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練習はつつがなく行われた。
私とりんさん、はくりちゃんは言わずもがな……一番顔を合わせる機会が無かった岡村さんの演奏技術も凄まじいの一言だった。聞けば、本籍の方ではインディーズながらCD出したりミュージックストアに曲を置いたりもしているらしい。しかも高評価だしレビュー数数十件以上だしと。
正直なんでそんなプロを捕まえて来ることが出来たか疑問だったけど……まあ、はくりちゃんもりんさも、どういう人か全く知らないから想像もできない。別に演奏に関係ない分野だからどうでもいいけど。
腕と言えば、高橋さんの成長速度も異常と言える程だ。もはや高橋さんに教えることは何もない……技術面は。私が指導できる基礎的なものは全て教え込んだ。後は自分で自分なりのやり方を模索してもらうしかない。
……まあ、未だに不安を抱えているみたいだから、練習に付き合ってはいるけれども。
「あと三日かあ……」
上級生(学年ではなく家柄)だけが立ち入れる専用バルコニーのテラスで高橋さんと昼食を取りながら、私はふと呟いた。
三日、サポートバンドとして立つことしかなかった私が、あと三日で本命ライブキメることができる。なんだか現実味が無い。
私の向かい側に座っている高橋さんがごくり、とサンドイッチを飲み込んでから面白そうに笑った。
「あら、緊張してますの? あんなにステージに立っていましたのに」
「いっ、いえ……ただ、げ、現実味がないと言いますか……私、こんっこんな長いこと、誰かと一緒にい、いるのって始めてですから……」
あと現実逃避という側面もあるといいますか……と、比較的いつもいる場所と変わらない空を見上げながら、昼食であるゼリー飲料を飲む……足立山さんに作ってもらったお弁当? もちろん頑張って食べたよ。あまりに小さすぎて周りから二度見三度見されたけど。
本来であれば普通の生徒では立ち入るどころか存在すら知らされない場所らしいこのバルコニー。
学園内のカーストの可視化とか贔屓とか言われることもあるけれども、曰く学園内ですれ違いざまに食べ物に毒を仕込まれたりしたという事件があったとかなんとか。
大企業とか恨み買いやすいっていうからね……でもそんな怖いことあったんだ、って誕生経緯を聞いた時は恐ろしくなった。
一応、一人までなら友達を連れて入ることは普通に出来るらしいので、私以外にも、場違い感に緊張している子がチラホラと見当たる。まあ私は弁当の味もゼリー飲料の味も全然わからないくらい緊張してるんだけど。これピーチ味? 違うわチーズ味だわ。
「……永井さん、あなたも大企業の社長の娘ですわよね?」
「根っこが貧民ですので……」
「せめて庶民であってくださいまし」
いやあ、庶民も週に五回バイト入るくらいお金に困ってる人はいないと思うよ……私の場合、ライブハウスに通いたいからって理由でだけど。なんなら休みの日も、純粋に客としてTRITONEにいたりするけど。
とにかく、本当場違い感が凄い。庶民の人って言ってもこの学園に通ってる庶民って所謂富裕層だからね。一番貧乏でも中堅というか、普通に無理なく大学通わせられるくらいの家出身の人だからね。
前世の私と比べ物にならないくらい恵まれて……いや前世の私の環境は恵まれてないとかそういう次元の話ではないか……。
「……どうしてそういう価値観になったのか不思議ですわねぇ。永井財閥といえば、世界に名だたる大企業の一つですのに」
「じ、実家とはもう、ほぼかっ関係ない状態ですので……」
あー、そういえばそういう設定あったなあ。あらゆる大企業を支える骨組みである、という理念を元に運営されている企業で下手な大企業よりも大きな収入を得ているとか。
車の部品から食品まで、足りなければここを挟めば最速高品質で納品してくれるという。まあいわゆる中抜き業者ではあるんだけど。
……まあ、私としては、マナー講師にゲロ引っかけ続けて何人も病ませてしまったからって理由で追い出して来た家ってイメージしかないんだけど。仕方ないじゃん高圧的に来られたら吐いても。
足立山さんに拾われなかったら今頃どうなっていたことか……本当感謝してもしきれないよ。なんでか貢ぎたがる癖さえなければなあ。
「……ねえ永井さん」
「はっ、はい?」
「私、ライブで上手く演奏できると思いまして?」
高橋さんにしては珍しく、困り顔……というか、不安が見て取れる表情で、そう尋ねて来た。
……そういう事か。いつもの取り巻きの人達と分かれて私と昼食をしたのは、緊張して弱音を吐く姿を見せたくないから……普段は自信満々に生きているとはいえ、だからといって緊張しない訳でもないもんね。
「た、高橋さんでもそんなこと、い、言うんですね……きっ緊張、するんですね」
「私をなんだと思ってまして? 自分から告白もできないような臆病な女ですわよ?」
あー。そういえば……ゾディアッククラスタに入ったのも、中谷さんの隣に立てるギタリストになる為、だったっけ。向上心が凄い人なんだなーと思って気にしていなかったけど、実際のところは古川さんから中谷さんを奪い取る勇気もなくて、告白する勇気も無くて、それを付ける為……だったっけか。
……きっと、これが本当の高橋さんなんだろう。新しい挑戦に年相応に怯え、弱音を吐き出したくなる、どこにでもいる普通の子供。
私よりしっかりしているように見えるのは、そう振舞っているから……。
普段の私なら、表面上の付き合いだけの私なら、きっと何も言えなかっただろう。
……でも、今の私なら確信を持って言える。
「だっ、大丈夫です……わたっ私がギター始めた時より、上達速度早いですし……さわっ触り始めて三年目の時の私より、いっ今の高橋さんのが上手いですから……」
「永井さん……」
高橋さんの両手を取って、目を見つめて、本心から言う。
実際、私がギターを始めて三年目の頃でも高橋さんみたいにうまく弾くことはできなかった。りんさんやはくりちゃんが言ってたように、高橋さんの成長速度は異常とも言えるほど早い。
「自信を持って、ください。それっ、それに、高橋さんは……路上ライブで、チケット全部売ることができっ、……たんですから……」
……少なくとも、ギターを弾きながら歌うなんて芸当、前世の私でも出来るようになったの四年目からくらいだし。
酷かったなぁーボーカルが急にトんだせいで私がギタボやることになったあの時。聞くも無残見るも無残なグダグダっぷりだったなあ。楽しかったけど。
「きっ、きっと成功します……私が、死んでも成功させます」
「……ええ、頼りにしていますわ」
そう言ってほがらかに笑った高橋さん。少しは緊張が解けたかな。ある程度の緊張はパフォーマンスにいい影響を及ぼすけど、緊張しすぎたら駄目になっちゃうからね。
「……ライブ開始までに、体力をつけないといけませんわね」
「……えっ? あっ、はい、そう……です、ね?」
……高橋さんの緊張をほぐせたと思ってたんだけど、なんだかすっごい嫌な予感がする。目は笑ってるし、殺意があるって訳じゃないんだけど……あの、高橋さん? どうして手を離してくれないんですか高橋さん?
「……では、もっと食べてくださいませんと……ね?」
「あの、もうお腹いっぱいですので……」
「あんな栄養ゼリーでお腹も栄養もいっぱいになる訳ありませんわ!!」
ちょっ、ちょっと待って高橋さん! そのお弁当は私にはカロリーが高すぎると思うな高橋さん!!
高橋さん!! 足立山さんが持たせてくれた弁当箱におかず入れるのやめて高橋さん!!




