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開店前のライブハウス『TRITONE』で、私はりんさんと一緒に緊張の面持ちで、はくりちゃんと高橋さんから下される結果を待っていた。
私が作詞し、作曲……は私のをベースにりんさんが調整してくれた『いきたくない』は、なんとか「学校や職場に行くのが憂鬱な気持ちを歌っただけだから!」とごまかすことができたけど、りんさんの歌詞は……なんというか、どれもこれも、酒に煙草にとで溢れていて、うん……学生向けって感じの曲ではないからね。
そんな中絞り出した曲。ざっと見た感じは案の定酒と煙草に関する歌詞だったけど、お酒と煙草に憧れる子供を描いた、なんというか、アウトローに夢見る子供? みたいな感じのものだった。
確かにこれならワンチャンいけるかもしれない。ただ、コンプライアンスにうるさい今の時代だともしかしたら駄目かもしれない……そこらへんははくりちゃんの匙加減なところがある。
でもなあ、メジャーデビューするってなったらなあ……高橋さんも巻き込んでってなったらなあ……はくりちゃんの言い分に理しかないからなあ……。
別に嫌いな曲を書けとか、売れ筋の曲をパクれとか、そういう話ではないから反抗しづらいってのもあるし……。
「う~~~~ん……ひとみん、これどう思う? 私としてはギリOKかなって感じだけど」
「そう、ですわね……確かにお酒と煙草に関する歌詞ですが、このくらいならまだなんとか」
好感触……っぽい? いや好感触ってよりは、ギリギリセーフ認定してる……?
りんさんと一緒にギリギリがどのラインか考えて作った歌詞だからってのもあるからか、自分事のように思える……。
全部の歌詞を読み終わったのか、二人とも同時にふう、と息を吐いた。
私たちはそれに続く言葉を待っている……はたして、りんさんの書いた歌詞の判決はいかに……!?
「……採用!」
「っし!!」
心底嬉しそうにガッツポーズするりんさん。少しびっくりした……りんさん、ガッツポーズとかするんだ……イメージと違う。
そして私に両手を出してきたので、多分合ってるだろうとハイタッチ。
「イエーイ……みちる、弱い」
「こっ、骨粗しょう症気味ですので……」
「角田さん、永井さんはバンドやっている場合ではないのでは?」
「正直そう思う」
力の弱さはもうどうしようもなくない!? いや鍛える、というか私がちゃんと吐かずに一日を過ごせばいいだけの話ではあるんだけどさ……。
実際、足立山さんにも同じような事言われたからなあ……というか、お父さんに抗議してたなあ……大丈夫ったんだろうか、あれ。
「りん、メロディーの方は出来てる?」
「もちろん」
「よし、それじゃあとりあえず二曲揃ったね。あと一曲か二曲くらい欲しいところだけど……」
大体、ライブにおいては三曲くらいは演奏するイメージがある。もちろんプログレのような長い曲を演奏する場合は二曲、一曲の場合もあるけれども……私達のバンドの曲は長くて精々三分半くらい。あと一曲くらいは演奏できる曲が欲しいところ。
「はい。私がこの前作った夕日とか──」
「ガッツリ煙草ってわかる歌詞は駄目、ひとみんが歌うんだよ?」
「くっ……みちる、何かない?」
「えっ、わたっ私ですか!?」
急に話を振られても困るんだけど!? 曲、曲を作れと……やっ、ヤバい、全然思いつかない……!!
というかそうポンポンと出てきちゃくれないんですよ歌詞! 私筆遅い方ですからね!?
とはいえ数が必要というのもまた現実にある訳で……流石に二曲だけでライブはちょっと物足りない……。
「あの」
「ん、ひとみん?」
私とりんさんが悩んで(りんさんは「煙草以外の、煙草以外の……?」と堂々巡りの思いに沈んでいた)いると、おずおずと高橋さんが手を上げていた。
少し恥ずかしそうな、抵抗があるといった様子に見えたけど……数回深呼吸して、意を決したのか口を開いた。
「わっ、私も……私も、歌詞書いてきたのですが、お読みいただいてもよろしいでしょうか……?」
「ほう、ひとみが」
「オッケーオッケー。それじゃあ……拝見させていただきます」
そう言って取り出したるは一冊のノート。高橋さんはパソコンではなく手描き派なんだ……。
まあそれはともかく、私もりんさんもはくりちゃんの背後から覗き込んで一緒に読む。高橋さんの顔が数段赤くなった気がするけど……まあ、うん、わかるよ。はじめて書いた歌詞を誰かに読んでもらうって、すっごく恥ずかしいよね。
で私もりんさんも黙って高橋さんの書いたノートを読んで、読んで、読んで……うわあっ、えっ。これ、恋愛ソング……?
しっかりと全部読了したところではくりちゃんがノートを閉じると、ふうと一息ついて、私たちの方を見上げた。
「どっ、どうでしたの……?」
「私としては採用してもいいと思うんだけど……二人とも、これで曲作れる?」
「……ちょっと難しいかも」
「わっ、私も……こういった曲は、私の管轄外といいますか、聞いてこなかったものなので……」
中身はまさにJ・popというべきか。一方的な片思いを向ける愛しさと辛さ、それでもなお嫌いになれないといった感情で溢れた歌詞だった。
なんというか、私が普段聞いている曲と全然違うから……悪いという訳ではないんだけど、うぅん、困ったぞ。これは困ったぞ。
「やっ、やはり私のような初心者では駄目でしたのね……」
「あっいやいや違う違う! とっても素敵な歌詞だったよ!? ただ、普段扱ってるのと全然違うジャンルだから……」
「そっ、そうです! たっ、高橋さんの気持ちがこもった、良い歌詞だった……と、思います。たっ、ただ……私達の力不足なだけで……」
「うん。私達のジャンルとはちょっと違うだけ。でもこういう曲が一つくらいあった方が良いアクセントになるからぜひ取り入れたい。……ただ、私達じゃどうも難しいだけで」
しょぼんとする高橋さんを慰めようと、恥ずかしさは一度捨ててとにかく読んだ感想を言う私達。
正直ジャンルとしてはロックか? という疑問が浮かばないこともないけれども、りんさんの言うように味変としてこういう曲を一つか二つ入れた方が引き締まるというか、オーディエンスの人たちを飽きさせないから良いと思う。
ただ、少しキラキラとした青春すぎるというか……陰の人間には貧しすぎるってだけで……あれっ、おかしいな。三十路の成人女性が転生した私はともかく、りんさんとはくりちゃんも私と同じくくりなのおかしいな!?
「そう、ですのね……好評を頂けたようならなによりですわ。ただ……お二方で作曲ができないとなると、また別の曲を考えた方が良さそうですわね……」
「気を落とさないで、ひとみは悪くないから」
「そっ、そそそそうです! わたっ、私達が……こう、キラキラとした、まっ真っ当な青春に耐性がない、無いだけですから……!!」
「みちるん確かにそうなんだけどさあ! もう少し容赦というかさあ!!」
「おっはよー! ってあれ、みんなどうしたの?」
私達があれやこれやとしょんぼりとする高橋さんをなんとか慰めていると、神父服を着た金髪ショートカットの女の子、岡村かおるさんが顔を見せた。
手首に付けた手錠のアクセサリーを揺らして音を鳴らしながら、私たちが座っている席へと歩いてくる。
相変わらずじゃらじゃらと手首に手錠を付けているけれど、それってアクセサリーに使うものじゃないと思う……。
とりあえず今来たばかりの岡村さんに、私から事情を説明する。「みちるんが!?」「自ら話しかけに行った……!?」とはくりちゃんとりんさんが失礼にも驚いてたけど、うん……二人の間でどういうイメージなんだろうか私は。コミュ障の陰キャか。ははっ。
「あのっ、高橋さんのきょっ曲を、じゃなくてああっと歌詞を読んで、読んで……採用したいんですけど、その、私とりんさんが、じゃなくてりんさんじゃ作曲が難しいって、判断になって……」
「ふぅん、ちょっと読ませてもらっていい?」
そう言ってはくりちゃんの手から高橋さんのノートを抜き取り、開いて目を通し始めた。
斜め読みしたのかな、数秒ざっと目を通して閉じると、岡村さんは高橋さんの目を見て言った。
「良いじゃん。高橋さん、だっけ? とても気持ちがこもってるよ。淡く切ない恋心、振り向いてくれない片思いの相手……甘酸っぱいねえ」
「お褒め頂き感謝いたしますわ。ですが、曲を付けられないとなると……」
「ボクなら曲付けられる、任せてくれてもいいかな」
そう言ってウィンクした岡村さんに、高橋さんは笑顔で「はい!」と頷いた。
おっ、岡村さん……!! 岡村さん……あんた救世主だよ……!!




