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あの後いつも通り仕事やって、はくりちゃんとりんさんは出番少なかったので少しばかり不完全燃焼を感じていた様子だったけど解散し翌日。
私はレンタルスタジオで高橋さんのギターの腕を見ていた。今日はりんさんとはくりちゃんが学校の用事で少し遅れてくるそうで、今この場にいるのは私と高橋さんだけ。
そして問題の、メンバー唯一のド素人である高橋さんだけど……なんか、上達速度早すぎない……? まだゾディアック・クラスタでやるには浮くくらいの腕ではあるけれども、TRITONEでちらほらと見かけるレベルの腕にまで上達していた。まだ一週間も経っていないのに。
「……一か月もしたら私抜かれそう」
「そんなことありませんわよ? だって永井さんも上達し続けているのでしょう? 永井さんの背中を見ることはできるようになったかもしれませんが、私では高橋さんに追いつくにはまだまだかかりますわ」
そう言って照れ臭そうに笑う高橋さん。謙遜しているけれどもね、こんな短期間で背中見られるくらいの腕にまでなられてるから本当怖いんよ上達の速度が。私ちょっと疑ってるもん、高橋さん本当に私と同じ人間なのかって。
……同じ人間ではないな。色々と。私よりしっかりしてるし、私より友達多いし、私より発育いいし……いやこれらは私がただ単に劣ってるだけか。
お前本当に元社会人か?
「死にたい……」
「この短い間に何がありましたの!?」
気にしないで高橋さん、自分が成人経験ありなのに未成年より人間として出来ていないのにショックを受けただけだから。いや本当、前世考えたら二回りくらい私のが上なのになんでこう、こうなっちゃってるんだろう。
……年取っただけで人は成長しないからか。
「人間って、どうやったら大人になれるんだろう……」
「永井さん、何か悩みでもありますの?」
「精神年齢が全く成長しなくて……」
「それは……まだまだ若いんですから、今から頑張っていけばよろしいのではなくて?」
若くない、若くないんだよぉ高橋さん……私は成長していないだけで全然若くないんだよぉ……。
腐敗しているだけなんだよなあ。
気まずい空気が流れる。いや私だけそういう空気にまとわりつかれてるだけな気もするけど。
ええい、何か、なにか会話のネタは無いのか!?
と私が話題作りに困り胃袋をめちゃんこ痛めていると、スタジオの扉が開いた。
「おっはよーみちるん! ひとみん!! さあ今日も練習頑張ろう!!」
「おっす。……って、どうしたのみちる、捨てられたチワワみたいな目して」
わっ、話題に困ってた私に救世主が……!! なんで同じ学園に通っている同級生で話題に困ってたんだろうね私。陰と陽にも程がある。
はくりちゃんとりんさん、そしてその後ろにいる神父服の人は……えっと、名前なんだっけ。
ぱっと名前が思い出せないで困っていると、はくりちゃんが手を叩いて指示を出す。
「はいはい。とりあえず練習前にミーティングするよ。昨日ちょっと色々あったから情報共有しないといけないからね」
「あっ、はいっ!」
とりあえずはくりちゃんの指示に従い、私とりんさんは急いで、スタジオの隅にパイプ椅子を並べる。
スタジオでの練習時間が少し削れてしまうけれども、レンタルした時間は待ってくれないからね……ここは有効活用しよう。
私の左右に高橋さんとりんさん、はくりちゃんの左右にりんさんと……えっと、名前が出てこない。キーボード担当の人が座る。
「はい。と言う訳でミーティングを始めます。とりあえず報告したいことは……えー、我々ゾディアック・クラスタに新メンバーが加入いたしましたー! はい拍手!!」
「キーボード担当の新メンバー見つかりましたの!?」
「一応」
「一応……? どういうことですのりんさん?」
「ウチらにはサポートとして入ってもらうって形になってる」
あー、そういう感じで加入したんだ……多分そういう話をしたんだろうけれども、全く覚えてなかった。
ということは正規に入ってくれる人は中々見つからなかったと……正直、知名度が全く無いバンドだから仕方ないと言えば仕方ない。今後バンバンライブを行えば、もしかしたら正式に入ってくれるかもしれないし。
ただ、高橋さんはどうもしっくり来ていないというか納得いってないというか、正規メンバーではないということに不安そう……。
「それ、大丈夫なんですの? その、角田さん達を見ていると、サポートで入るというのは……色々引っ張りだこにされて私達との演奏する体力がなくなる、ってこともありそうですわね……」
「んー……? あぁそういうことか! そういえばひとみんが知っているサポートって、私達がいつもやってる臨時の奴だけだったね」
「サポートには突然メンバーが欠落したのでピンチヒッターに入る短期サポートと、長期的にわたって契約する長期サポートの二つがある。普通は後者の方を指すんだけど、私たちは天才すぎたから……」
私たちのせいでサポートというのがどういう仕事なのかを誤解させてしまっていたようで、高橋さんすっごいキョトンとしておられる……。
私たちが例外で普通の人は当日突然譜面振られて弾けたりしないんだよ……。
「まっ、他のバンドにも顔を出すけどほぼ正規メンバーみたいなもんだよ! 割とこういう形のサポートを入れてるバンドって多いからねぇ、気にしない気にしない!」
はくりちゃんの言う通り、正規メンバーじゃないかってくらい一緒に仕事している人でも、実はサポートとして入っているだけでしたなんて話は結構あるからね……ただ若干ビジネスライクなだけっていう話だから。
それでもまだサポートというのに若干納得がいってない様子の高橋さん。眉間にしわを寄せてうんうん唸っている……。一度ついたイメージってのはどうしようもないからねぇ。
「……うぅん、そうですわね。ここは、門外漢な私があれこれ言っても仕方ありませんし……お二人の判断を信じますわ」
「……あっ、あれ? えっ、あの、私は?」
「サポートという話が出た時『聞いてないよ』みたいな顔をしていたので……」
うっそ顔に出てた!?
いや、実際には聞いていたんだろうけども……正直、演奏できるなら何でもいいかなってのがあって……すみません覚えていませんでした。
「考え方によってはお金で契約する以上義務が生じるから、情で繋がったすぐサボるバンドマンに比べたら信用性は上」
「りんさんそれサポートのメリットとして挙げていいんですの!?」
「実際みちるんとりんが引っ張りだこになるくらいだから否定できねぇー!!」
ああっ! はくりちゃんが頭抱えちゃった!! でも私もりんさんの説明に一理あるなと思っちゃったし否定できない!!
だって、ねえ……? 結構臨時収入としておいしいくらいサポートに入れられるから……ねえ?
「……あっ、でも、サポートとして呼ぶのは、お金大丈夫なんでしょうか……? 私達、がっ学生で収入もそこまでありませんし……」
「ノーマンタイ、ちゃんとそれ用の貯金はあるから……まあ、六年以内にデビューできれば大丈夫」
り、りんさん……サムズアップしながら言ってるけれども、サポート雇う為に貯金するのは凄いですけど、ものすごく努力の方向性間違ってる気がしますりんさん……!!
だが私はその言葉を口に出さないでいた。りんさんの努力を否定したくないというのもあるけれども、キーボード担当探し直してこのメンバーでのバンド活動開始が伸びるのが怠いから。
……というか、結局、キーボード担当の人の名前、思い出せなかったなあ。




