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不味い。不味い不味い不味い不味い不味い不味い!! スーツになっちゃった! スーツに決まっちゃった!!
いや他に代案あるかって言われたら無いし、前世の記憶のせいで社会人時代の悪夢よく見るしで、多分スーツ来たら十中八九体調崩すけど……無理な理由が理由だから話すわけにもいかないし……いやまだ今世では一度も着てないから体調崩すか分からないけど、ものすっごく嫌な予感がしてる……多分吐く。そりゃもうめったらに吐く。
「ねえみちるん」
……でもギターを弾く為と考えたらまあ、なんとか飲み込めるかなと冷静に勘定できる私もいるんだよなあ。私の体調がライブの邪魔をする理由にはならないし。
練習もかなり形になってきて来月にはライブ開催できるかなって感じだから、私個人のワガママで演奏が遠のくのは避けたい。
「おーい」
うん、頑張ろう。頑張って我慢しよう。あれから一日、みんなが帰って、一晩明けて、授業受けて、高橋さんの練習見て、みんなとスタ練してなんにも思いつかなかった以上私に取れる手段は無いし。
ほ、本格的に用意する前に着て慣らしておくべきかな。そうすれば本番当日吐き気が凄すぎてライブ出演無理でしたっての防げるだろうし……貯金もある程度あるから安めのスーツを買う分には多分問題ないし……帰りにちょっと見てみよう。
大体どのくらいの予算があれば買えるんだろうか……まあ、安物でいっか。そんな高いものは買えないし、汚すのはともかく破けるのが怖くて着れないし……。
「みちるんってば!!」
「うひゃあおうっ!? なっ、なななんですか!?」
「そろそろライブ開催しようって話してたんだけど……大丈夫? 顔色悪いけど」
「そっ、それはいつ、いつもでは……」
「それみちるんが言っちゃうの!?」
睡眠不足と栄養不足で顔色悪いのは自覚しておりますので……我ながら酷いな。
私は上の空で半ば聞いてなかったけど、どうやらぼちぼちライブを開催しようと思っているらしい。
出来た曲は四曲。ライブで演奏できるのは……まあ三曲くらいだろうから、うん、曲の取捨選択をする練習にも最適な量と言えるし、高橋さんに教えることもそろそろ無くなってきたし、良い頃合いではある、かな……?
「とりあえず、みちるもライブ開催には賛成ってことでいいかな? 大丈夫な日とかある?」
「あっ、えっと、いっいつでも、だっ大丈夫です……!!」
りんさんの言葉でちょっと希望が見えてきたぞ……ライブ、ついにライブかあ……ふふっ、長かったなあ。いやトラでライブに参戦することはあったけどもね、自分のバンドでライブとなるとやはりその気持ちの持ち方の違いもひとしおというか……。
と考えたところで、高橋さんの予定は大丈夫だろうかと心配になった。
正直、このバンドメンバーの中で一番予定が詰まっているのは高橋さんだ。いつも一緒にいるイメージはあるけれども、多分予定ギッチリな筈……。
「私としては、かおるの予定に会わせたいんだけど……いつもいるみちるはともかく、ひとみの予定は何かあったりする? 今月無理な日とか」
「そうですわね……土日は家族と過ごす時間としておりますし、毎週水曜はバイオリンの練習や演奏がございますから……月曜か火曜、ですわね。木曜と金曜も習い事がありまして……あぁでも、事前に言ってくだされば一日くらいなら開ける事はできますわ!」
そういえばいつもライブハウスに聞きに来ても、割とすぐに帰ってたね高橋さん。そうか習い事がみっちるあるのか……。
お嬢様って凄いなあ。
「親の言い付けなら仕方ないよ。……定期的にライブするつもりだから、特別に休みにするのは取りたくないかな。となると月曜か火曜日に……空いてるかなあいつ」
りんさんが言うあいつ、私達ゾディアック・クラスタで唯一の外部メンバーである岡村かおるさんは今このスタジオにはいない。本バンドの方で今は演奏している頃合いだと思う。
一度聞かせてもらったけど、メタル系の曲をメインに活動しているバンドみたいだった。メタルと言えば技巧を求められるジャンル、しかもインディーズとはいえそれなりに人気があるみたいだから……まだ一度もライブやってないってのに、よくうちのバンドに入ってくれたなこの人。
「とりあえずかおるんの動向次第、って感じだねぇ……もし被らなかったらどうすんの?」
「その時は追加料金で」
「お金で解決ですのね……」
「し、支払いだい、大丈夫なんですか? けっ、け結構スタジオ代とか、かさみ、かさ、嵩みますし」
りんさんが指を円マークにして自信満々に言ったけど、大丈夫なんだろうか……スタジオ代は四分割、二人ともバイトしているとはいえ私と違い臨時専門……正直、そこまで頻繁に仕事が来ているとはいえない。
「まあ、そこはやりようはあるから。追加料金となるとちょっとキツいけど」
……私みたいに普通の仕事もできればいいんだけど、流石にこのライブハウスも雇う余裕があるって訳じゃないからなあ……本業であるタコス屋ならバイド募集してそうだけど。
でもこの二人に接客業ができるかといったら……私と同じくらいかそれ以上はできそうだな?
「……そういえば、ひとみんは何かバイトってやってんの?」
「バイト禁止……はみちるがバイトやってるから無いか」
「私ですか!? ……そうですわね、特にこれといったものはやっていませんわ」
「わっ、わたっ私みたいなのが、イレギュラーなだけですから……」
お嬢様学校出身だからね高橋さん。いや私もお嬢様学校出身というか、在籍なんだけど……おかしいな、いったいどこでこんな差が……?
……でも、バイトしていない割にはスタジオ代もちゃんと出してくれてるし、ライブ申し込みの為の軍資金貯金にもお金出してくれてるし……やっぱりお嬢様って凄いんだなあ。
「お金とか大丈夫なの?」
「そこらへんは問題ありませんわ! お小遣いから投資に回した額の配当から支払っておりますので」
「お嬢様って凄いなあ……」
「で、ですね……」
「……みちるさんも枠組みでいえばお嬢様側ではなくて?」
高橋さんにそう指摘されたけどそっと目を逸らす。
いや、そこは……へへっ、バイトするわスーパーで安い食材買うわの人間だから私は……というかあの学校もうね、住んでる世界が違うのよね。
ゲーム内で一般市民側だった古川さんもなんか、こう……絶対私側と違うってオーラがビンビンに……モブに一般市民がいないのよ。古川さんも多分上級側なのよ。
あれ、それじゃあ私っていったい……私は、私という存在はいったい……!?
「みちるがバッドトリップに入ってる」
「これに慣れてきてしまっている自分がいることに困惑しておりますわ……」
「……みちるんって本当にひとみんと同じ学校に通ってるんだよね?」
「え、ええ……その筈なのですが……」
……いいやよく思い出せ。ロックだ、ロックの魂だ。どこを見ても逆境で流れる川を逆らい竜になるんだ永井みちる! 何を言ってるんだ永井みちる!?
「……お金の問題はないとはいえ、バイト始めてみるのもいいかも」
「そうですわねぇ、三人が働いている様子を見るのは楽しいですが流石に手持ち無沙汰ですし……ですが私がバイトできそうな所なんて……」
「上のタコス屋とかどう? 店長さんに話通しておこっか?」
「……いえ、そこは私が自分の手でやりますわ! 何事も経験……ですもの!!」
それに逆境っていうには、みんな普通に優しいし……ええい思い出せ私! 前世の記憶!! 親に逆らう為に状況し、親に逆らいバンドを組んで成功し、親に逆らったせいでバンドメンバーに迷惑をかけて脱退して……。
「みちるん! ひとみんがバイト始めるみた──」
「すみませんちょっと抜けおぷっ」
「永井さん!?」
「南無……」
過去を思い出したら吐き気がこみ上げてきた……駄目だ気持ちが折れる。というか吐き気がこみ上げてきた……。
ギターを置いて急いでスタジオを出る。やばいやばいやばい上がってきてる……喉よ持ってくれよ……!!




