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今日はバンド練習は休み、個人個人でそれぞれの楽器の練習をするなり、リフレッシュをするなりする日。
あまり自分から他人の家に遊びに行くことはない私は、みちるの家の前、インターホンの前で立ちすくんでいた。
流れる汗は……蒸し暑さのせいだけじゃないかもしれない。ごくりと生唾を飲む。
みちるじゃないけど、自分じゃない人の家のインターホンを押すとなると緊張する。
私自身元々あまり社交的な方ではなかった、のだけれど……この顔に火傷跡がこびりついてからというもの、更に拍車がかかった感じがする。さらに外に出る機会がかなり少なくなってしまった。
昔からの知り合いのはくりの家とは違う。一人暮らしをしているかおるの家とも違う。家政婦さんがいて、その家に暮らしているみちる……いや待てよ、なんでみちるが家政婦さんの家で厄介になっているんだ?
現実逃避にあれこれ考えてみたら疑問が浮かび上がったが、今はそれは関係ないので脳内からかき消す。
ポケットから取り出したハンカチで汗を拭き、生暖かい風を吸い込み、インターホンを鳴らす。
『はーい、どなたっすかー?』
「……永井みちるの友達の、谷野りんです。みちる……さんはいますか?」
『……お嬢の友達っすか? うーん……まあいっすかね。ちょっと待っててくださいっすー』
そう言ってインターホンの通話が切れた。
そうしてしばらくして出てきたのは……メイド服ではなく上下褐色のジャージを着た女性。茶色いウルフカットから覗く耳には大量のピアスが、太陽の光を浴びてギラリと輝いている、みちるの家政婦……足立山さん、だったっけ?
「はいはいどうもー、暑かったっすよねー。入って入って」
「お邪魔します」
足立山さんに促され、家の中に入る。
足立山さんの言うように家の中は少しひんやりとしていて、汗をびっしょりとかいていた私としては少し寒く感じた。
「みちるは今どこにいますか? えっと、足立山さん……?」
「お嬢っすか? 今はリビングで作業してるところっすよー」
作業……そう聞いて頭に浮かんだのは、みちるから異様な頻度で送られてきたDTMや歌詞の数々。玉石混合、没にしたものもいくつかあるけど……あの作業速度は少しおかしい。
まさか今日も作ってるとは思わなかった。
「……ギター弾けないから、せめてもの手慰みにって感じみたいっすねー」
「みちる、ずっとギターに触れて過ごしていますもんね」
「いや本当、ギタキチの擬人化かってくらい家でも触ってるっすからねー。平日にも短くて十時間練習してたし」
毎日十時間、ってのには驚かない。でも短くて……!? 足立山さんとの雑談で、みちるがあそこまでギターが上手い背景が見えた気がした。
それにしても、大きい家だ。そこそこ大きな病院の待合室から診察室までを彷彿とさせるくらい歩いたかもしれない。
茶褐色に塗られた扉を開くと、マウスをクリックする音、そして足で床をリズムよく叩く音が聞こえてきた。
「お嬢ー、お友達が来たっすよー」
「よっ、みちる」
「……」
「……今、曲作りに集中してるっぽいっすねー」
言われなくても理解するよ。私も曲を作っている時は同じようになるから。
ヘッドホンを付けて、メロディを打ち込んでは再生し、修正しと繋げていく。曲作りはまるで刺繍に似ていると思う。集中すると周りが見えなくなることも含めて。
「落ち着くまで待っていることにします」
「そうしてくださいっす。……お嬢、最近元気無かったっすし、気付いたら喜ぶと思うっすよ」
みちるの顔を見つめながら言うと、足立山さんの足音が遠くなっていくのが聞こえた。
みちるの隣に座り、みちるの顔を見つめる。
集中している。没頭している。自分の世界に入り込んでいる。私がバンドマンの顔で一番好きな顔。だがやはり、いつものみちるとはどこか違うというか……影が差しているような気がした。
そして足立山さんの言葉。最近元気が無かった。その言葉で私は確信した。
永井みちるは、今病んでいると。
背中に衝撃を受けて、気が付いたら落ちていたとみちるは言っていた。
今のみちるは、きっと忘れようとしているんだ。あの時の恐怖を。でも、忘れられない。その恐怖が音となって、メロディとなって、姿を現しているんだ。
……きっと、学校に行くのも怖い筈。だってもし私が、私に同じことが起きたら、多分だけど外を出るのも、電車に乗るのも怖くなる。
「……うん、良い感じ。破綻は無いし、弾けない音になってない。後は誰かに……足立山さんにでも試聴してもらってブラッシュアップして……ちょっと休憩しよう」
「珈琲飲む?」
「あっお願いします」
テーブルに置いてある瓶のふたを開けて、中に突っ込まれていたスプーンで一杯掬い、白い陶器製のカップに入れる。お湯を注ぐと、湯気と共にナッツみたいな甘い芳醇な香りが上がってきた。
ラベルを見るとブルーマウンテンの文字……高いやつだこれ。よかったのかなこれでと思ったものの、近くに他の瓶は無い。多分これが、この家で飲む珈琲なんだろう。
私の分は……入れちゃおう。同じくカップに粉を入れ、お湯を注ぐと同じように甘い芳醇な香りが上がってくる。これが高級品の香りかあ……。
「はい」
「あっ、ありがとうござ……りんさん!?」
「危ないっ!! 落ち着いて、みちる!!」
カップを手元から落としそうになっていたので、みちるの手を取って零さないよう動きを止めさせる。こんな高級品を床に零すなんて勿体ないからね……この家では常用していたとしても流石に焦る。
なんとか落ち着いたみちるは、私が淹れた高給インスタント珈琲を飲む。砂糖もミルクも無しで飲むんだ……。
私も、普段は砂糖を入れてるところだけど、流石に高級品だしなってことで今回は無糖で一口。
……なにこれすっごい飲みやすい。えっ本当に珈琲これ?
「ふう……えっと、りっりんさん……いつ、いつの間にここに……?」
「十分くらい前かな。……というか、行くって言ったよね」
「あっ、えっ嘘、もうこんな時間……!?」
みちるがPCに表示されている時刻に目をやると、驚いたように目を丸くした。
集中して時間が分からなくなる、というのは往々にしてある……実際、私もよくある。朝に作業開始したのに気が付いたら夕方だったとかざらにある。だから、覚えのある狼狽え方に思わず笑みがこぼれた。




