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あれから足立山さんを説得して、なんとか私の貯金と足立山さんから半々出し合うってことで買ってもらったノートパソコン……「とりあえずスペックが良いに越したことはないっすよね!!」と足立山さんの弁により、私が普段使っているギターに負けないくらいの価格のものを買ってもらった。怖くて持ち歩くことはできない。
という訳でついに私の部屋にもパソコンが導入された訳だけど……この世界はゲームの世界、ということで普段愛用していたDTMで検索しても引っかからなくて作曲ができず、一端作曲ソフトの方は諦めて、メモ帳でとりあえず歌詞だけ作ろうと思い至った次第。
で、歌詞を書こうとあれこれ頭を悩ませてみたものの、思い浮かぶ歌詞がどれもこれも暗い方向のばかり……多少なら良い感じのアクセントになるんだけど、私が思いつくものといえば……自殺、絶望、不信、とかそんなものばかり。
……これ、歌うの高橋さんなんだよなあ。流石にこんな歌詞を歌わせるわけには……まあでも一度思いついたのはとりあえずぶつけないとスッキリしないので書いて、読み直してみた訳ですが……うぅん、暗い。驚いたな、自分が想定していた以上に暗いぞ。
そんな訳で『TRITONE』の椅子で私は一人、パソコンを開きながらうんうんと唸っていた。みんなはまだ来ていない、どうも遅れて来るらしいからね……今は練習より歌詞の方を優先しなきゃ。
あっ、ちなみに事前にやらなきゃいけない仕事の方はすっぱりと終わらせておいた。清掃にドリンクの補充にと完璧に。在庫を倉庫から運ぶのは店長さんとか、他のスタッフの人たちに止められてるから手伝えないのでいつも私一人だけ先に休憩をいただいてしまっているのよね。いいのかなこれで……。
まあ、そういった罪悪感をかき消す為に悩みの方向性を歌詞の方に向けて見た訳だけど……当然、悩めば解決するという訳でもなく、私の目に映る歌詞はいくら睨みつけようと明るく変わる筈もなく、相も変わらず夜明け前の空みたいに暗いまんま……別の歌詞書かなきゃいけないんだろう、いけないんだろうけど……。
「でもどうしよう、これくらいしか思い浮かばないんだけど……いや私らしいといえば私らしいのかもしれないけど、個人バンドだとこういう歌詞が多めな傾向あったりするけど、これを高橋さんに歌わせるのは流石に……」
「みちる、どうしたの?」
「にゃあっ!? りっ、りりりりりんさん!?」
「猫?」
きゅっ、急に声をかけられたらびっくりするんですけど!? しっ心臓が、心臓が持たない……よーし、落ち着け私。ひっひっふー、ひっひっふー。違うわこれ出産の呼吸だわ。
「……ごめん、びっくりさせた?」
「あっ、いえ、だっ、だだ大丈夫です。はい。すみません驚いちゃって」
「それで謝るのはおかしくない……?」
ああっ、りんさんがバツが悪そうな顔を……悪いのは私なんです急に声かけられたくらいでビビりまくる私なんです!
とか言えたらよかったんだけどね……口下手な私はただただ頭を下げるしかない。ヘドバンかな? 首いわすよ私。ただでさえ栄養足りてないから怪我しやすいのに。
「みちる、落ち着いて。怒ってないから」
「はっ、ははははい! 落ち着きます!!」
「はい深呼吸、吸って吐いて吸って吐いて」
「……吐くってどっちをですか?」
「よし落ち着いたね」
あの、どっちの吐くですか!? いや普通に考えたら息の方ってのはわかるんだけど、ただ世の中には吐瀉物の方を吐いた方が落ち着くって人もいる訳で……主に寝起きの私とか若干その気がある訳で……いや前世の嫌な記憶のせいが八割くらいではあるだけど、正直吐いている間は落ち着いてるってのは、無い訳じゃない訳で……。
まあとりあえず落ち着いたから、うん。いいや。
「……それで、何か悩んでいるみたいだったけど、どうしたの?」
「あっ、えっと……きっ、昨日、パソコン、買ってもらいまして……」
「おおっ、よかったじゃん」
「はい、えへへ……あっ、それで、頼まれていた歌詞、書いたんですけど……その、なっなんというか、暗い、暗い? うん、暗すぎる感じがして、これでいいのかなって、ちょっと自分に自信が持てなくて……あっ、いっいつも自信はぎっぎギター以外無いんですけど」
「歌詞、できたの?」
「えっあっ、はっ、はい」
正確に言えば、前世の頃に作り貯めしていた歌詞を三つ思い出しただけ、なんですけどね。結局未公開で終わったというか、みんなに提案することなく解散しちゃったというか……。
正直それをここで再利用するのはどうかとも思ったけど、こんなものずっと抱えてても仕方がないしね……ならすっぱり消化して、採用されるなり没にされるなりした方がスッキリする!筈!!
「……とりあえず、ちょっと見てみたいな」
「あっはっはい。こちらです」
つけっぱなしだった画面を、私の隣に座ってきたりんさんにも見えるよう、ノートパソコンの位置をずらす。
私の肩に顎を乗せて、歌詞を見つめるりんさん……あの、りんさん? なんで私の肩に顎を乗せてるんですか? どういう、えっどういう状況?
「……ふむ、なるほど」
「あっ、うぇっ、えっあっ」
「……みちる?」
「明日死ぬのかな私」
「死なないよ」
いやいやだってりんさんの顔! 顔がすっごい近くに!! こんな人と積極的に触れ合ったの……足立山さんくらいだもん! 親も含めて!!
とりあえず一通り目を通し終えたらしいりんさんが、私の肩から顎を除けて、私と見つめ合った。
「正直、ものすごい私好みの歌詞。多分はくりも気に入ると思う」
「あっほっ本当ですか!?」
「……ただ」
「ただ……?」
「……ひとみが、どう反応するのか」
「……あっ」
ひとみさん、高橋ひとみ……ゲームだと高圧的ながらもどこか人の良さを隠しきれていない、攻略対象キャラのライバル令嬢。確か競い合うにもフェアプレイを徹底しているから、お邪魔キャラながらかなりの人気を誇る……と、ここまではゲーム内情報。
実際に彼女と触れ合った私の感想としては、ひたむきな努力家。相手の立場を慮ることができる、善性を持ったごく普通の、明日死のうとも思わない女子高生。
正直、彼女に見せたらものすごい心配されるような気がする……ただでさえ何故か凄い心配されてるのに。さらにそれ以上となると……親切にされる度合いのキャパがオーバーしてオーバードーズなるよ私。
「どっどどどどうしましょう!? ぼつっ没にされるだけならまだしも、高橋さんにこれ以上心配をかけさせる訳には……あわわっ、あわわわわっ!!」
「あわわって現実で言う人始めて見た……そうだね、タイトルの『生きたくない』の『生きる』をひらがなにして、学校や仕事場に関するワードを増やしてみたらどう?」
「学校の……ですか?」
「うん。そうしたら、学校や会社に行きたくない、の方だと捉えることができるようになる」
「……りんさんって天才って呼ばれたりしません?」
「よせやい照れるぜ」
その手があったかぁ……!!
確かにそれなら「これは学校行きたくない学生とか職場に行きたくないアルバイトや社会人のことを示してるだけですよ、本当ですよ」って高橋さんを説得できる! その結果希死念慮をがっつり感じさせるようなったってだけで誤魔化せる! 若干騙している感じするけど、まあそれは……。
「さっ、さっ早速、仕事終わったらそれで修正してみます!」
「うん、お願い。……そうだ、あともうひとつ」
「はっ、はい?」
「DTMのソフト入れられてないよね」
あっああっ、この前安請け合い、というか「この世界でも元の世界で使ってたフリーソフトあるだろ」と思ってたので受けちゃったけど、その実全然検索に引っ掛からないってので見なかったことにしようってやったのがバレた……!?
どうする? どう言い訳する? 前世の記憶持ちとか言ってもやってなかったことの言い訳にしかならない、ような気がする。少なくとも前世でそれ言ったら私の前世の母親は言い訳で片づけて私の事を殴った。掌底で。グーじゃないの。グーより手傷めないからね。
……そうだ! 検索履歴自体はあるから……それを見せて、やる気はあったんだとアピールしよう!
「あっその……むっ、昔使ってたソフトを配布していたサイトがへっ、閉鎖されちゃってて……どれを入れればいいか分からず、つっつい放置を」
「……履歴見せなくていいよ。信じるから」
「えっ信じてくれるんですか!?」
「みちるは私の事なんだと思ってるの……」
なっ、なんか呆れられた!? どうして!? 私が私なりにやれるだけ誠実に対応したと思ったんだけど……なんでかちょっと悲しそうな眼をさせてしまった。
うぅん、分からないぞ……?
「とりあえず、私が愛用しているフリーのソフトをメモ帳に書いて残しておくから。使いにくかったり他のソフト試したいとかあったら遠慮なく相談して」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
そう言いながらメモ帳に、後で私が検索しやすいよう名前を打ち込んでくれた。
ありがたい、すっごくありがたい……複数の名前を見られたので、多分りんさんが普段使っているのとは違うやつも入ってる。この中から私が扱いやすいものを見つけろということだろう。至れり尽くせりすぎて怖い!!
「永井、谷野。仕事の時間だ。角田はどうした?」
「あっはい店長!」
「はくりはもう少し遅れて来るって。まあサポート入るのはもう少し後だから大丈夫だと思う」
よーし、今日も仕事頑張るぞー! 仕事頑張って、仕事終わったらりんさんが教えてくれたDTMをとりあえず全部導入して、そして私の作った歌詞に曲を付けてみよう。




