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高橋さんの計らいによりなんとか保険証無しでも治療とお医者さんからの説教を受けられた私は、高橋さんの高級車に乗って帰路についていた。
さっきから訝し気な目を向けて来る高橋さん。そしてその視線を受けるしかない、ギプスで左手と右足が固定されている私……なんで私こんなに見られているんだろう。
しかしどうしようか……足はともかく、この手。これじゃギターを弾けない。固定する為のものだから当然なんだけれども、ものすっごい邪魔で外したくなる。
「絶対、外しちゃ駄目ですわよ?」
「はっ、ははは……そっ、そんなことするっ、するわけないじゃないですか……」
うぐっ、私の心を読んだ……!? 実際高橋さんにお金出してもらっていなかったら外していつも通りギターの練習をしていたところだったけども、流石にあの額を出してもらっていて外すなんて真似するはずないじゃないですかはははは。
いや凄いかかってびっくりした。五万円くらいかかってたもん。気にしないでいいって言われたけれども、明日にでも返さなきゃなあ……お金の貸し借りの不思議なところなんだけど、時間が経つにつれ金を返すのが相手に盗られたって感覚になっちゃうらしいんだよね。私わかんないけど。
「あのっ、絶対お金は明日には返しますので……」
「別に焦らなくても構いませんわよ? それよりも、治すことが第一ですわ。そうしないと私のギター練習に支障が出ますもの」
あっ、そうか……早く治さないと私だけじゃなくて高橋さんの活動にも支障が出るんだ。
早く治さないとなあ、とは思いつつもかといってどうやったら治癒速度が上がるかというと……まず十分な睡眠、これは無理。栄養満点の食事、吐いちゃうから無理。安静にしておく。……これくらいしかできない。
「……これ、治るんですかね? まっ、毎日吐いてふみっ、不眠症の私が」
「とりあえず牛乳とか、栄養のある液体のものを摂取すればよろしいのではなくて?」
あー、その視点は無かった。食事と言えば固形物って固定概念にとらわれてたな私。そっか、栄養になるんだから一緒か。
んじゃ足立山さんに牛乳と栄養サプリ買ってきてもらおう。あれなら楽に確かに栄養補給できるから……とお願いしようとスマホを取り出しそうとしたところで、ふと今まで見ないふりをしてきた問題点が浮上してきた。
……この状態をどう説明しよう。
足立山さんには何事もなくライブが終わったかのようにメールを送ってしまっていたのだけれども、実際はこうして腕と足の内部を結構痛々しい感じで損傷してしまっている。
当然、これを見られたら足立山さんに心配をかけてしまう。そればかりではなく、永井家からの援助打ち切り、私という存在に怪我を負わせたことで足立山さんが解雇され路頭に迷い、そして私は癒えの座敷牢に閉じ込められて一生を……。
となるとどうにか隠したいものだけれども……このギプスを隠せるかというと、その、隠せないよなあ。外すしかないよなあ怪我したこと隠すには。そして外したらバレるよなあ怪我が。
「あれっ私詰んでる……? どう考えても心配かけるコース……?」
「永井さんはもう少し、周りに心配をかけて頼る。に慣れた方が良いと思いますわ」
「……慣れることができないからこっ、こんな事になってるんですよ」
というか悩みの八割がね……前世絡みというか、フラッシュバックというかだからね……こんなもん相談されてどないせいっちゅうんじゃって話なのよね……。
まあ、あの頃みたいに怪我してるところ蹴られておしおきされるなんてことは無いと思うけども……もしくは大げさとか言って馬鹿にしたりとか。いや無い、無いよな……? あぁもう前世の記憶邪魔!!
「っと、着きましたわね」
「えっあっもう!? なっなにも言い訳思いついて──」
「素直に全部話した方が良いと思いますわよ? 誰が原因で落ちたかまで、ちゃんと……ね……」
そう言って高橋さんは、私を車から降ろしてさっさと行ってしまった。
いや私の後ろに人の影があっただけで、それイコール私を押したって訳じゃないと思うんだけど……高橋さんは断定犯人と決めて睨んでいるみたい。
多分偶然当たっただけだと思うけどなー……と私の背後にいた可哀想な人に心の中で合掌しながら、ギターケースを背負い、この状態だと鍵を開けづらいのでインターフォンを鳴らす。
『はーい』
「あっ私です、永井みちるです。ちょっ、ちょっと開けるのが、難しい状態ですので……わたっ私の代わりに開けてくださいますと、助かりますのでおねがっ、お願いします」
『……ほほう? 差し入れやプレゼントでいっぱいなんすかね? ちょっと待っててほしいっすよー!!』
インターフォンから聞こえる足立山さんの声はとても嬉しそうで、それだけに……その気持ちを裏切るのが、申し訳ない気持ちになる。
でも隠せないしなあ、つける事になっちまったもんはしょうがないからなあ……。
しかし立ちづらい。片足だけ軽く上げてる状態だから仕方ないんだけど、すっごく立ちづらい!! 松葉杖で一応バランス取れてるけど、足と違って柔軟に本能的にバランスとってくれるって訳じゃないから……。
「お嬢、お帰りー……」
と自分のバランス感覚に四苦八苦していると、家の扉が開き満面の笑みの足立山さんが出てくれた……けど、その表情のまま凍り付いたように動かなくなってしまう。
えっと……どうしよう。マジで動かない。時間停止でもした?
「……あの……た、ただいま……」
「なっ、ななっ」
足立山さん壊れた? もしかしてアンドロイドだった? と思ったのもつかの間、急に再起動した足立山さんが凄い勢いで私に駆け寄り、肩をガックガクと揺さぶっあっ待ってこれヤバい待って足立山さん。頭もだけど脱臼してた腕の痛みに響く!!
「何があったんすかお嬢!? なっ、なんすかその怪我!? なんすかそのギプス!? えっ見送りした時そんな怪我負ってなかったっすよね!? なんで、なんでそんな……」
「あっ、あはは……ちょっ、ちょっと階段でころ、転んじゃいまして……」
足立山さんの顔を直視できないので目線を逸らして答える。実際あれは事故みたいなものだと思う、うん。多分。なのでちょっとした事だ。
あのっ、だから泣かないでください足立山さん。私そんな泣かせたい訳じゃなくてですね……ぐえっ、抱きしめないで!! ああっ松葉杖が!! 大丈夫これ落として割れたりしない!?
「……行きと帰り、どっちで転んだんすか」
「あっ、えっと……行きの方、です……はい……」
流石にこれは誤魔化せない。誤魔化したら申し訳なさというか、嘘をついた負い目を感じて生きようと思えなくなる気がするから。
「なんでっ、なんでウチに連絡してくれなかったんすか……!! そうしたら迎えに行ったし病院にも連れて行ったのに……お嬢、もしかして、その状態のままライブしたりとか……」
「あ……えっと、このくらいなら……だっ大丈夫だと思ったので、はい」
あっこれ失言だった。
捻挫と脱臼したままライブ決行したって聞いた瞬間、足立山さんの抱きしめる力が強くなった。少し痛くて苦しいくらいに。
しかも服が、足立山さんの顔がある部分の服が冷たくなってきた……こうなると流石に申し訳なさで胃が。胃が痛い……。
そろそろ苦しくなってきたので足立山さんの背中をタップする。すると目元を赤く腫らした足立山さんと私とで目が合う。
「……お嬢」
「はっ、はい」
「これから、怪我した時は絶対ウチに連絡すること。何があってもっす。約束できるっすね?」
「……はい」
普段からお世話になっている足立山さんにこうも泣かれちゃ流石に申し訳なさが有頂天だったから、私は足立山さんとの約束に頷くしかなかった。
……なんで足立山さん、私の為にそんな泣いてくれるんだろうか。そんな疑問を抱きながら、足立山さんに拾ってもらった杖をついて家の扉をくぐった。




