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「あっ、すわっ、座ってください。座布団、ありますから」
「無機質な部屋ですわねぇ……」
「部屋の中心にあるちゃぶ台がすっごい新品の香りする。見た目昭和のものなのに」
とりあえず私達はみちるに促されるがまま、ちゃぶ台を囲むように座る。
今回来たのはみちるの部屋の品評をする為ではない。私たちのバンド衣装を作るための参考を見る為だ。……おおよそ乙女というか、人が暮らすような部屋に見えなかったので少しばかり言いたいことはあったけど、今はそれは本題じゃないし置いておく。
「で、バンド衣装に関してだけど……とりあえずみちるん、ひとつ例を出してくれない?」
「あっ、はい。えっと、こっ、これなんですけど……」
そう言ってみちるがちゃぶ台の上に置いた服は……革ジャン、英語がと山羊の頭蓋骨が描かれたTシャツ、タンクトップの様に袖が千切られた革ジャン、タンクトップの様に袖が千切られたジャケット……。
メタルだ。ものすごいヘヴィメタルな服だ……。
「……みちるん、これ私服にして出歩いたりしてないよね?」
「あっ、足立山さんに止められました」
「これ着て外出歩こうとしてましたの……!?」
ひとみが信じられないものを見る目でみちるを見た。正直その反応も分かる、というか私も同意見だ。これ着て外に出歩くような勇気はない。あってたまるか。何だったらこれ着ていた人もライブ後の打ち上げ以外ではこんな服着ないだろう多分。
でもみちるは心底不思議そうに首をかしげて言った。
「えっ、でっでも……服ですよ? はっ、裸……隠せるから私服にしてもいいんじゃ……」
「みちるんその境地に達するのはまだまだ早いよ」
「あと六十年後に達する境地ですわそれは」
「……いや、お婆ちゃんなってもこれを着る境地には達しないんじゃないかな?」
そもそもこの服装に相応しい年齢って何歳だ? 何十年生きても相応しくなれる気がしないけど。
少ししょんもりとしながら、メタル系の服を畳んでベッドの下から出したキャリーケースの中に仕舞う。ちゃんと床を傷つけないようにタオル噛ませてる……そこが収納場所でいいのその服は。いや他に相応しい収納場所あるかって聞かれたらわかんないけどさ。
「そっ、それじゃあ……こっ、これはどうでしょうか……」
みちるはそう言ってまた別のキャリーケースを引っ張り出して、その中に納まっていた服を取り出す。
髑髏や十字架が描かれたスカーフ、ダメージ加工されたジーンズ、レザーのような記事のシャツ、いやスーツ? 服の意味をなしていないカットソー、胸のところだけ隠れている……なんだ、なんて言えばいいんだこの服!?
「今度はV系……」
「みちるんの知り合いどうなってんの?」
「あっ、あのライブハウスのバンドできほ、基本的に構成されています……あの、バンド解散した後に着るの難しいな、ということで、すてっ、捨てるのも勿体ないし、で、私が譲り受けました……」
「……これ着るの?」
「止められてます」
だからなんで着ようと思うの。そりゃ止めるよ足立山さん。だってこんな服装、方向性よくわからないけどグレたと思われても仕方ないもん。方向性全く分かんないけども。
というかV系とかメタル系の人の悲しいライブ衣装事情が知れて嬉しいやら寂しいやら……解散した末路がちょっと物悲しくなる。でも確かに処理に困るのも頷けるのが困る。
思い出のあるものだから捨てるのもしのびない、かといってずっと家に置いておくのも……成功者なら置き場所はいくらでもあるかもしれないけども、あのライブハウスに通っていてみちると仲良くなるような規模だと、そういうのもちょっと期待はできないからなあ。
「他の衣装はないの?」
「あっ、えっと、他は……ふっ、普通に私服でライブしてたり、なので特にもらう事は出来ませんでした」
まあ、そうだよね。
私もサポートで色々なところに入るからわかるんだけど、基本的にみんな私服でライブしている。お揃いのものでもバンドTシャツを作ってとか、そのくらいだ。
そういったのは普段使い、ないし部屋義として使うものだろう。それこそ今みちるが着ている、月世界旅行の月がプリントされたTシャツとか……ちょっと欲しいなこれ。
「さ、参考になりましたでしょうか……」
「う、うーん……そう、だねぇ。参考になった、かな?」
「今まで知らなかった世界を少し垣間見ることができましたわ」
当たり障りのない反応。私もひとみの感想に頷くだけにしておく。
……正直、ロックバンドという方向性には少し、いやかなり向いていないから参考にはならないけど……まあ、ひとみにこういう世界もあるのだと教えられただけでも十分だと言えるだろう。
と、そこに扉をノックする音が。
「あっ、入って大丈夫です」
「会議中失礼するっすよー。お茶とお菓子持ってきた……って、それ……えっ、V系でいく系っすかお嬢?」
「えっ、いえ……さっ、参考にするだけで、メン、メンテナンスに手間とお金がかかり過ぎますので……」
「そういう問題じゃないんだけどなあ」
「そういう問題じゃありませんわよ?」
「なんでちょっと着たがってんすか?」
……みちる、同じ感性の持ち主がいたら案の一つとして出そうとしてたな?
私の前に差し出されたジュースの入ったコップを受け取って、「どうも」と会釈をする。
ちょうどいいタイミングで持ってきてくれてありがたい……オレンジジュースかな、を一口飲む。
「……っと、んじゃごゆっくりっす。あとお嬢、V系もっすけどヘヴィメタルも駄目っすからね!! 基本不干渉な旦那様もブチギレて演奏できなくなりかねないっすから!!」
みちるが旦那様、という言葉を聞いた瞬間すっ……とV系の服をテーブルから降ろし、キャリーケースに戻した。
足立山さん、という人がそれを確認すると、私達に一礼をして去って行った。
旦那様、普通に考えればみちるの父親……ということになるんだろうけど、優しくしてくれる、ではなく不干渉という言い方が気になる。
そもそも、あそこまでやせ細っているみちるをそのままの状態で放置しているのも問題だ。
問題……ではあるが、このメンバーは約一名を除いて脛に傷のある人間ばかりの集まり。深くは追及したりはしない。触れては欲しくないだろうし、触れたところで私なんかでは何ができるという訳でもない。
懸念点であるひとみも……悲痛な面持ちをしつつも、触れようとはしていない。過去を知っているのか、それとも空気を読んでくれたか……まあ、どちらでもいい。
みちるの過去よりもまずは、目下の課題を片付けるのが先決。
「……とりあえず衣装、どうする? 先に言っておくと、バンドTシャツは無し。私達、ああいう肌が出るものは着れないから」
「お手数をおかけします」
「そう、ですわね……スーツとかどうですの?」
「すっ、スーツ……ですか?」
意外にも有用な案を出したのはひとみだった。みちるは色々出してくれはしたんだけど……うん、ちょっとV系に寄ってたからね。
「肌は手首のところまで隠すことができますので、角田さんと谷野さんの条件は抑えられますわ。そして一見画一的に見えますが、着こなしやネクタイ、小物といったもので容易に差別化は可能。衣装が駄目になった際も簡単に代わりのものを取り寄せることができますし、岡村さんの男装に合わせられてかつ、私達が着ても違和感がありませんもの。少し堅苦しいという感じもしますが、スーツ姿でロックという型破りな音楽を演奏するのも面白いと思いますわ」
「すっ、スーツ……ですか……」
ひとみの提案は、私達が出した条件に綺麗に合致するものばかり。
確かに、デヴィッド・ボウイやブライアン・フェリーといった、世界的に有名なロックミュージシャンも着ているのがスーツだ。悪くない。
悪くないけど……。
「確かに良い感じだね。りんはどう?」
「……うん、それで行こう」
みちるの反応が少し引っかかった。表情が強張ったように見えた。
でも私の気のせいかもしれないし……他に代案も思い浮かばない。
はくりの同意を求める言葉に、私は頷いた。




