41
高橋さんに車に乗せられて、連れてこられたのは結構大きな病院だった……。
誰もいない待合室。私がいるので天井に張り巡らされた待合室だけ営業中とばかりに電気をつけられていて申し訳ない……。
それでいて他の病室とか手術室とかに繋がる廊下は省電力の明かりになっている……やっぱデカい病院は違うなあ。
いや違うなあじゃあないよ不味いよこれは!!
いやあの高橋さんとの話の流れからしたらここに連れて来られるのはそりゃそうかってなるんだけど……えっ、でも不味いぞどうしよう……足立山さんには……駄目だ高橋さんと一緒に帰るってメール送っちゃってる。怪我? したなんて言えないよ。余計な心配かけちゃう。
というか不味い。病院は不味い……!! 有無を言わせぬ迫力出されたので何も言わずに待合室に座らされてるけど、本当に非常にこの状況は不味い……!!
病院に行ったと今世のお父さんにバレちゃったら学費振り込んでもらえなくなる。たしか「ニュースや事件になるような事をしでかしたら完全に見放す」って条件付けられてたし。半ば勘当から完全に勘当になっちゃう!! 高橋さんは受診した事実も簡単にもみ消せるって言ってたけど、それでもバレる可能性はあるし。
そうなったら……もしバレたら、学費の振り込みが停止させられちゃう。そうなるとバイト代だけじゃ顕花高校の学費を賄うのは無理だし、となると高校中退ってことになるし、最終学歴中卒なっちゃうし……バンドマンとして生計を立てていくしかなくなる……?
「……専業バンドマンとして今後の人生生きて、27歳くらいで死ぬ……って考えたら今の貯金でも……」
……あれっ、そう考えたら悪くない、のか……? いや高橋さんとの繋がりが無くなるのは不味い! あの歌声は唯一無二だし、ギターの腕の上達も著しいというか怖いレベル。あれを失うのは世界の損失と言っても過言ではない。
……無い、けれども……高校中退とかはくりちゃんとりんさんみたいな友達との付き合いとかがバレたら……絶対辞めさせられる……。
正直、同じ高校に通っている私がいるってのでギリギリ帳消しできてるところあるし。あるか? あるかな……どうだろう……。
「なにブツブツ言ってますの……?」
「あったかっ高橋さん……そのえっと、将来について少し考えてて……」
「永井さんが考えるべきなのは将来ではなく今ですわよ? ほら、先生待たせてますから行ってらっしゃいまし」
「あの、そのことなんですが……」
「まさかここまで来て診てもらいたくない、なんて言いませんわよね?」
ここまで来てというか連れてこられたのですがそれは……あっいえなんでもありません、すみません。
別に病院嫌いって訳じゃないんですよ本当に。行って問題ないなら通った方が良いなとは自分の事理解してるので。ただ行きにくい理由が色々あるだけで
「ほっ、保険証、無くて……」
「後で見せに来たらいいですわ。お金が心配なのでしたら、ここは私が立て替えておきますので」
「あっいえそういうことではなくてですね……いっ、家にも無いん、ですよ……」
そう言うと信じられないものを見るような目を向けられた。うんそうだよね、そういう反応するよね。それが普通の反応だよね。私も他の子に「保険証家にも無いんだよね~」って言われたら同じ反応するもん。
ただ、私は保険証を持っていない。マイナンバーカードも無い。形としては永井家の方の扶養に入っておらず、かといって国民健康保険って訳でもない。
厳密に言うと存在しない、って訳じゃないんだけど……戸籍を証明する為の代物が全部実家の方にあるんだよね。もちろん住まわせてもらっている足立山さんのとこにある訳もなく、そして実家の方は立ち入り禁止になっている訳で……。
「……もしかして、私って私を公的に証明する物全部持ってない……?」
「……ああもう仕方ありませんわね! 私が全額負担いたしますわ!!」
「……えっあのそれは、駄目だと……思います……」
えっ? は? いや、いやいやいや、それは駄目でしょ高橋さん! そんな、友達同士でお金の貸し借りなんて……。
いやでもなんか引きそうにないぞ高橋さん……何故だ!? 高橋さんも足立山さんと同じ貢ぎたい族なのか!?
「そのまま放置している方が駄目ですの!! いいから診てもらいますわよ!! ちょっと診てもらって治療するだけですから、怖くありませんわ」
「でもあのっ、病院行ったことが家にバレたら……完全に勘当されちゃいますので……」
「ここは私のお父様が経営している病院、永井さんが治療したことをもみ消すくらい訳ありませんわ!」
えっここ高橋さんのパパの職場なの!? あっそういえばそういう設定あったっけ……すっかり忘れてた。そもそも前世の事思い出すのトラウマなっちゃってるから、うん……。
というかもみ消すことも簡単って……ええっ、いいのそれ?
「とにかく、行きますわよ! 不安なら私が手を握っててあげますわ!!」
「はっ、はい……わかっ、分かりました……」
もうここまで来たら観念するしかない。高橋さんは絶対に折れないタイプの人だし、正直私も治療できるなら早めに治療しておきたかったところだし。
「しっ、失礼します……」
「はい、こんばんは」
高橋さんに肩を担がれ、診察室へと入室する私。高橋さんに椅子に降ろされ、靴と靴下を脱がされる私。
あれっ、なんで自然に高橋さんに脱がされてるんだ私? なんでされるがままなんだ私?
「あのっ、高橋さん……?」
「足首の捻挫及び左手首の脱臼ですわ。永井さん、怪我をされたのは何時頃でしたの?」
「あっ、えっと……お昼前、だったと思います……」
あの、先生……普通「今日はどうされましたか?」から入るものじゃないんですか先生? なんで高橋さんの診断を黙って聞いているんですか先生? もう完全に、親と子供じゃん……!! 病院の付き添いに来てる親になってるじゃん高橋さん……!! 先生も頷いてないでツッコミ入れてよ……!!
と願ったものの当然私の思いは届かず、ひやりとした手で先生は、パンパンに腫れた手首と内出血で凄い色になっている足首に触れる。
「いつっ……あっ、大丈夫です……」
「痛い時は痛いって言って大丈夫ですからね……こんな状態でライブやったの君」
「あっはい。みっ、みんなの予定を狂わせちゃ駄目ですから……」
「その気遣いをちょっとでいいから自分にも向けられるようにしなさいね。……あー、かなりずれてるね。というか、これに加えて捻挫もしたんでしょ? よくそんな状態でギターなんて弾けたね君」
OLのお姉さんに応急処置をしてもらったのだけれど、どうやらあまりうまくハマってくれてなかったみたい。結構痛い思いしたのに!!
というか、あの……先生の顔もだけど高橋さんの顔が怖い。凄い怖い顔で睨んでくる。
「捻挫も脱臼もギプスで固定して安静にしてもらわないといけないね……しばらくギターは弾けそうにないよ」
「えっ」
私の怪我の具合を見ていたお医者さんが、とんでもないことを言った。
ギター……弾けない……? 私、毎日ギター弾かないと生きていけない人間なのに……?
いや、待て。まだわからない。数日程度だったらギリギリ我慢できる筈……!!
「あっ、あの……先生、治療にかかる時間って、何日くらい……」
「早くて数週間だね。治りが遅いと2カ月くらいはかかるかな?」
数週間……早くて数週間!? しかも遅いと2カ月!?!?
嘘でしょ、そんなにもギター弾けない期間が出来るなんて……私、どう生きていけば……。
助けを求めようと高橋さんの方を見るも、ゆっくり首を横に振られる。
わたしは めのまえが まっくらになった。




