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今回代役に入ったバンドは全部で三つ。変拍子のドラムに合わせるのに比べたら、他のバンドはごく普通の……といえば言い方は悪いけど、少なくともあんな無音が重視されるような音楽じゃないから比較的問題なく終わらせることができた。
本当疲れた……私はステージから降りて観客たちに紛れる。バンドマンとてひとたびライブが終わればただの人、楽屋で待機するのではなく観客席で他のバンドマンを眺めるのが通例だ。まあ普通に帰るバンドマンさんもいるんだけど。ライブ疲れるしね。まあ私の場合バイトもあるから帰れないんだけどね……。
……本当はもう一度バンドを組んでライブをやりたい。でもそこまでやるには足りないからなあ、コミュ力とかコミュ力とか。あとコミュ力とか。
「お疲れ様です、永井さん。何か飲みますか?」
「あっ、じゃっじゃあコーラで」
「はいはーい、ちょっとお待ちをー」
同僚のドリンクさんからコーラを受け取って、今ステージで演奏しているバンドを眺めながら、歯に当たらないように気を付けながら直接喉を潤す。へへへっ、バイト特権でドリンク無料……飲食店のバイトはこれだから美味しいんだ……。
「ひっ、一休みしたらドリンクの方交代しますね」
「あんだけ演奏してバイトもちゃんとやるつもりなの、凄いですねえ永井さん……」
「せっ、生活がかかってますので……」
「……他のバイト探した方がいいと思いますよ? ここも言うて最低賃金レベルですし」
普通のバイト+代役ギターorベースという臨時収入も入るから普通のバイトより若干得なんですよ。まあ他のバイトだとうまくいかないってのも大きいんですけれども、へへっ。
後まあ、なんだかんだ音楽に囲まれて生活したいってのと、ギターを弾いてお金になるってのが代えがたいってのもある……親からの、親からの圧力さえなければあんな会社に入らずに済んだのに……!!
「……あの、大丈夫ですか永井さん?」
「ハッ! だだだ大丈夫です! ちょっと昔を思い出してメンタルに傷がついていただけですので!!」
「そっ、そうですか……もう少し休んでて大丈夫ですよ」
気を遣わせてしまったぁ……!! 本当ごめんなさい、ありがとうございます。前世の会社だとこうやって休むこともできなかったなあ……体調悪いって言っても出社させられて、草むしり(無給)やらされた後休む間もなく仕事させられて……。
嫌なこと思い出しちゃったな~、と今ステージに上がっている社会人バンドの愚痴みたいな歌詞のロックを聴きながら思っていると、黒いパーカーを着た女の子と、手の甲辺りが隠れるくらい長い服を着た女の子が私の隣に挟み込むように立った。パーカーの子からはほのかに煙草の匂いが、んで銀髪ポニーテールの子からは……鉄の臭い? かな?
あきらか高校生が漂わせるようなものじゃない香りを漂わせた二人に挟まれてる……なんだ、何をした私。
目線でドリンクさんに助けを求めるもニコニコ笑うだけで全く取り合ってくれない……楽しんでいるなドリンクさん!! 他人の不幸を!!
「……あっ、あのっ、今持ち金全然なくてですね、本当全然なくてその、ここ一週間分の食費しか入っていないような状態ですのでどうか見逃してくれはしませんでしょうかいや本当飢え死にだけは勘弁してください私学生の身分ではありますが食費も光熱費も自分で補わなければならないのであのどうか一万円だけで勘弁を」
「えっなんの話……?」
銀髪の子に怪訝な顔で首を傾げられた。
あれっ、カツアゲじゃない? でも二人で逃げ場無くすように挟んでいるってことはこれカツアゲじゃないの?
なんて頭に?マークを浮かばせていると、金髪の子がごほんと咳を鳴らす。
「君だよね、幽霊って」
「えっあっ、はい……えっ!?」
わっ、私がこの箱でちょっと特集された幽霊だってバレた!? いや、別にバレても構わないんですけれども……なんだったら箱の壁に私と一緒に組んでくれるバンドマンの方募集とか張り紙貼ってるんですけれども……あれっ、ない? あそこの壁に貼っていた筈なのに無くなってる!?
「私の貼り紙捨てられた……? 5時間くらいかけて作ったチラシが……」
「おーい、もしもーし。聞いてるー?」
「はくり、こういうのは……これで治る」
そう言ってパーカーの人が取り出したのは黄金飴、それを口の中に押し込まれる。からころと口の中で転がすとザ・砂糖って甘さが口いっぱいに広がってこれは……落ち着く。
「あっ落ち着いた。よかったよかった。それでね幽霊、さんでいいのかな? 君にお願いがありまして」
「わっ、私にお願い、ですか……? あっ、代役ギターのお仕事の依頼ですかね? それともベース? どちらでも大丈夫ですよ、ライブ1回1,500円です」
「じゃなくて、私たちと一緒にバンドを組んでほしい」
「……バンド?」
えっと、バンドっていうとあれですよね。今ステージでライブしていたりする、みんなと組んでやるバンドですよね? 代役みたいに一時的に入るものじゃなくて、ずっと一緒に練習して、ライブもしてってする……。
バンドぉ!?
「えっ、あの、良いんですか!? 私なんかをバンドに誘って!?」
「幽霊ちゃんしーっ、まだライブしてるところだから声は控えめに」
「あっすっすみません……えっと、その」
「君なら私たちに着いてこられると思った」
胸を張って自信満々に言うパーカーの子。
その口ぶりからするにかなりうまいんだろうか、それともただのビッグマウスなんだろうか。でも私の腕あんまりだからなあ、なんというか……音源があるならなんとか演奏できるけど、こと自分の演奏となると、まだ長いブランクから感覚を取り戻すことが出来ていないのが現状だし。
幽霊ーなんて異名で呼ばれてはいるけれど、正直そんな異名付けられるほどのギターの腕ではないし……。
というか幽霊って異名シンプルに悪口じゃない? あれっ、私音楽雑誌界隈にいじめられてる?
「……君の演奏を聴いて、見てわかった。何かを無理やり押さえつけて合わせているでしょ? 本来の君のギターとは違う音を奏でているように思えた」
「そっ、それは……」
まるで何もかもを見透かしているように、ハイライト、っていうのかな? 光の無い瞳が私の目を見つめる。
パーカーを着た彼女の言うように、私は自分の音を封印している。というのもまあ、自分らしい音を奏でたらなんか、人を殺すギターだとか呪いをぶちまける音だとか言われてしまったから。演奏技術に関しては何も言われなかったけど、音って感情が乗りやすいから……私が普段抱えているものも乗ってしまうんだろう。多分。
「私たちとなら、君の音を奏でられる。君の感情を、引き出すことができるよ」
だから私は、自分の音を封印した。自分らしい音を捨てて、代役として、完全にその人と同じ音を鳴らせるように、音に込めた感情もその人に合わせられるように、技術を磨いた。
……でも、目の前のこの子は、私の感情を乗せたギターを受け入れてくれる。根拠は全くないけれど、直感で、そう確信させてくれた。
「えっと、その……よっ、よろしくお願いします……」
こうして私、永井みちるはこのライブハウスTRITONEでバイトして苦節4年……ようやくバンドを組むことになった。
ただ……服の袖からちらっと見えた変色した皮膚は一体……銀髪の子の方に至っては腕を絶対見せないような服だし、手袋の中に袖をインしてるし……。
なんというか、言い知れない不安が少し残っていたけれど……今どこのバンドにも所属していない状態だし、断る理由は無いよね。




