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スタジオ練習を終えた私は、店長さんから購入したタオル(今日ライブに出るという知らないバンドのファングッズ)で汗を拭きながら、スタジオを出ましたわ。
「あっ、そっそれじゃ私、バイトがありますので……」
そう言って永井さんは、少し速足で控室へと向かいましたわ。
永井さんはバンドメンバーの代役という不定期なバイト以外に、このライブハウスの従業員としてもアルバイトをしているらしいですわ。バイト途中で欠員したバンドメンバーの代わりに入って、その後少し休憩をはさんでバイトを再開するとか。
とても忙しそうですわ。だというのに開店時間ギリギリ、みちるさんを店長さんが呼ぶまで他の皆さんと演奏したり、主に私への個人レッスンをしたりしてくださったのは、本当に頭が上がりません。
だというのに私の腕は、皆さんとの軽いセッションですらついていけず……
「私じゃ力不足ですわあ……」
少々無力感に苛まれております。
ギターを始めて三日目の私に対して「才能がある」なんて褒めてくださっていたのですが、やはりというかセッションでは彼女たちについていくことはできず……改めて、皆のレベルの高さを思い知りましたわ。
皆さんレベルが高すぎますわ。本当に、私がこのバンドへ入っても良かったのかしら。
「今の時点なら十分すぎるくらいだよ。むしろ始めたばっかで完璧に着いてこられたら、わたしらの立つ瀬がなくなる」
「なんと傲慢なのだろうひとみんよ……たった三日でアタシらのレベルまで着いてこれると思うとは……この時点で着いてこられてたらむしろ心折れるよ! アタシらが!!」
「そういうもんですの……?」
「そういうもん。それに、その上達速度ならどうせすぐ追いつくでしょ」
谷野さんから奢ってもらった缶コーヒーを飲みながら、私の才能を褒められたことに少しうれしさを感じてしまいましたわ。未だ足を引っ張るだけの状態であるといいますのに。
……そういえば初対面の時にものすごい失礼な態度を取ってしまったような。というか取ってましたわね。開幕不良のレッテル貼って、あまりにもあけすけに警戒して……今の私に、彼女たちから慰めの言葉をかけられる資格がありましょうか。懇切丁寧に指導してもらえる資格がありましょうか。
このままではいけませんわ。
「んじゃわたしらも、ある程度打ち合わせしに行こう。2バンドくらいからトラ来てるし」
「アタシんとこは1つだけ~、まあドラムがバックれることってあんまないしね。仕事少ないのも仕方ない仕方ない」
虎……? バックレ……? よくわかりませんが、角田さんと谷野さんが控室へ行こうとしていますわ。
このままじゃ、今の状態で別れたら……私が言いづらくなる! このもやもやを抱えたまま過ごすのは嫌!!
「あっ、あのっ!! お二人とも!!」
「ん? どったのひとみん」
「流石に、今日はもう練習には付き合えない」
「いえ、そうではなくてですわね……えっと、お二人に伝えたいことと申しますか、謝罪をしたく……」
「謝罪?」
「……まさか」
首を傾げる角田さんと、顔を真っ青にする谷野さん。私が続きの言葉を紡ごうとした瞬間、谷野さんは私の両肩を掴み真剣な面持ちで口を開きましたわ。
「今回上手くいかなかったからって気にする必要はないからウチで続けてほしい。今の時点でそれだけ弾けるんだからすぐに今のわたしたちに追いつく。煙草の臭いが嫌ならちゃんと消臭するようにするからお願いだからウチのバンドを辞めないでほし──」
「別に辞めたいとかじゃありませんわよ!?」
一体何を勘違いしましたの谷野さんは!? なんでそういう話になりますの!?
私が谷野さんの勘違いを否定しますと、私の両肩から手を離し胸をなでおろしましたわ。
仕切り直しとばかりにごほんと咳払いを一つして、私は勢いよく頭を下げました。
「初対面だというのに大変失礼な事を言ってしまったことを、ここに謝罪させていただきます。申し訳ありません」
「ちょちょっ、頭上げてよひとみん! ってか失礼なことってなに? なにか言われたっけ!?」
「わからない」
私の言葉に二人とも首を傾げておりますわ。私が気負いしすぎないように気を遣っておられる……という訳ではなさそうですわね。本気の困惑が見られますわ。
……覚えておりませんの?
「あの、初対面の際に、失礼にもお二人を不良と罵ってしまって……」
「いやいや、不良はただの事実じゃない? あの時普通に煙草吸ってたし」
「はくりの言う通り。お嬢様学校に通ってるみちるが連れてくると聞いて、同校から連れてくると察せなかったわたしらが悪い」
……なんというか、思い出したらちょっとは不満も出すのだろうと思っていたのですが、思っていた以上に、拍子抜けするくらいあっさりとした感じで許してもらえましたわ。快くというか、「そういえばあったねー別にいいよ」的な、まったく気にしてないというか。
これでいいのかしら……なんか、あまりにも都合よく動きすぎてて怖いレベルですわ。というか許された感じがしませんわ。
「……なんか、釈然としないって感じだね。ひとみ」
「許されたという感じが全くしないんですわ……」
「そもそもまったく気にしてなかったから、許すも何も無い訳だからねー。無いものは許せないよ」
角田さん達からしたら、私の初対面の無礼すら許すも許さないも以前に、そもそも何とも感じていない……みたいですから、そりゃ許されたと感じなくて当然ですわね。
これで話は終わり、といえばそうなのではあるのですが……うぅん、こう、もやもやとしたものが残っていますわ……いえ、これはもはや私の問題、私だけの問題ですわ。お二人をこれ以上煩わせる訳には……。
「……よし、ひとみん」
「なっ、なんですの?」
「ひとみんってさ、アタシたちの事上の名前で呼ぶよね?」
「そりゃ……今日知り合ったばかりですわよ? それが普通なのでは」
「名字で呼んでるの、ひとみだけ」
……そういえば、高橋さんもお二人の事名前で呼んでましたわね。そしてこの二人、まだ出会って初日だというのに私の事を下の名前で呼んでますし……本当ですわ、私だけ距離作ってるように見えますわ!?
とはいえ、何故それを今持ちだして来たのか……角田さんの意図はいったい……。
「それなら、アタシらの事も下の名前で呼んでくれたら許すってことで!!」
「せっかく仲間になったんだし、その方がわたしも嬉しい」
「そっ、それなら……」
まだ出会って全く日が経っていないのに、そのように呼ぶのに少し抵抗はありますが……せっかく私の気持ちを汲んで、許す条件を出してくれたのです。ならば彼女たちの言うようにすべきですわ。
そして、私との親交を深めたいと言葉として出してくれる素直さ。みちるさん、良き友達に恵まれたようですわね。
「はくりさん、りんさん。これからはこう呼ばさせてもよろしくて?」
それに、私としてももっと早く仲良くなりたい気持ちはありますしね。
「うむ! これからよろしくねひとみん!!」
「……みちるもだけど、呼び捨てでいいのに」
私の言葉に角田さん──はくりさんはは太陽のように笑ってくれましたわ。谷野さん──りんさんは私の呼び方に少し不満があるようですが。流石に呼び捨ては少し……難しいものがありますわ!!
「さて、それじゃアタシらはトラのバイト入ってるから! また後でねみちるん」
「後学の為に見ておくといいよ」
そう言ってお二人は、にわかにバンドマンらしい人たちが増えてきたバンドハウス内で、トラ?なるもののバイトの雇い主を探す為、私の元を後にしましたわ。
……私はこれからどうしましょう。この後特に予定とかもありませんし……喉も渇いてきましたわね。
「……とりあえず、リンゴジュースでも買おうかしら」




