけど。
私はすっかり全部飲んでしまった珈琲のカップを置いて、みちるに向き直る。顔を逸らされる。
みちるの場合、隠し事があるのかそれとも純粋に目を合わせるのが苦手なのか分かりづらい。でも私の勘違いだったら、それでいい。それで終わった方が良い。
勘違いじゃなかったら、手遅れになる前に動かなきゃいけない。口を開く。
「……みちる」
「はっ、はい!」
「……私の勘違いだったらそう言って。みちる、今辛い?」
「……いえ、大丈夫ですよ」
私の言葉に、みちるはどもることなく、私の目を見つめながらそう答えた。
普段のみちるであれば、ギターを弾いている時以外はどもりながら答える。目線を私の方に向けない。笑顔は……普段から愛想笑いを浮かべてはいるから分からない。
でも、普段のみちると比べて不自然な点が二つもあった。
それだけで、私は自分が今日来たのが間違いではなかったと、間違いであってほしかったと思った。
「……みちる」
「は、はい」
みちるの普段の視線の動き。恐らくだけど、手をあげたら怖がれる。怯えさせてしまう。
みちるにそっと近づき、みちるの頭を抱きしめる。
「えっ、はっ、えっなっ、えっ!?」
私の胸の中で、みちるが戸惑いの声を上げた。
構わず、みちるの頭を、私の心臓の音を聞かせる様に抱き寄せる。……少し恥ずかしいけれども、確かこうした方が安心感を得られる、って聞いたことがあるから。
「あの、りんさん……一体……?」
「みちる、私とみちるは……友達、だよね」
「えっ、あっはい。わっ私はそう、そうだと思っていますけど」
「……私にもっと、頼ってほしい。なんでもいいから。……友達、なんだから」
こうして来たとはいえ、私は口が上手い訳ではない。むしろ口下手な方だ。
だから、みちるから弱音を吐き出させる上手い方法を知らない。どうやったら、私を、弱っているところを見せていいと思われるのかを知らない。
だからこうして直接ぶつかるしかない。直球でいくしかない。
「いつも、たよっ、頼っていると思いますが……りっ、りんさんにたよ、頼りきりだと思います、私」
「……辛いことがあったら、言ってほしい。吐き出してほしい。みちる、私を信じてほしい」
「……辛い、こと……」
私は直球で、思いをぶつける。
歌詞で知らない誰かに届ける時は上手く行くのに、どうしてこう……友達となると上手く言葉が出てこないんだろう。直接的になってしまうのだろう。
もしこれで本当に自分の勘違いだったら恥ずかしくてまともに顔が見れなくなるかもしれない。
……なんて思っていると
「えっ、あれっ、なに……なんで、わっ私、泣いて……?」
私の腕の中で、しゃくりあげる音が聞こえてきた。服を濡らす箇所が、大きくなっていくのを感じた。
自分がどれだけ苦しんでいたのか、辛かったのか、無自覚だったみたいだ。……それらを全て曲や歌詞にぶつけるのは健全な昇華ともいえるが、それで晴らしきることはできなかったのだろう。
どうやら私の予感は当たったらしい。当たってほしくはなかったけど。
「ほっ、本当に、本当に良いんですか……? りっ、りんさん、りんさんじゃ、解決できない……誰にもかい、解決できない事でも……」
「いいよ。全部ぶつけて」
……私の言葉と、こんな不器用な行動で決壊してしまうくらい、ため込んでいたんだ。気付けなくてごめん、みちる。
押し殺すように、誰にも聞こえないように泣きながら。それでも尚みちるは確認を取ってくる。話す事以上に、みちるは甘えるのが下手だな、なんて思いながら……みちるの目に浮かんだ涙を、指で拭ってあげる。
ため込んでいた筈だ。毎日怖かった筈だ。誰かに突き飛ばされたのだから。ひとみに送り迎えしてもらうまでの、電車通学の毎日が怖かったに違いない。
そんな恐怖を誰にも話す事無く、胸の内に秘め続けて、怖がりなら生活してきたんだ。……私が解決できなくても、その辛さを和らげるくらいは、手伝わせてほしい。
「わたっ、私……辛いです。ぐすっ、とても、辛いんです……」
「うん」
「もう、本当は、もう生きるのも嫌に……ひぐっ、やなんです」
「……そっか。うん」
「……ギターが、えぐっ、ギターが、弾けない……やだ……こんなんじゃ、いきっ、生きている意味なんて無い……」
「今も曲を作ってる。そんなことはない。みちるは、必要な存在だから」
「ちがっ、違うんです……ぐすっ、私のいっ、いきる、生きる意味は……理由は、ギターだけっ、なんですよぉ……弾きたい、ひぐっ、弾きたいよぉ……」
……うん?
しゃくりあげながら、押し殺すように泣きながら心の内を吐露してくれているみちるを慰めながら、みちるの言葉に違和感を抱いた。
ギターを弾けないのが辛い、というのは、私も理解できる。手と足にギプスをはめられていて、ギターのような手首をよく使う動きができなくなってしまっている。それが弾けない、という辛さは私にもよくわかる。
……でも、”それだけ?”
「……みちる」
「ひぐっ、なっ、なんですか……?」
「……その、他のは無いの?」
ギターが弾けないのが辛い、と言うのは分かる。理解できる。でもそれだけじゃない筈だ。もっと、こう……突き飛ばしてきた人に対しての恨みとか、そういうものもある筈。だというのに……私の腕の中で泣きじゃくるみちるは、ギターの事しか言わない。ギターを演奏出来ない事しか吐き出さない。
自分を突き落とした人への言及が、意識すら一切無い。
「突き飛ばした人への恨みとか、そういうのは……?」
「ぐすっ、えっと……別に、う、恨んでも、ふく、復讐しても……なお、治る訳じゃありませんし……復讐してもしなくても、べつ、別に……ギターが弾けるように、なる、訳じゃありませんから、特には……?」
みちるが泣きながら顔を上げ、不思議そうに言った。
途端に私は、みちるが得体のしれない化け物のように思えた。
確かに、突き飛ばした人を捕まえたってみちるの手足が治る訳ではない。だが、だからといって普通恨まずにいられるだろうか。憎まずにいられるだろうか。
そして言い方からして、心清しくあれと信念を抱いている訳でもない。ただ本当に、ギターを弾くのに関連しないからどうでもいい、と思考の外に出している様子だ。
また私の胸に顔を埋め、ギターを弾けない事に対し嘆き始めたみちるに、私はみちるに畏敬と畏怖を抱きながら、頭を撫で続けた。




