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「あ~~~~~……」

「何があったのみちるん……」

「みちる、ずっとこんな感じ」


 TRITONEで開店前の準備全て終わらせてから、私は机に突っ伏していた。はい、後悔中です。

 はくりちゃんとりんさんの視線が突き刺さるけど知りません、気に掛ける余裕ありません。畜生、やらかしたよぉ。やらかしたよぉ……。


 学校の生徒たちの前で一曲、高橋さんと一緒に演奏。結果としてはまあ、成功した。あの時私たちの様子を見に来た生徒達十数人、そのうち数人くらいからは「ライブすることになったら呼んでね! チケット買うから!!」と言っていただけたし、ゾディアック・クラスタの名前も売り込むことはできた。


 それ自体は良いんだけど、良いんだけど……!!


「あがががががががが!!!!」

「店長ー! みちるんバグったー!!」

「そういう年頃だ、生暖かい目で見てやりな」


 何さ「私と高橋さんならやれます」って!! 私が教えているんだからやれるって!?!?

 私そんなこと言うキャラじゃなかったでしょ、そんな自信満々なキャラじゃなかったでしょ!! もっとこう、常に自信のない希死念慮がまとわりつくような……それもなんか違うか?


 うぅん、私ってどんなキャラだっけ? 私って……私って


「私って、なんなんだろう……」

「みちるが思春期みたいなこと言いだした……!?」

「……つまり正常ってことじゃない? 年齢的に」


 ヤバイ、私がどういうキャラだったか思い出せなくなってる。永井みちるとしてどう振舞って……振舞ってなかったわ。

 振舞ってたらこんなところでバイトしてないわ私。うん、落ち着いてきた。


 よーしよし、このままじっくり思い出すんだ私。ギターを弾く以外価値のない人間、そうだ私はギター以外とりえのない人間……うん、輪郭を掴めるようなってきたぞ……。


「あのー……みちるん?」

「はい私はギター以外価値のない人間です」

「みちるん!?」

「……あっ、どうしましたかはくりちゃん?」

「その言葉そのままそっくり返すよみちるん……」


 どうやら私がアイデンティティをクライシスしていたのに対し心配をかけてしまっていたらしい。はくりちゃんもりんさんも、私の事を正気か疑った目で見ている。

 ちょっと取り乱したくらいで酷くない……?


「とりあえず正気を取り戻したみたいだね、みちる」

「よかったぁ……精神病棟にぶち込まないといけないか思ったもん」

「そこまでではなかったですよね!?」


 酷い、そんなに言われる程私は精神面酷くは……ひど、くは……。

 毎日前世の悪夢ユメ見てゲロ吐いているけれども、それを知らない二人にそこまで言われる筋合いは無い筈!!


「……みちるん、話しても大丈夫?」

「あっ、はい。すっすみ、すみませんお手数をおかけして……それで、話ってなんでしょうか?」

「そこまでかしこまらなくても……うん、新メンバーについてなんだけどね……私たちの方で見つけること出来たんだ。今はひとみんいないけど……とりあえず、みちるんにだけでも紹介しておこうと思って」


 ひとみさんは今野暮用というか……友達付き合いで今日は来れないとか。なんでも、親の繋がりが色々アレらしい……凄いよなあ高橋さん。私初手で親との関係ぶん投げたもん。いや吐き捨てただったわ。文字通り吐いたわ。


 とまあそんなのはともかく、私達ゾディアック・クラスタに足りないメンバー……つまるところ、キーボード担当。それをはくりちゃんとりんさんが見つけてくれたとの事。

 りんさんがすっごい自慢げにピースしてる……うぅ、すみません。ギターと雑務以外出来ない人間ですみません……。


「と、というか、私達完全にこのライブハウスを私用で使ってるけど大丈夫なんですかね……? 新メンバー紹介とか、ふっ普通ここでやっちゃ駄目なやつじゃ……」

「自殺しないって確約するならOKって言われたからだいじょーぶだいじょーぶ!!」


 それ多分だいじょばない奴じゃないですか!?


 杞憂に震えて許可に怯える私を置いて、はくりちゃんは指をパチンと鳴らした。

 するとりんさんがトイレのドアをこんこんと二回ノック……えっ、トイレに隠れてもらってたの? あの、駄目じゃない? そんな雑な扱い駄目じゃない!?


 なんて思っていると、トイレの扉が開く。果たしてそこにいたのは──


「えっ? ん? えぇっ?」


 神父服を着た、手首に手錠をかけてぶら下げてある……男? の人が、そこにはいた。女子トイレに。

 短い金髪の中性的なイケメン……いやでも女子トイレから出てきて、でも着ているの神父服、確かあれのところって戒律で異性装禁止だったような……うぅん!?!?


 というか、というかあの手錠何!? 手首にぶら下がってる手錠!?


「おおっ、みちるんが臭い物嗅いだ時の猫ちゃんみたいに……」

「やっぱみちる、おもしれー女」

「ここまで綺麗にボクが見たかった顔を見せてくれる人、そうそういないよ……!!」


 なんか感激されてる……なんでぇ……?

 とりあえず声からして女性、っぽい……いや、そういうことか。色々センシティブなあれか。だったらあまり触れない方が……がっつり化粧してるし、小物は女物ばっかりだから違う?

 ええい、なんだ!? 私は、私はどう接すればいいんだ!?


 とっ、とりあえず自己紹介しなければ……!!


「あのえっと、わっ私は永井みちるって言います! よっよろしくお願いします!」

「あはは、硬いなあ……ボクは岡村かおる、気軽にかおるんとでも呼んでくれたまえ」


 かっ、かおるん……? 随分と気安そうな方だけど……でも笑った拍子に見えた舌ピが、なんというか……ちょっと不良側かなと懸念を抱いた。

 高橋さんと出会った時大丈夫だろうか、またモメそうだなぁ……。


「あっ、それと……ボクは女性扱いで大丈夫だよ」

「えっ、それじゃあかおるさん……なんでその恰好を……?」

「そりゃあもちろん……似合うから」


 そう言ってウィンクするかおるさん。

 確かに似合っている。一見すると男の人にしか見えないもん。聖職者って感じは全然しないけど。なんというか、不良聖職者って一定の需要あるよね。脳焼くよね。


 ただ、男装するのにその服装のチョイスは……あっ、口に付けてるピアス、逆十字だ。わざとやってるこの人。


「どう、みちるん? 中々ロックな人連れて来たでしょ」

「腕は確かだから安心して。かおるよりキーボードの上手い同級生は見たことないから」


 りんさんが太鼓判を押すくらい演奏が上手い、となると腕の方は心配しなくてもいいかも……りんさんもはくりちゃんも元々審美眼は私より上だし、サポートの仕事をこなすうちに更に向上しているだろうし。


 ただ一点、ひとつだけ気になった事が……いや別にこの人が入るのに問題があるって訳じゃなくてね、ただどうしても引っかかることが……。


「あっあのっ、かおるさん……私達、ろっ、ロックミュージシャンとしてやっていくつもりなんですが、その、大丈夫ですか……?」

「えっ? それは最初にりんから聞いたからそのつもりだけど……なんで?」

「その、かおるさん……なんというか、ロックというより、ファッションがメタル方面といいますか……」

「あー……うん、そうだねぇ」


 私の言葉にはくりちゃんがまじまじとかおるさんを観察して頷く。


 異性装禁止の宗教の服装をして、逆十字の舌ピアスをつけた女性……正直なところ、ロックというより……


「確かに、よくよく考えたらブラックメタルだね。かおるの服装」

「そっち系のバンドに所属しているからね、うちはサポート」


 あぁ~~~~……納得。

 ……高橋さん、この人と上手くやっていけるんだろうか。

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