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 ギターの練習を始めて、はや一か月が過ぎ去ろうとしていましたわ。

 私の腕もかなり上達したと自負しています。まだまだ永井さんの足元にも及びませんが、ある程度演奏の方は出来るようになりましたわ。歌いながら演奏するのも……少しつっかえはしますが、通しで演奏できるようになりました。


 そんな訳で今日もお昼に練習を付き合ってもらおう、と学校の方に来たのですが……。


(わたくし)に何か御用かしら、古川くろこさん」


 どういう訳か学校の廊下で、私の前に仁王立ちして私の足を止めた少女……憎き恋敵が、私を睨みつけていました。

 敵対心に満ちた目……その目を向けるのは私の役割、中谷健司様を独り占めにした女が、健司様のみならず他の男も侍らせた恥知らずの女が、よくもまあ私にそんなものを向けられましたわね。


「私、これでも忙しい身なのですわよ?」

「……永井さんについて、話がある」

「……永井さん? どうしてそこで永井さんが」


 これまた意外な名前が出てきましたわ。

 永井みちる。私のギターの師匠であり、私をバンドに迎え入れてくれた人。この泥棒猫から私のフィアンセを奪い返す為という、正直不純な動機であるにも関わらず快くギターの練習に付き合ってくれた恩人……。


 そして、客観的な視点から言いますと、お世辞にもあまり人付き合いが良いとは言えないお人ですわ。正直、古川くろこさんのような……所謂陽の人とはあまり関わりがない、関わりたがらない人だと思っていましたが……。


 いえ、そういえば一度、古川さんをバンドに誘おうとしたという話を聞きましたわね。……まさか、それが惜しくて引き抜きに来ましたの


「……貴女こそ、永井さんに何か御用でして?」

「これ以上、永井さんに付きまとわないで」

「お断りいたしますわ」


  ……私と目を合わせても一歩も引かないのは評価してさしあげますが、そのような不当な要求、願い下げいたしますわ。

 私と永井さんとの関係に、イジメでもしていない限りは第三者が口出しをする資格なんてありませんもの。


「私と永井さんは友達同士、貴女に口を挟まれる筋合いはありませんわ」

「嘘言わないでよ! そう言って、永井さんをイジメてるだけでしょ!?」

「嘘じゃありませんわ」


 怒りに拳を握りながら、どこから聞いたのか、よくもまあ裏も取らずにそんなデマを口にできますわね……私が永井さんをイジメたことなんて無いと言いますのに。

 ですが……古川さんは私の事を信じてはいない様子ですわね。非常に、面倒な事になりましたわ。


 ここで無為に時間を浪費しても、練習時間が無駄に消されるだけ。未だ全然永井さんには到達していませんから、少しでも練習しないといけませんのに……。


「もうよろしいかしら」

「待って、まだ話は終わって──」

「まだ何かありまして? 私、暇じゃないんですわよ? ライブに向けて練習しなきゃいけませんの」

「……えっ、本当にイジメてるんじゃないの?」

「……どうしてそうなりましたの?」


 ライブ、練習という言葉を聞いた瞬間、急にぽかんとした表情になりましたわ。

 あっ、あら? もしかして、永井さんを引き抜こうとかそういうのではなく、本当の本気で私が永井さんをイジメていたと勘違いしてらした?


 先ほどの怒りはどこへやら、急に気まずそうにしどろもどろになりながら、視線を合わせなくなりましたわ。


「ええ。イジメなんてことしませんわよ。永井みちるさんは私の師匠なんですから。どこからそんな噂が流れましたの?」

「その、永井さんがあんた……高橋さんに土下座しているところを見たって聞いて……あとお金とか差し出してるって」

「……はぁ~~~~……」


 古川さんから噂の出所を聞いた瞬間、特大のため息が出ましたわ。

 あの時、永井さんと始めて会った時のあれを誰かに見られていましたのね……どうしましょう。確かに傍から見たらこれ、イジメ以外の何ものでもありませんわ。


 急に古川さんへの怒り、軽蔑といった感情が萎んでいきましたわ……だって、勘違いされても仕方ありませんもの……。


「ってことは、あの噂は嘘だったってこと……ごっ、ごめんなさい! 私つい、永井さんがイジメられているとばかり……」

「……別に構いませんわ。その噂自体は、非常に残念ながら本当の事ですから」

「……どういうこと? 説明して」


 今度は懐疑的な目に変わりましたわね。

 まあそうですわよね。永井さんが土下座して私にお金を差し出したこと自体は本当に起きた出来事なんですから、そういう反応になりますわよね。


 厄介な事に、あの時の永井さんの心境を私は知りませんし、察することもできません。

 ……どっ、どう説明すべきなのかしらこれ!?


「……その、信じてもらえないかもしれませんが、永井さんに声を掛けたら急に土下座をしてきて、お金を差し出して来たんですわ。要求もしていませんのに」

「そんなことある訳──いや、永井さん、確かにいろんなものに怯えてる人ではあるから……なくはない、のか?」


 嘘ですわよねこんな言い訳にもなってないこと信じそうになってますわ!? どんだけマイナス思考が表に出てますの!?

 ……ですがまだ半信半疑といった様子。でしたらさらに駄目押しで、これを見せれば……流石に信じてもらえるかしら?


「これ、永井さんと一緒に喫茶店に寄った時の写真ですわ。これを見てもまだ、私と永井さんの関係を疑いまして?」


 永井さんと喫茶店に寄った時の写真を見せますわ。パフェを食べたことない、と仰っていたので私行きつけの店に連れ込み、一緒にパフェを食べた時の写真。

 ……あーんしている写真なのでちょっと恥ずかしいですが、これなら信じてもらえますわよね。


「アッハハッ! すっごい緊張してるじゃん永井さん!!」

「……これで、永井さんと私が友達同士だということを信じてもらえまして?」

「……本っ当にごめんなさい! うん、信じるよ。永井さんと高橋さんが友達同士だっていうこと」


 私の見せたスマホの写真を見て笑いながら、古川さんが私の頭を下げましたわ。

 誤解が解けたのなら何よりですわ。憎き恋敵とはいえ、不当な評価をされると気分が悪いですもの。……まあ、誤解というには状況証拠が揃いすぎてはおりましたが。


 先ほどの態度から一変、笑顔で私の手を取る古川さん。


「私、高橋さんのこと誤解してたよ。本当ごめんね」

「良いんですわ。もう過ぎたことですから」


 それに、永井さんの事を心配する友人がいる。恋敵相手ではあるものの、それ自体はとても喜ばしいことですから。

 もちろんこれは口には出しませんわ。保護者か何かかといわれたりするのは面倒ですもの。


「それでは、先を急ぐので失礼しますわ」

「うん! 高橋さん、練習頑張ってね! ライブ開催決定したら見に行くから教えて!!」


 ぶんぶんと元気よく手を振る高橋さんに軽く手を振り返し、永井さんが待つ屋上出入口前まで少し駆け足で急ぎましたわ。


「……原作だと接点無かったよね、確か」


 最後に彼女が呟いた言葉は、私の耳にはよく聞こえませんでしたわ。

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